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16 無責任な正義感

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先日のリネット様の件で、ブライアンは直ぐに領地にいる両親に連絡を取った。
私も両親に連絡をして、アルバーン子爵家は両家から正式に抗議された。
リネット様が戻っていたにも関わらず、コールリッジ侯爵家にもベニントン伯爵家にも報告をせず、彼女に制裁も加えず野放しにしていた。
その結果、リネット様が私に無礼な行いをしたのだから、抗議されるのは当然である。

リネット様は、自邸で謹慎させられているらしい。
当然外出は禁止されている。
随分と甘い処分だが、不快な思いはしたものの危害を加えられた訳では無い。
駆け落ちの件は既に慰謝料で和解が成立している為、あくまでも今回の突撃訪問の件での処分なので、この程度が妥当なのかも知れない。

これで暫くは穏やかに過ごせそうだが、先日話した印象だと彼女は諦めが悪そうなので少し心配だ。


「ところで、何故、リネット様はブライアンでは無く私に会いに来たのかしら?」

「俺とリネットはずっと仲が悪かったから、俺に交渉しても無駄だと思って、外堀から埋めようとしたんじゃないでしょうか」

社交界では、ブライアン達は相思相愛であると言われていたので、結婚当初は私は『二人の仲を引き裂いた悪女』とか陰で言われていた。
だから、私が自ら身を引く様に仕向けて離婚させ、世間の噂を利用すればブライアンの後妻に収まる事が出来ると考えたのだろうか。

「でも、本当に仲が悪かったの?
ブライアンは夜会などではリネット様の側を離れなかったって噂だけど・・・」

「それは本当ですが、好きで側にいた訳ではありません。
あんな礼儀作法がなっていない女を放置出来ませんよ。
問題を起こされたら、彼女だけでなく、婚約者だった俺やベニントン伯爵家にとっても醜聞になりますから」

苦々しい表情で語るブライアンに少し同情した。
恋慕からでは無く、監視の意味で側に侍っていたのか。
最初の頃にそう言われても、もしかしたら信じられなかったかも知れないが、彼女と直接会話をした後なので、それが真実だとよく理解出来る。

「ブライアンも大変だったのね。
彼女、このまま大人しくしてくれると良いんだけど」

「引き続き警戒が必要ですね。
次に問題を起こせば、戒律の厳しい修道院に入れさせますよ」


───この会話がフラグになるなんて、その時は思いもしなかった。




その日は、とある侯爵家の夜会に招待されていた。
早い時間から侍女に囲まれて身支度を整えた私は、グリーンのドレスを着て、プラチナ台にエメラルドのアクセサリーを身に付けている。
全身ブライアンの色を身に纏って彼のエスコートを受けるのは初めての事だ。

「ああ、凄く似合っています。
やっと、アイリスが俺の妻になってくれたんだって実感出来ました。
本当に嬉しい」

「これまでブライアンは私に自分の色の物を贈ってくれなかったけど、私にはグリーンが似合わないと思っていたんじゃ無いの?」

「いいえ。
でも、貴女にとってグリーンとシルバーは兄上の色なのだと思っていたので・・・」

チャールズとブライアンの髪と瞳の色は同じだ。
だから、チャールズと婚約していた時も、私はグリーンとシルバーの服や小物をよく身に付けていた。

想いを伝え合って、私がまだチャールズを想っているという誤解が解けた今だからこそ、自分の色を贈ってくれたって事か。
着飾った私を見つめるブライアンは、いつにも増して上機嫌だ。

盛大に熱を帯びた瞳で両手を広げてハグを求められたが、慌ててそれを制する。

「待って。ハグはダメ。
せっかくのドレスが着崩れちゃう。
勿論、キスも、今はダメよ。
お化粧が取れるから」

スキンシップを断ると、捨てられた仔犬の様に悲しそうな顔をされてしまった。

(・・・可愛いわね)

こんなにも表情豊かに愛情を示してくれているのに、この人の愛情を偽りの物だと思っていたなんて信じられない。
それ程までに、自分に自信を無くしていたのだろう。

ブライアンはハグの代わりに、私の手を取って指先にキスをした。

「そろそろ行きましょうか。
俺の色を纏った貴女を、見せびらかしたい」



侯爵邸に到着すると、既に沢山の招待客で賑わっていた。

主催の侯爵家の夫人を見付けたので、先ずはご挨拶をと近付く。

「本日はお招き頂きまして有難うございます。
とても素敵な夜会ですね」

「お褒めに預かり光栄ですわ。
是非楽しんで下さいませ」

夫人は私にチラッと冷たい視線を投げると、キラキラした目でブライアンを見た。

(んんっ?なんか嫌な予感)

「・・・ねぇ、お二人はとても仲睦まじく見せておいでですけれど、本当の所はどうなのかしら?」

「どういう意味ですか?」

ブライアンは少し剣呑な空気を醸し出す。

「いえね、実はわたくしリネットさんからお手紙を頂きましたの。
なんでも、愛し合っている婚約者と小さな誤解から別れる事になってしまって、悲しみに打ちひしがれているって・・・」

ああ、成る程。
この侯爵夫人は悪い人ではないのだが、恋愛小説や舞台が大好きで、いつまでも夢見る乙女の様な人だと聞いた事がある。
リネット様からの手紙を読んで、彼女を悲恋の物語の主人公だと思い込んでいるのだろう。
現実とフィクションの区別が付いていないのだ。

「だから、貴方達には話し合う機会が必要なんじゃないかと思って───」


益々嫌な予感!!!
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