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《side:フレデリック》
あの日、王立学園の廊下で、私は運命の女性に出会った。
曲がり角から飛び出して来た彼女は、私とぶつかって足を負傷した。
フワフワのピンクブロンドの髪と、潤んだ水色の瞳。
その瞳と目が合った瞬間、彼女を護らなければならないという、使命感に囚われた。
だから、私は迷わず彼女を抱き上げて、保健室へと連れて行ったのだ。
───それが、全ての間違いの始まりだとも知らずに。
彼女の名前はメアリー・ベックリー。
男爵家の令嬢だった。
最初の出会いをきっかけに、彼女は私に頻繁に話しかけてくる様になった。
メアリーは、どうやら学園内で虐めにあっている様で、私や側近候補にそれを相談していた。
教科書を破られたり、鞄に悪戯書きをされたり、水をかけられたり・・・・・・。
毎日行われる様々な嫌がらせに、ジッと耐えているメアリーが健気に見えて、初めて会った時に感じた『護ってあげなければ』という思いはどんどん強くなった。
「あの・・・・・・、フレディ様。
非常に言い難いのですが、実は私を虐めているのは、貴方の婚約者のアビゲイル様みたいなんです」
初めてメアリーがそう言った時には、大きな衝撃を受けた。
(そんな馬鹿な)
婚約者のアビゲイルは、気が強そうな顔立ちに反して、とても優しく、のほほんとした性格で可愛らしい女性である。
彼女が他人を虐げるなんて、想像がつかない。
そう思っていたのに。
彼女が虐めなんてする訳ないって知っていたのに。
「アビゲイル様は、私とフレディ様が仲良くしているから、嫉妬しているのです」
(あの護衛兼従者に全幅の信頼を向けて、私に対しては余り関心が無さそうだったアビーが、メアリーに嫉妬をしている?)
その考えは、私に強い愉悦を与えた。
そうであれば良いと、願った。
そして、何度もメアリーに訴えられる内に、何故かそれが真実であると、信じて疑わない様になった。
時折、おかしいと思う事はあった。
メアリーがアビゲイルに虐められたと主張するその日に、アビゲイルが学園を休んでいる事があったり、離れた場所での目撃証言があったりしたのだ。
「アビゲイル様が休みだったのなら、誰か取り巻きの令嬢にでもやらせたのでしょう」
「目撃者が見間違えたのかも知れませんね」
ゴドフリーやエリックにそう言われると、私も、そうに違い無いと思ってしまって・・・。
結果的にそれは全て間違いだったと、卒業パーティーの日に証明される事になる。
学園のホールに現れたアビゲイルは、真っ赤なドレスに身を包み、眩しいくらいに美しかった。
その彼女をエスコートしているのは、彼女の護衛兼従者である男。
この二人が並んでいる所を見ると、いつも何故かイライラする。
何とかアビゲイルに虐めを認めさせて、メアリーに謝罪をさせようと、婚約破棄を持ち出したのだが・・・・・・。
「婚約破棄、承りましたわ」
彼女は、何でもないことの様に簡単に了承する。
何故だ?
アビゲイルは、私と仲の良いメアリーに嫉妬して虐めていたのではないのか?
更に、真実の石での審判を要求した彼女は、自分の無実を証明したのだ。
会場を出る寸前、振り返った彼女は優雅なカテーシーを披露して、嫣然と微笑む。
そして嬉しそうにあの男の手を取って、ホールを出て行った。
赤いドレスの後ろ姿が目に焼き付いて離れない。
自分は何をしてしまったのだろうか?
頭と心の整理がつかないまま夜を明かし、翌日父である国王陛下に呼び出された。
「なんて馬鹿な事をしてくれたんだ」
謁見の間で、陛下は頭を抱えて声を絞り出す様にそう言った。
今となってみると、自分でも何故あんな事をしたのか、よく分からない。
どうしても罪を認めさせなければと、躍起になっていた。
その為ならばルール違反も厭わないくらいに。
「こうなった以上、アビゲイル嬢との婚約は、こちらの有責で破棄となる」
「・・・はい」
「真実の石を勝手に持ち出し、よりによって自分の婚約者の公爵令嬢に使うなど・・・。
もしも後遺症が出たら、どう責任を取るつもりだった?
こんな暴挙を許せば、今後も真実の石が私刑に使われかねない」
「・・・はい」
「お前を王太子から降ろす」
「・・・・・・っ!」
驚きに目を見開いた私に、陛下は冷ややかな視線を投げた。
「お前がしでかした事は、それ程までに重い。
次の王太子は第二王子を指名する。
ああ、それから、今やお前の評判は地に落ちている。
次の婚約者を見つけるのが難しい状況だ。
そこで、ベックリー男爵令嬢と婚約させる事にした。
本来ならば、王子の婚約者に男爵令嬢は身分が低過ぎるが、今回の場合は寧ろ後ろ盾が無いくらいの方が、第二王子の立太子の邪魔にならずに良いだろう。
お前も懇意にしていた令嬢と婚約出来て良かったな」
───メアリーと婚約?
嬉しいと思う気持ちと、冗談じゃないと思う気持ち。
相反する筈の気持ちが同時に湧いてくる。
心が二つに分裂してしまいそうで、とても気持ちが悪い。
どちらが本心なのか、自分でも全く判別が付かなかった。
王子が二人しか居ないので、継承権の剥奪まではされなかった。
しかし、問題を起こし、男爵令嬢と結婚した王子が再び玉座を狙うのは、ほぼ不可能だろう。
それどころか、今後は社交界にも居場所が無くなる。
私と一緒に騒ぎを起こした三人は、廃嫡となり、国境付近の騎士団へと送られた。
エリックは上級騎士の身の回りの世話をする従者となって、こき使われていると言う。
ゴドフリーは下級騎士として厳しく扱かれ、鍛え直されている。
デュークは国境を守る結界を作り出す装置に、寝る間も惜しんで延々と魔力を充填する日々を送っているらしい。
───それから一年後。
私とメアリーは、ひっそりと結婚式を挙げた。
教会の祭壇の前で永遠の愛を誓い合い、彼女の唇にキスをした瞬間・・・・・・
それまで感じていた、彼女を可愛らしいと思う気持ちも、護りたいと思う気持ちも、
全て、綺麗さっぱり消えてしまった。
そして、自分の隣にいるのがアビーじゃ無くなってしまった事に、耐え難い苦痛を感じたのだ。
あの日、王立学園の廊下で、私は運命の女性に出会った。
曲がり角から飛び出して来た彼女は、私とぶつかって足を負傷した。
フワフワのピンクブロンドの髪と、潤んだ水色の瞳。
その瞳と目が合った瞬間、彼女を護らなければならないという、使命感に囚われた。
だから、私は迷わず彼女を抱き上げて、保健室へと連れて行ったのだ。
───それが、全ての間違いの始まりだとも知らずに。
彼女の名前はメアリー・ベックリー。
男爵家の令嬢だった。
最初の出会いをきっかけに、彼女は私に頻繁に話しかけてくる様になった。
メアリーは、どうやら学園内で虐めにあっている様で、私や側近候補にそれを相談していた。
教科書を破られたり、鞄に悪戯書きをされたり、水をかけられたり・・・・・・。
毎日行われる様々な嫌がらせに、ジッと耐えているメアリーが健気に見えて、初めて会った時に感じた『護ってあげなければ』という思いはどんどん強くなった。
「あの・・・・・・、フレディ様。
非常に言い難いのですが、実は私を虐めているのは、貴方の婚約者のアビゲイル様みたいなんです」
初めてメアリーがそう言った時には、大きな衝撃を受けた。
(そんな馬鹿な)
婚約者のアビゲイルは、気が強そうな顔立ちに反して、とても優しく、のほほんとした性格で可愛らしい女性である。
彼女が他人を虐げるなんて、想像がつかない。
そう思っていたのに。
彼女が虐めなんてする訳ないって知っていたのに。
「アビゲイル様は、私とフレディ様が仲良くしているから、嫉妬しているのです」
(あの護衛兼従者に全幅の信頼を向けて、私に対しては余り関心が無さそうだったアビーが、メアリーに嫉妬をしている?)
その考えは、私に強い愉悦を与えた。
そうであれば良いと、願った。
そして、何度もメアリーに訴えられる内に、何故かそれが真実であると、信じて疑わない様になった。
時折、おかしいと思う事はあった。
メアリーがアビゲイルに虐められたと主張するその日に、アビゲイルが学園を休んでいる事があったり、離れた場所での目撃証言があったりしたのだ。
「アビゲイル様が休みだったのなら、誰か取り巻きの令嬢にでもやらせたのでしょう」
「目撃者が見間違えたのかも知れませんね」
ゴドフリーやエリックにそう言われると、私も、そうに違い無いと思ってしまって・・・。
結果的にそれは全て間違いだったと、卒業パーティーの日に証明される事になる。
学園のホールに現れたアビゲイルは、真っ赤なドレスに身を包み、眩しいくらいに美しかった。
その彼女をエスコートしているのは、彼女の護衛兼従者である男。
この二人が並んでいる所を見ると、いつも何故かイライラする。
何とかアビゲイルに虐めを認めさせて、メアリーに謝罪をさせようと、婚約破棄を持ち出したのだが・・・・・・。
「婚約破棄、承りましたわ」
彼女は、何でもないことの様に簡単に了承する。
何故だ?
アビゲイルは、私と仲の良いメアリーに嫉妬して虐めていたのではないのか?
更に、真実の石での審判を要求した彼女は、自分の無実を証明したのだ。
会場を出る寸前、振り返った彼女は優雅なカテーシーを披露して、嫣然と微笑む。
そして嬉しそうにあの男の手を取って、ホールを出て行った。
赤いドレスの後ろ姿が目に焼き付いて離れない。
自分は何をしてしまったのだろうか?
頭と心の整理がつかないまま夜を明かし、翌日父である国王陛下に呼び出された。
「なんて馬鹿な事をしてくれたんだ」
謁見の間で、陛下は頭を抱えて声を絞り出す様にそう言った。
今となってみると、自分でも何故あんな事をしたのか、よく分からない。
どうしても罪を認めさせなければと、躍起になっていた。
その為ならばルール違反も厭わないくらいに。
「こうなった以上、アビゲイル嬢との婚約は、こちらの有責で破棄となる」
「・・・はい」
「真実の石を勝手に持ち出し、よりによって自分の婚約者の公爵令嬢に使うなど・・・。
もしも後遺症が出たら、どう責任を取るつもりだった?
こんな暴挙を許せば、今後も真実の石が私刑に使われかねない」
「・・・はい」
「お前を王太子から降ろす」
「・・・・・・っ!」
驚きに目を見開いた私に、陛下は冷ややかな視線を投げた。
「お前がしでかした事は、それ程までに重い。
次の王太子は第二王子を指名する。
ああ、それから、今やお前の評判は地に落ちている。
次の婚約者を見つけるのが難しい状況だ。
そこで、ベックリー男爵令嬢と婚約させる事にした。
本来ならば、王子の婚約者に男爵令嬢は身分が低過ぎるが、今回の場合は寧ろ後ろ盾が無いくらいの方が、第二王子の立太子の邪魔にならずに良いだろう。
お前も懇意にしていた令嬢と婚約出来て良かったな」
───メアリーと婚約?
嬉しいと思う気持ちと、冗談じゃないと思う気持ち。
相反する筈の気持ちが同時に湧いてくる。
心が二つに分裂してしまいそうで、とても気持ちが悪い。
どちらが本心なのか、自分でも全く判別が付かなかった。
王子が二人しか居ないので、継承権の剥奪まではされなかった。
しかし、問題を起こし、男爵令嬢と結婚した王子が再び玉座を狙うのは、ほぼ不可能だろう。
それどころか、今後は社交界にも居場所が無くなる。
私と一緒に騒ぎを起こした三人は、廃嫡となり、国境付近の騎士団へと送られた。
エリックは上級騎士の身の回りの世話をする従者となって、こき使われていると言う。
ゴドフリーは下級騎士として厳しく扱かれ、鍛え直されている。
デュークは国境を守る結界を作り出す装置に、寝る間も惜しんで延々と魔力を充填する日々を送っているらしい。
───それから一年後。
私とメアリーは、ひっそりと結婚式を挙げた。
教会の祭壇の前で永遠の愛を誓い合い、彼女の唇にキスをした瞬間・・・・・・
それまで感じていた、彼女を可愛らしいと思う気持ちも、護りたいと思う気持ちも、
全て、綺麗さっぱり消えてしまった。
そして、自分の隣にいるのがアビーじゃ無くなってしまった事に、耐え難い苦痛を感じたのだ。
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