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31 揺れ動く心
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「この髪飾りは派手すぎませんか?」
「いや、でも今日のドレスはシンプルだから、このくらい華やかな方が・・・」
私の頭に髪飾りを次々に当てがって、ああでもない、こうでもないと、今日の私の髪型を仲良く相談しているリリーとスーザン。
今日は王宮で建国記念の大規模な夜会が催される。
その支度で、早い時間から邸内はバタバタと慌ただしい雰囲気なのだ。
事件後、バークレイ侯爵家の使用人達はどうなるのだろうかと心配していたが、新たに爵位を引き継いだ若き当主は、バークレイ家の縁者とは思えない程にまともな人物で、労働環境をきちんと改善した上で、希望する全ての使用人の雇用を継続する方針らしい。
だが、リリーは私の元で働きたいと言ってくれたので、彼女の母親と共に、我が家の使用人として引き抜いた。
二人は直ぐに子爵家の使用人達とも打ち解けて、リリーは私の侍女として、母親はキッチンメイドとして元気に働いてくれている。
マーティン様の動向を警戒していた日々が嘘の様に、平和な日常が続いていた。
夜になって、子爵邸に迎えに来てくれたフィルにエスコートされ、王宮のホールへ足を踏み入れる。
何度参加しても絢爛豪華な雰囲気には慣れず、毎回最初は足がすくんでしまいそうになる。
フィルはそんな私に苦笑しながら、背中を優しく撫でた。
「ディアは、たまにビックリする程大胆な行動に出るクセに、妙にプレッシャーに弱い部分もある。
豪気なのか小心なのか、よく分からないなぁ」
「面倒な奴って思ってます?」
「いや。そんなところも魅力的」
甘やかな微笑みを向けられて、私の心臓が早鐘を打ち始めた。
フィルがこんな表情を見せるのは、私だけ。
いくら鈍い私でも、流石にもう、その意味には気が付いていた。
彼はきっと、私を愛してくれている。
そして私も───。
ずっと、自分の気持ちを抑えて来た。
これは仮初の婚約だから、彼を好きになってはいけないのだと。
これ以上、迷惑にならない様に、時が来たらひっそりと身を引こうと。
だけど・・・
あんなに大切に護られたりしたら、私のちっぽけな決意や努力では、全然歯が立たなくて・・・。
彼を好きにならない様になんて、どんなに頑張っても、きっと初めから不可能だったのだ。
遠くに佇むブリトニー様と、視線が絡む。
彼女の悔しそうな瞳に、罪悪感が込み上げた。
この場所は・・・・・・、フィルの隣は、本来ならば彼女の場所だったのに。
心に渦巻く複雑な思いを隠して、フィルとファーストダンスを踊った。
上の空な私はステップを少し踏み間違えたが、フィルが上手くフォローしてくれて、事なきを得た。
「フィリップ様、ちょっとは私もディアナちゃんと話したいわ」
壁際へ戻ると、ローズ様に声を掛けられた。
「ディア、どうする?」
「あ、はい。
ローズ様とご一緒させて貰いますので、フィルも他の方とお話しなさって来て下さい」
フィルは社交の際に余り私から離れたがらないが、彼にも彼の交友関係がある。
きっと多少は別行動の時間が必要だろうから、丁度良い。
「前から気になっていたのですが、ローズ様は夜会の時には眼鏡をかけないのですね。
あれって伊達眼鏡ですか?」
「伊達じゃないわよ。
だから、今は殆ど見えていないの。
でも、ドレスに眼鏡ってあんまり合わないのよね」
「えっ?じゃあ、どうやって私とフィルが分かったのです?」
「う~ん・・・、なんとなく、匂いとか?」
「・・・・・・」
匂いで人を判断するの、やめて貰いたい。
犬かな?
「視力を上げる魔道具を、いつか開発しようとは思ってるんだけど」
「早急に開発して下さい」
罪人の首輪なんかより、そっちを先に開発なさいよ。
「でも、今は、美容魔道具作りに夢中なの。
そうだ、ディアナちゃん、今度試してみてくれない?」
「いや、それはちょっと・・・」
マッドサイエンティストの作った魔道具のモニターは、出来れば丁重にお断りしたい。
私だって、まだ命が惜しいのだ。
その後も『どんな美容魔道具があったら嬉しいか?』などを熱心に聞き取られた。
私がローズ様とお話ししている間に、フィルは少し離れた場所で、彼の友人達に挨拶をしているようだった。
ローズ様と別れ、フィルと合流しようと振り向くと───、
ブリトニー様が、フィルに話し掛けている所だった。
「何故彼女なのですか?
フィル様には私の方が相応しいのに・・・」
「それを決めるのは、君じゃ無い。
僕の愛称を呼んでも良いのは、ディアだけだ」
断片的に漏れ聞こえるブリトニー様の言葉に、胸が抉られる。
フィルの言葉さえも、素直に受け取る事が出来ずにいた。
だって、私は彼に相応しく無い。
彼の隣は、私なんかがしがみ付いて良い場所じゃ無い。
「ディア、疲れたんじゃ無い?」
いつの間にか私の側に戻って来たフィルに呼び掛けられて、さりげなくブリトニー様の姿を探すと、彼女は俯いて会場を後にする所だった。
「いえ、大丈夫ですよ。
少し風に当たりたいので、バルコニーに出ませんか?」
「良いけど・・・」
フィルにエスコートされてバルコニーへ出ると、冷たい夜風が心地良く頬を撫でる。
静まり返ったバルコニーに、他に人影が無いのを確認し、私は徐に口を開いた。
「・・・・・・・・・あの、婚約の件なんですが」
「いや、でも今日のドレスはシンプルだから、このくらい華やかな方が・・・」
私の頭に髪飾りを次々に当てがって、ああでもない、こうでもないと、今日の私の髪型を仲良く相談しているリリーとスーザン。
今日は王宮で建国記念の大規模な夜会が催される。
その支度で、早い時間から邸内はバタバタと慌ただしい雰囲気なのだ。
事件後、バークレイ侯爵家の使用人達はどうなるのだろうかと心配していたが、新たに爵位を引き継いだ若き当主は、バークレイ家の縁者とは思えない程にまともな人物で、労働環境をきちんと改善した上で、希望する全ての使用人の雇用を継続する方針らしい。
だが、リリーは私の元で働きたいと言ってくれたので、彼女の母親と共に、我が家の使用人として引き抜いた。
二人は直ぐに子爵家の使用人達とも打ち解けて、リリーは私の侍女として、母親はキッチンメイドとして元気に働いてくれている。
マーティン様の動向を警戒していた日々が嘘の様に、平和な日常が続いていた。
夜になって、子爵邸に迎えに来てくれたフィルにエスコートされ、王宮のホールへ足を踏み入れる。
何度参加しても絢爛豪華な雰囲気には慣れず、毎回最初は足がすくんでしまいそうになる。
フィルはそんな私に苦笑しながら、背中を優しく撫でた。
「ディアは、たまにビックリする程大胆な行動に出るクセに、妙にプレッシャーに弱い部分もある。
豪気なのか小心なのか、よく分からないなぁ」
「面倒な奴って思ってます?」
「いや。そんなところも魅力的」
甘やかな微笑みを向けられて、私の心臓が早鐘を打ち始めた。
フィルがこんな表情を見せるのは、私だけ。
いくら鈍い私でも、流石にもう、その意味には気が付いていた。
彼はきっと、私を愛してくれている。
そして私も───。
ずっと、自分の気持ちを抑えて来た。
これは仮初の婚約だから、彼を好きになってはいけないのだと。
これ以上、迷惑にならない様に、時が来たらひっそりと身を引こうと。
だけど・・・
あんなに大切に護られたりしたら、私のちっぽけな決意や努力では、全然歯が立たなくて・・・。
彼を好きにならない様になんて、どんなに頑張っても、きっと初めから不可能だったのだ。
遠くに佇むブリトニー様と、視線が絡む。
彼女の悔しそうな瞳に、罪悪感が込み上げた。
この場所は・・・・・・、フィルの隣は、本来ならば彼女の場所だったのに。
心に渦巻く複雑な思いを隠して、フィルとファーストダンスを踊った。
上の空な私はステップを少し踏み間違えたが、フィルが上手くフォローしてくれて、事なきを得た。
「フィリップ様、ちょっとは私もディアナちゃんと話したいわ」
壁際へ戻ると、ローズ様に声を掛けられた。
「ディア、どうする?」
「あ、はい。
ローズ様とご一緒させて貰いますので、フィルも他の方とお話しなさって来て下さい」
フィルは社交の際に余り私から離れたがらないが、彼にも彼の交友関係がある。
きっと多少は別行動の時間が必要だろうから、丁度良い。
「前から気になっていたのですが、ローズ様は夜会の時には眼鏡をかけないのですね。
あれって伊達眼鏡ですか?」
「伊達じゃないわよ。
だから、今は殆ど見えていないの。
でも、ドレスに眼鏡ってあんまり合わないのよね」
「えっ?じゃあ、どうやって私とフィルが分かったのです?」
「う~ん・・・、なんとなく、匂いとか?」
「・・・・・・」
匂いで人を判断するの、やめて貰いたい。
犬かな?
「視力を上げる魔道具を、いつか開発しようとは思ってるんだけど」
「早急に開発して下さい」
罪人の首輪なんかより、そっちを先に開発なさいよ。
「でも、今は、美容魔道具作りに夢中なの。
そうだ、ディアナちゃん、今度試してみてくれない?」
「いや、それはちょっと・・・」
マッドサイエンティストの作った魔道具のモニターは、出来れば丁重にお断りしたい。
私だって、まだ命が惜しいのだ。
その後も『どんな美容魔道具があったら嬉しいか?』などを熱心に聞き取られた。
私がローズ様とお話ししている間に、フィルは少し離れた場所で、彼の友人達に挨拶をしているようだった。
ローズ様と別れ、フィルと合流しようと振り向くと───、
ブリトニー様が、フィルに話し掛けている所だった。
「何故彼女なのですか?
フィル様には私の方が相応しいのに・・・」
「それを決めるのは、君じゃ無い。
僕の愛称を呼んでも良いのは、ディアだけだ」
断片的に漏れ聞こえるブリトニー様の言葉に、胸が抉られる。
フィルの言葉さえも、素直に受け取る事が出来ずにいた。
だって、私は彼に相応しく無い。
彼の隣は、私なんかがしがみ付いて良い場所じゃ無い。
「ディア、疲れたんじゃ無い?」
いつの間にか私の側に戻って来たフィルに呼び掛けられて、さりげなくブリトニー様の姿を探すと、彼女は俯いて会場を後にする所だった。
「いえ、大丈夫ですよ。
少し風に当たりたいので、バルコニーに出ませんか?」
「良いけど・・・」
フィルにエスコートされてバルコニーへ出ると、冷たい夜風が心地良く頬を撫でる。
静まり返ったバルコニーに、他に人影が無いのを確認し、私は徐に口を開いた。
「・・・・・・・・・あの、婚約の件なんですが」
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