16 / 56
16 一度は諦めた想い
しおりを挟む
《side:ウィルフレッド》
「フェリシア・バッセル伯爵令嬢から、新しい婚約者を紹介して欲しいと頼まれたから、お前を推薦して置いたよ」
友人であるヒューバートが魔道具の通信でそう言い出した時、俺は一瞬意味が分からなくて固まった。
「………は?」
その言葉の意味を理解すると同時に、なんとも間抜けな声が漏れた。
そしてジワジワと自分の体が熱を持つのを感じた。
「お前が前に言ってた夕焼け色、フェリシア嬢なんだろ?」
「なっ、何故分かった!?」
ニヤニヤ笑いながら断定するヒューバートに、俺は目を見開いた。
フェリシアは全く覚えていない様だが、彼女と初めて出会ったのは六年ほど前の王宮で開かれた夜会の時だ。
ヒューバートに「お前に用があるから、偶には社交の場に出て来い」と命令されて渋々参加した夜会だった。
親交のある貴族家当主等に一通り挨拶をして周り、目立たない会場の片隅に移動しようとした俺は、うっかり一人の令嬢にぶつかってしまった。
「きゃ……」
「ああ、申し訳ない。
お怪我はありませんか?」
小さな悲鳴をあげて倒れそうになった相手の腰を咄嗟に支えてそう言った俺は、思った以上に至近距離で彼女と目が合ってしまった事に、とても動揺した。
その女性はまだ若く、髪にはデビュタントの証である白い花が飾られていたから。
俺は自分の事を決して醜男では無いと思っているのだが、その鋭い瞳と頬の傷は女性を萎縮させ怖がらせてしまう物なのだと、今までの経験から痛いくらいに良く理解していた。
折角のデビュタントの夜会が、自分に睨まれた事によるトラウマで台無しになってしまったのではないかと申し訳ない気持ちになる。
だが彼女は予想に反して、俺と至近距離で見つめ合っても、怯える様子を全く見せなかった。
「こちらこそ、前をしっかり見ていなかった様で、ご迷惑をお掛けしてしまいました。
支えて下さってありがとうございます」
ペコリと頭を下げると艶やかな夕焼け色の髪が揺れる。
一見無表情な彼女だが、顔を上げた瞬間、ほんの僅かに目元が緩んだ様に見えて、ドキッとした。
丁寧に辞去の挨拶をして去って行く後ろ姿を見送りながら、彼女の名前さえ聞かなかった事に気付いて後悔していると、ヒューバートに捕まった。
「ウィル、こんな隅っこに居たのか」
「……なあ、ヒューバート。
今日デビュタントの夕焼け色の髪の令嬢を知らないか?」
「は?夕焼け?
見た気もするけど……、誰だったかな?
ああ、そんな事より、お前に紹介したいヤツが居るんだよ」
引き摺られるようにヒューバートに連れて行かれ、辺境に移住したいと言う有望な若手騎士を紹介された。
娯楽の少ない辺境に行きたいと言う若者は少ないので、ウチの領地は常に人手不足なのだ。
特に騎士は足りていないので、移住は大歓迎である。
彼等と話をしながらも、俺の目は無意識の内に会場をチラチラと見回して、夕焼け色を探していた。
だが、漸く見つけた彼女は、同じ位の年齢の美しい顔の男に、親密なエスコートを受けていたのだ。
(婚約者……、だろうか?)
ガッカリした俺は芽生えたばかりの淡い想いを、そっと胸の奥に閉じ込めた。
閉じ込めた、筈だったのだが───。
どうにも気になってしまい、後になって彼女を調べた。
彼女の正体がフェリシア・バッセル伯爵令嬢である事は、直ぐに判明した。
その年のデビュタントの中で、オレンジの髪色を持つ令嬢は彼女だけだったから。
そして、彼女に子供の頃からの婚約者がいる事も……。
俺は今度こそ、自分の想いに蓋をして厳重に鍵を掛けた。
それから六年も経って、その封印を解くことが出来るだなんて、思いもしなかった。
見合いの席で緊張し過ぎて挙動不審になってしまった事も、今となってはいい思い出だ。
無事に婚約が成立して、俺は大いに浮かれていた。
フェリシアとは顔合わせ以来会えていないが、手紙のやり取りが続いており、順調に交流を深めている。
不穏な内容の手紙がフェリシアから届いたのは、そんなある日の事。
元婚約者がフェリシア宛にしつこく手紙や贈り物を送ってくるらしい。
俺は焦燥感に駆られた。
初めて会った夜会の時、隣に並ぶあの男に向けたフェリシアの柔らかい眼差しを、今でも鮮明に覚えている。
元々、今の婚約者である自分よりも元婚約者のあの男の方が彼女の近くに居るという状況を懸念していた。
そこへ来て、あの男が彼女に付き纏い始めたと言うのだから、心配で堪らない。
慌ててペンを握った俺は、フェリシアにある提案をした。
『フェリシアさえ良ければ、婚姻前ではあるが、こちらの邸に越して来ないか?
貴女がそんな状況なのに離れて暮らしているのは心配だし、婚姻前に辺境の生活に慣れてくれれば嬉しい』
その答えが書かれたフェリシアの手紙も、早馬で届けられた。
開封する時は、緊張で手が震えた。
何度も深呼吸を繰り返し、手紙を読み進める。
だらしなく頬が緩んでいくのを、自分でも感じていた。
「よっしゃあぁぁぁっっ!!」
飛び上がって喜ぶ俺を、長年仕えてくれている執事のロバートが呆れた表情で見ていた。
「フェリシア・バッセル伯爵令嬢から、新しい婚約者を紹介して欲しいと頼まれたから、お前を推薦して置いたよ」
友人であるヒューバートが魔道具の通信でそう言い出した時、俺は一瞬意味が分からなくて固まった。
「………は?」
その言葉の意味を理解すると同時に、なんとも間抜けな声が漏れた。
そしてジワジワと自分の体が熱を持つのを感じた。
「お前が前に言ってた夕焼け色、フェリシア嬢なんだろ?」
「なっ、何故分かった!?」
ニヤニヤ笑いながら断定するヒューバートに、俺は目を見開いた。
フェリシアは全く覚えていない様だが、彼女と初めて出会ったのは六年ほど前の王宮で開かれた夜会の時だ。
ヒューバートに「お前に用があるから、偶には社交の場に出て来い」と命令されて渋々参加した夜会だった。
親交のある貴族家当主等に一通り挨拶をして周り、目立たない会場の片隅に移動しようとした俺は、うっかり一人の令嬢にぶつかってしまった。
「きゃ……」
「ああ、申し訳ない。
お怪我はありませんか?」
小さな悲鳴をあげて倒れそうになった相手の腰を咄嗟に支えてそう言った俺は、思った以上に至近距離で彼女と目が合ってしまった事に、とても動揺した。
その女性はまだ若く、髪にはデビュタントの証である白い花が飾られていたから。
俺は自分の事を決して醜男では無いと思っているのだが、その鋭い瞳と頬の傷は女性を萎縮させ怖がらせてしまう物なのだと、今までの経験から痛いくらいに良く理解していた。
折角のデビュタントの夜会が、自分に睨まれた事によるトラウマで台無しになってしまったのではないかと申し訳ない気持ちになる。
だが彼女は予想に反して、俺と至近距離で見つめ合っても、怯える様子を全く見せなかった。
「こちらこそ、前をしっかり見ていなかった様で、ご迷惑をお掛けしてしまいました。
支えて下さってありがとうございます」
ペコリと頭を下げると艶やかな夕焼け色の髪が揺れる。
一見無表情な彼女だが、顔を上げた瞬間、ほんの僅かに目元が緩んだ様に見えて、ドキッとした。
丁寧に辞去の挨拶をして去って行く後ろ姿を見送りながら、彼女の名前さえ聞かなかった事に気付いて後悔していると、ヒューバートに捕まった。
「ウィル、こんな隅っこに居たのか」
「……なあ、ヒューバート。
今日デビュタントの夕焼け色の髪の令嬢を知らないか?」
「は?夕焼け?
見た気もするけど……、誰だったかな?
ああ、そんな事より、お前に紹介したいヤツが居るんだよ」
引き摺られるようにヒューバートに連れて行かれ、辺境に移住したいと言う有望な若手騎士を紹介された。
娯楽の少ない辺境に行きたいと言う若者は少ないので、ウチの領地は常に人手不足なのだ。
特に騎士は足りていないので、移住は大歓迎である。
彼等と話をしながらも、俺の目は無意識の内に会場をチラチラと見回して、夕焼け色を探していた。
だが、漸く見つけた彼女は、同じ位の年齢の美しい顔の男に、親密なエスコートを受けていたのだ。
(婚約者……、だろうか?)
ガッカリした俺は芽生えたばかりの淡い想いを、そっと胸の奥に閉じ込めた。
閉じ込めた、筈だったのだが───。
どうにも気になってしまい、後になって彼女を調べた。
彼女の正体がフェリシア・バッセル伯爵令嬢である事は、直ぐに判明した。
その年のデビュタントの中で、オレンジの髪色を持つ令嬢は彼女だけだったから。
そして、彼女に子供の頃からの婚約者がいる事も……。
俺は今度こそ、自分の想いに蓋をして厳重に鍵を掛けた。
それから六年も経って、その封印を解くことが出来るだなんて、思いもしなかった。
見合いの席で緊張し過ぎて挙動不審になってしまった事も、今となってはいい思い出だ。
無事に婚約が成立して、俺は大いに浮かれていた。
フェリシアとは顔合わせ以来会えていないが、手紙のやり取りが続いており、順調に交流を深めている。
不穏な内容の手紙がフェリシアから届いたのは、そんなある日の事。
元婚約者がフェリシア宛にしつこく手紙や贈り物を送ってくるらしい。
俺は焦燥感に駆られた。
初めて会った夜会の時、隣に並ぶあの男に向けたフェリシアの柔らかい眼差しを、今でも鮮明に覚えている。
元々、今の婚約者である自分よりも元婚約者のあの男の方が彼女の近くに居るという状況を懸念していた。
そこへ来て、あの男が彼女に付き纏い始めたと言うのだから、心配で堪らない。
慌ててペンを握った俺は、フェリシアにある提案をした。
『フェリシアさえ良ければ、婚姻前ではあるが、こちらの邸に越して来ないか?
貴女がそんな状況なのに離れて暮らしているのは心配だし、婚姻前に辺境の生活に慣れてくれれば嬉しい』
その答えが書かれたフェリシアの手紙も、早馬で届けられた。
開封する時は、緊張で手が震えた。
何度も深呼吸を繰り返し、手紙を読み進める。
だらしなく頬が緩んでいくのを、自分でも感じていた。
「よっしゃあぁぁぁっっ!!」
飛び上がって喜ぶ俺を、長年仕えてくれている執事のロバートが呆れた表情で見ていた。
1,702
あなたにおすすめの小説
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新
愛する夫にもう一つの家庭があったことを知ったのは、結婚して10年目のことでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の伯爵令嬢だったエミリアは長年の想い人である公爵令息オリバーと結婚した。
しかし、夫となったオリバーとの仲は冷え切っていた。
オリバーはエミリアを愛していない。
それでもエミリアは一途に夫を想い続けた。
子供も出来ないまま十年の年月が過ぎ、エミリアはオリバーにもう一つの家庭が存在していることを知ってしまう。
それをきっかけとして、エミリアはついにオリバーとの離婚を決意する。
オリバーと離婚したエミリアは第二の人生を歩み始める。
一方、最愛の愛人とその子供を公爵家に迎え入れたオリバーは後悔に苛まれていた……。
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる