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1 死と再生
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フワッと宙に浮いた体は重力に逆らえず、別邸の長い階段を後ろ向きに落ちて行く。
最上段には驚きに目を見開き、真っ青な顔で此方に片手を伸ばす、夫の姿。
肩を、背中を、頭を───、
あちこちを階段の角に強く打ち付け、鋭い痛みを感じながら、一番下まで落ちた時、グシャリと何かが潰れる様な嫌な音がした。
後頭部に生暖かい液体がジワジワと広がって行く。
「若奥様ーーーっっ!!」
侍女の悲痛な叫び声が響き渡り、複数の足音が、慌ただしく近寄って来る。
「早くっ、早く医者を呼べ!!」
「ダメだわ・・・、もう、こんなに沢山の血が・・・・・・っ!」
「あぁっ!!・・・なんて事なの」
使用人達の震える声が、妙に頭に響く。
誰かが私の左肩に縋り付いて、シクシクと泣いている。
反対側の手に誰かが震えながら触れた。
頭がボンヤリして、視界がどんどん狭くなる。
(ああ、私、死ぬんだ)
意識を手放す直前・・・・・・、
不自然な方向に折れ曲がった私の左手から、眩い虹色の光りが放たれた。
「お嬢様、朝ですよ。
今日は珍しく寝起きが良く無いですね」
陽の光が眩しくて、目を覚ますと子爵家にいた頃の私の侍女が、カーテンを開けながらニコニコと話しかけて来た所だった。
「嘘・・・・・・、スーザン!?
・・・・・・どうして、ここに?」
私は階段から落ちて死んだ筈では無かったのか?
何故、実家に仕えているスーザンが、私の婚家の別邸にいるのか?
かなり頭が混乱している。
疑問しか湧かない。
「何を仰っているのです?
私は、お嬢様付きの専属侍女なのですから、お嬢様のお側に居るのが当たり前でしょう。
あ、さては、まだ寝惚けていらっしゃるのですね」
微笑ましい物を見る様な視線を向けられて、混乱が余計に強まった。
思わず僅かに顔を顰めて、周囲を見回せば、そこはどう見ても別邸では無く、懐かしい実家の私の部屋の寝台の上だと気付いた。
よく見るとスーザンの顔が、最後に会った時の記憶よりも若返っている様な気がする。
───若返る?
ふと、何かの予感がして、自分の体を見下ろした。
十代前半の頃、好んで着ていた可愛らしいクリーム色の夜着。
胸元はまだ女性らしい丸みに乏しく、白い小さな手はなんだか少しだけ柔らかそう。
その左手の中指には、珍しい虹色の石がはまった指輪。
これは、子供の頃に、お母様から譲り受けたアンティークジュエリーだ。
だけど・・・・・・
階段を落ちた時には、小指にしていたわよね?
そう言えば、まだ手が小さかった頃は中指に嵌めていたのだけれど、ある程度体が大きくなってからは、中指には入らなくなっていた筈なのに。
しかも、石が少しひび割れている。
───階段を落ちた時にでも、何処かにぶつけてしまったのかしら?
「さぁさぁ!
ボーッとするのはその位にして、急いでお着替えと身支度をしましょうね。
早くしないと、朝食が冷めてしまいます。
旦那様も奥様も、きっと首を長~くしてお待ちですよ」
スーザンは、パンパンと両手を叩いて、動きの鈍い私を促した。
頭の中に無数の疑問符を浮かべながらも、ここは素直に従っておいた方が良さそうだと判断した私は、大人しくベッドから降りた。
元々身長は低い方だが、立ち上がった自分の目線がいつもよりも更に低い様な、妙な違和感を抱く。
鏡の前まで誘導されて、その中に映った自分を見た時、それ迄の疑問が全て繋がった気がした。
幼い顔立ちに小さな体。
数年前の、自分自身の姿が、そこにあったのだ。
これって・・・・・・
もしかして、時間が巻き戻ってる!?
最上段には驚きに目を見開き、真っ青な顔で此方に片手を伸ばす、夫の姿。
肩を、背中を、頭を───、
あちこちを階段の角に強く打ち付け、鋭い痛みを感じながら、一番下まで落ちた時、グシャリと何かが潰れる様な嫌な音がした。
後頭部に生暖かい液体がジワジワと広がって行く。
「若奥様ーーーっっ!!」
侍女の悲痛な叫び声が響き渡り、複数の足音が、慌ただしく近寄って来る。
「早くっ、早く医者を呼べ!!」
「ダメだわ・・・、もう、こんなに沢山の血が・・・・・・っ!」
「あぁっ!!・・・なんて事なの」
使用人達の震える声が、妙に頭に響く。
誰かが私の左肩に縋り付いて、シクシクと泣いている。
反対側の手に誰かが震えながら触れた。
頭がボンヤリして、視界がどんどん狭くなる。
(ああ、私、死ぬんだ)
意識を手放す直前・・・・・・、
不自然な方向に折れ曲がった私の左手から、眩い虹色の光りが放たれた。
「お嬢様、朝ですよ。
今日は珍しく寝起きが良く無いですね」
陽の光が眩しくて、目を覚ますと子爵家にいた頃の私の侍女が、カーテンを開けながらニコニコと話しかけて来た所だった。
「嘘・・・・・・、スーザン!?
・・・・・・どうして、ここに?」
私は階段から落ちて死んだ筈では無かったのか?
何故、実家に仕えているスーザンが、私の婚家の別邸にいるのか?
かなり頭が混乱している。
疑問しか湧かない。
「何を仰っているのです?
私は、お嬢様付きの専属侍女なのですから、お嬢様のお側に居るのが当たり前でしょう。
あ、さては、まだ寝惚けていらっしゃるのですね」
微笑ましい物を見る様な視線を向けられて、混乱が余計に強まった。
思わず僅かに顔を顰めて、周囲を見回せば、そこはどう見ても別邸では無く、懐かしい実家の私の部屋の寝台の上だと気付いた。
よく見るとスーザンの顔が、最後に会った時の記憶よりも若返っている様な気がする。
───若返る?
ふと、何かの予感がして、自分の体を見下ろした。
十代前半の頃、好んで着ていた可愛らしいクリーム色の夜着。
胸元はまだ女性らしい丸みに乏しく、白い小さな手はなんだか少しだけ柔らかそう。
その左手の中指には、珍しい虹色の石がはまった指輪。
これは、子供の頃に、お母様から譲り受けたアンティークジュエリーだ。
だけど・・・・・・
階段を落ちた時には、小指にしていたわよね?
そう言えば、まだ手が小さかった頃は中指に嵌めていたのだけれど、ある程度体が大きくなってからは、中指には入らなくなっていた筈なのに。
しかも、石が少しひび割れている。
───階段を落ちた時にでも、何処かにぶつけてしまったのかしら?
「さぁさぁ!
ボーッとするのはその位にして、急いでお着替えと身支度をしましょうね。
早くしないと、朝食が冷めてしまいます。
旦那様も奥様も、きっと首を長~くしてお待ちですよ」
スーザンは、パンパンと両手を叩いて、動きの鈍い私を促した。
頭の中に無数の疑問符を浮かべながらも、ここは素直に従っておいた方が良さそうだと判断した私は、大人しくベッドから降りた。
元々身長は低い方だが、立ち上がった自分の目線がいつもよりも更に低い様な、妙な違和感を抱く。
鏡の前まで誘導されて、その中に映った自分を見た時、それ迄の疑問が全て繋がった気がした。
幼い顔立ちに小さな体。
数年前の、自分自身の姿が、そこにあったのだ。
これって・・・・・・
もしかして、時間が巻き戻ってる!?
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