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46 幸せになる義務
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結局私はこの邸に住んでいた頃の自室に案内して貰い、事なきを得た。
私が住んでいた頃と同じ様にきちんと掃除もしてくれていたらしく、家を出た時と全く変わらぬ状態が維持されていた。
私が帰って来る場所を残しておいてくれた家族の心遣いを感じて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
辺境に移住してからそれ程長い年月が経った訳ではないのに、既にこの部屋を『懐かしい』と感じている自分に少し驚いた。
翌日はとても天気が良く、私は裏庭のガゼボでお茶を頂く事にした。
「俺も同席しても?」
懐かしい庭を眺めながら郷愁に浸っていたら、ウィルがやって来た。
「あら、よくここが分かったわね」
「マーヴィン殿に聞いたら、多分ここにいるって」
「ああ、成る程」
ウィルはピッタリと私の隣に寄り添って腰を下ろした。
侍女に指示をして、彼の分もお茶を用意して貰う。
四季を通じて様々な花が咲き乱れ、華やかに彩られた前庭と違って、バッセル伯爵邸の裏庭は、花も少なくて貴族家の庭としては非常に地味だ。
だけど───。
「ここは、亡き母との思い出が沢山詰まった庭なの」
「義母上はフェリシアに似た美人だったと聞いた」
「う~ん、それはどうかしら?
私と似ているとはあんまり思わないけど…、でも、凄く美しくて、優しい人だった。
私と違って、とても朗らかに笑う人。
そこの薬草畑は、生前はお母様が管理されていてね、私も子供の頃からお母様に薬草の育て方を教えて貰ったの」
「フェリシアは調薬も義母上に習ったのか?」
「ええ、基本的な事は。
お母様が亡くなった後は、専門学校に通って実技を身に付けたり、専門書を読んで知識を深めたわ。
お母様は───、私を庇って馬車の事故にあったの」
今でもたまに夢に見る事がある。
耳を劈く様な馬の嘶きと人々の悲鳴。
制御を失った大きな馬車が、真っ直ぐにこちらに向かってくる恐怖。
咄嗟に私を突き飛ばした、母の温かい手。
そして、車体の下にどんどん広がって行く、赤い液体───。
母の最後を思い出すと胸が苦しい。
私を庇ったりしなければ、母は今でも生きていたのだろうかと、考えずにはいられない。
父から最愛の妻を奪ってしまった、まだ幼かったマーヴィンから母親を奪ってしまったという罪悪感が、時折込み上げて来ては私を責める。
母の葬儀に参列した人達が、影で私を何と噂していたのか知っている。
『母親を殺した癖に、泣きもしない娘』
そんな私に、幸せになる権利はあるのだろうか?
「そうか……
義母上は君を産んでくれただけでなく、君を命懸けで守ってくれたんだね。
そのお陰で、俺は君と結婚出来た。
どんなに感謝してもしきれないな。
義母上に恩返しをする為にも、フェリシアを誰よりも幸せにしないとね」
そう言って、ウィルは私の髪を撫でた。
彼の言葉に私はハッとした。
(ああ、そうか。お母様に恩を返す為には、私が幸せにならなければいけないんだ)
折角命を救って貰ったのに、私が不幸になってしまったら、母の死が無駄になってしまう。
母に感謝をするなら、私が誰よりも幸せにならなければ……。
今、私はウィルのお陰で結構幸せだと思う。
母は、喜んでくれているだろうか?
気が付くと、温かな雫がポロリと零れ落ちていた。
気遣わしそうな顔をしたウィルが、ポケットから取り出したハンカチで私の頬を優しく拭い、逞しい胸に抱き寄せた。
微かな嗚咽を漏らす私の背中を、彼はいつまでも無言で撫で続ける。
母の死に涙を流せたのは、この時が初めてだった。
私が住んでいた頃と同じ様にきちんと掃除もしてくれていたらしく、家を出た時と全く変わらぬ状態が維持されていた。
私が帰って来る場所を残しておいてくれた家族の心遣いを感じて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
辺境に移住してからそれ程長い年月が経った訳ではないのに、既にこの部屋を『懐かしい』と感じている自分に少し驚いた。
翌日はとても天気が良く、私は裏庭のガゼボでお茶を頂く事にした。
「俺も同席しても?」
懐かしい庭を眺めながら郷愁に浸っていたら、ウィルがやって来た。
「あら、よくここが分かったわね」
「マーヴィン殿に聞いたら、多分ここにいるって」
「ああ、成る程」
ウィルはピッタリと私の隣に寄り添って腰を下ろした。
侍女に指示をして、彼の分もお茶を用意して貰う。
四季を通じて様々な花が咲き乱れ、華やかに彩られた前庭と違って、バッセル伯爵邸の裏庭は、花も少なくて貴族家の庭としては非常に地味だ。
だけど───。
「ここは、亡き母との思い出が沢山詰まった庭なの」
「義母上はフェリシアに似た美人だったと聞いた」
「う~ん、それはどうかしら?
私と似ているとはあんまり思わないけど…、でも、凄く美しくて、優しい人だった。
私と違って、とても朗らかに笑う人。
そこの薬草畑は、生前はお母様が管理されていてね、私も子供の頃からお母様に薬草の育て方を教えて貰ったの」
「フェリシアは調薬も義母上に習ったのか?」
「ええ、基本的な事は。
お母様が亡くなった後は、専門学校に通って実技を身に付けたり、専門書を読んで知識を深めたわ。
お母様は───、私を庇って馬車の事故にあったの」
今でもたまに夢に見る事がある。
耳を劈く様な馬の嘶きと人々の悲鳴。
制御を失った大きな馬車が、真っ直ぐにこちらに向かってくる恐怖。
咄嗟に私を突き飛ばした、母の温かい手。
そして、車体の下にどんどん広がって行く、赤い液体───。
母の最後を思い出すと胸が苦しい。
私を庇ったりしなければ、母は今でも生きていたのだろうかと、考えずにはいられない。
父から最愛の妻を奪ってしまった、まだ幼かったマーヴィンから母親を奪ってしまったという罪悪感が、時折込み上げて来ては私を責める。
母の葬儀に参列した人達が、影で私を何と噂していたのか知っている。
『母親を殺した癖に、泣きもしない娘』
そんな私に、幸せになる権利はあるのだろうか?
「そうか……
義母上は君を産んでくれただけでなく、君を命懸けで守ってくれたんだね。
そのお陰で、俺は君と結婚出来た。
どんなに感謝してもしきれないな。
義母上に恩返しをする為にも、フェリシアを誰よりも幸せにしないとね」
そう言って、ウィルは私の髪を撫でた。
彼の言葉に私はハッとした。
(ああ、そうか。お母様に恩を返す為には、私が幸せにならなければいけないんだ)
折角命を救って貰ったのに、私が不幸になってしまったら、母の死が無駄になってしまう。
母に感謝をするなら、私が誰よりも幸せにならなければ……。
今、私はウィルのお陰で結構幸せだと思う。
母は、喜んでくれているだろうか?
気が付くと、温かな雫がポロリと零れ落ちていた。
気遣わしそうな顔をしたウィルが、ポケットから取り出したハンカチで私の頬を優しく拭い、逞しい胸に抱き寄せた。
微かな嗚咽を漏らす私の背中を、彼はいつまでも無言で撫で続ける。
母の死に涙を流せたのは、この時が初めてだった。
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