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12 迷惑な訪問者
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あれから数ヶ月経ったが、チャールズの事は夫婦の話題に上がらない。
行方不明の兄を探さなくても良いのだろうか?
チャールズを捕まえれば、リネット様も見つかるかもしれないのに・・・・・・。
もしも、二人が見つかったら、私達夫婦の関係はどうなるのだろう。
例えば、リネット様がブライアンの元に戻りたがったりしたら・・・・・・
彼は私と離縁して、彼女と再婚するのかな?
それとも、私をお飾りの妻に降格して、彼女を愛妾にするとか?
・・・・・・いや、ブライアンは誠実な人だから、彼女への想いを隠して今迄通りの生活が続くのかも。
(ある意味、それが一番残酷ね)
私は誰もいない部屋で重い溜息をついた。
あのデートの日。
観光客で賑わう通りで、ブライアンはチャールズを見かけて私を遠ざけようとした。
だが、私はその態度が気になって、後ろを振り返ってしまい、チャールズの存在に気が付いた。
ブライアンも、私がチャールズを目撃した事には気付いた筈。
だが、彼は何も言わない。
だから、私も何も聞けない。
自分の気持ちの整理も出来ていない現状で、彼に話を聞くのが怖いのだ。
その後、しばらく私達夫婦はギクシャクしていた。
最近になって漸く、二人の間の空気が以前の様に戻りつつある。
ブライアンのスキンシップが前よりも少し過剰になっている気もするが、その真意を問いただす事は出来ずにいる。
社交シーズンが始まり、今、私達はタウンハウスに滞在している。
義父母は今年は領地でノンビリ過ごすそうだ。
今日は夫は朝から外出している。
特に用事も無く、暇を持て余した私は、天気が良かったので庭園でお茶を飲む事にした。
お気に入りの紅茶を飲みながら、静かな庭でゆっくりと流れる時間を楽しんでいたのだが、急に正門の方が騒がしくなって来て、侍女と顔を見合わせ小首を傾げた。
「何かしら?」
「さあ?ちょっと様子を見て来ますね」
そう言って、門の方へと向かった侍女もなかなか戻ってこない。
「私も行ってみようかしら?」
「ダメです。
状況が分からないのに、奥様を向かわせる事は出来ません」
私の護衛が首を横に振るが、このやり取りの間にも騒ぎが大きくなっている気がする。
「ウチの敷地内からは出ずに、遠巻きに様子を伺うから大丈夫よ。
貴方も護ってくれるだろうし、他の使用人達もいるのだから」
立ち上がって正門の方へゆっくり歩き出すと、護衛も渋々付いて来てくれた。
現場に近付くに連れて、騒ぎの中心人物が女性であるという事が、その声で分かった。
「アイリス様を出しなさいって言ってるの!
邸に居るのは分かってるのよ?」
どうやら彼女は私に用があるらしい。
正門が見える所まで来て足を止めると、ウチの使用人達が一人の女性を取り囲んで宥めているのが目に入る。
その中心で金色の豊かな髪がふわりと揺れた。
こちらを振り返った青い瞳と目が合う。
「リネット様・・・・・・」
騒ぎの元凶は、リネット・アルバーン。
ブライアンの元婚約者だった。
押しかけて来た時よりは少しだけ落ち着いた様子で目の前に座っているリネット様は、お世辞にも優雅とは言えない所作で紅茶を飲んでいる。
彼女がティーカップをソーサーに戻す音が、ガチャリと響いた。
邸の門の前でいつまでも騒がれては外聞が悪過ぎるので、応接室へお通ししたのだが・・・。
彼女はなかなか話を切り出さない。
「・・・それで、私に何の御用件でしょう?
リネット様とは面識がなかった筈ですが」
義理の姉妹になる筈だったのに珍しい事だとは思うが、ブライアンの指示で社交を制限されていた(と噂されている)リネット様とは正式に挨拶を交わしていなかった。
友人どころか知り合いですら無い癖に、先触れも無しでいきなり訪ねて来て、門の前で騒ぎを起こした。
彼女はその事を理解しているのだろうか?
ブライアンと婚約してから、公の場にあまり出なかったせいで、彼女の評判は外見に関する物ばかりだった。
しかし、もっと幼い頃の茶会などでは『少々身勝手な性格である』と言われていたようだ。
その評価は正しいのかも知れないと、先程の態度を見て漠然と思った。
「ブライアンと・・・、別れて下さい」
「何ですって?」
突然の身勝手な要求に呆れながらも、ブライアンもそれを望むのかも知れないと思うと、胸の奥にチリッと痛みが走る。
「私が逃げたせいで、貴女達が結婚しなければいけなかったのは知っています。
でも、ブライアンは元々私を愛していたんです。
それなのに、貴女みたいな年増と無理矢理結婚させられたなんて、可哀想で・・・。
今、私は間違いに気付いてアルバーン子爵家に戻っています。
だから、貴女さえ身を引いてくれれば、私達は元の正しい関係に戻れるんです!」
美しい青の瞳を潤ませて、胸の前で祈る様に両手を組み、切々と訴えるその姿は非常に愛らしくて庇護欲を唆る。
姿だけならば。
その口から飛び出す言葉のなんと不条理な事か。
無理矢理結婚させられて可哀想?
その原因を作ったのは、他でも無いあなた方では?
そして、正しい関係とはなんぞや??
「貴女の言い分はわかりました。
夫が帰って来ましたら、良く話し合いますね。
今日の所はお引き取りを」
私は氷の微笑みを浮かべてキッパリと言い切ると、執事と護衛に目で合図をする。
「あのっ・・・・・・ちょっ・・・」
彼女はまだ何か言おうとしていたが、男性二人に促され・・・、と言うよりも連行されて、部屋を出て行った。
おそらくチャールズとの駆け落ち生活は、彼女が思っていたよりも苦労が多かったのだろう。
そして安易に子爵家に戻ろうとした様だが、子爵家は一人娘が出て行ったせいで後継の為の養子を取ったと聞いている。
今更帰って来られても、彼女の居場所など無かったのだろう。
悠々自適な生活を続けたいならば貴族家に嫁ぐのが最善だが、この性格とマナーを見てしまえば、いくら美しいと評判の令嬢でも正妻に据えたいと考える者は少ない。
せいぜい愛妾がいい所だ。
ふと、疑問が湧いて来る。
ブライアンは本当にあんな女が好きだったのだろうか?
私は何か大きな誤解をしていたのかも知れない。
行方不明の兄を探さなくても良いのだろうか?
チャールズを捕まえれば、リネット様も見つかるかもしれないのに・・・・・・。
もしも、二人が見つかったら、私達夫婦の関係はどうなるのだろう。
例えば、リネット様がブライアンの元に戻りたがったりしたら・・・・・・
彼は私と離縁して、彼女と再婚するのかな?
それとも、私をお飾りの妻に降格して、彼女を愛妾にするとか?
・・・・・・いや、ブライアンは誠実な人だから、彼女への想いを隠して今迄通りの生活が続くのかも。
(ある意味、それが一番残酷ね)
私は誰もいない部屋で重い溜息をついた。
あのデートの日。
観光客で賑わう通りで、ブライアンはチャールズを見かけて私を遠ざけようとした。
だが、私はその態度が気になって、後ろを振り返ってしまい、チャールズの存在に気が付いた。
ブライアンも、私がチャールズを目撃した事には気付いた筈。
だが、彼は何も言わない。
だから、私も何も聞けない。
自分の気持ちの整理も出来ていない現状で、彼に話を聞くのが怖いのだ。
その後、しばらく私達夫婦はギクシャクしていた。
最近になって漸く、二人の間の空気が以前の様に戻りつつある。
ブライアンのスキンシップが前よりも少し過剰になっている気もするが、その真意を問いただす事は出来ずにいる。
社交シーズンが始まり、今、私達はタウンハウスに滞在している。
義父母は今年は領地でノンビリ過ごすそうだ。
今日は夫は朝から外出している。
特に用事も無く、暇を持て余した私は、天気が良かったので庭園でお茶を飲む事にした。
お気に入りの紅茶を飲みながら、静かな庭でゆっくりと流れる時間を楽しんでいたのだが、急に正門の方が騒がしくなって来て、侍女と顔を見合わせ小首を傾げた。
「何かしら?」
「さあ?ちょっと様子を見て来ますね」
そう言って、門の方へと向かった侍女もなかなか戻ってこない。
「私も行ってみようかしら?」
「ダメです。
状況が分からないのに、奥様を向かわせる事は出来ません」
私の護衛が首を横に振るが、このやり取りの間にも騒ぎが大きくなっている気がする。
「ウチの敷地内からは出ずに、遠巻きに様子を伺うから大丈夫よ。
貴方も護ってくれるだろうし、他の使用人達もいるのだから」
立ち上がって正門の方へゆっくり歩き出すと、護衛も渋々付いて来てくれた。
現場に近付くに連れて、騒ぎの中心人物が女性であるという事が、その声で分かった。
「アイリス様を出しなさいって言ってるの!
邸に居るのは分かってるのよ?」
どうやら彼女は私に用があるらしい。
正門が見える所まで来て足を止めると、ウチの使用人達が一人の女性を取り囲んで宥めているのが目に入る。
その中心で金色の豊かな髪がふわりと揺れた。
こちらを振り返った青い瞳と目が合う。
「リネット様・・・・・・」
騒ぎの元凶は、リネット・アルバーン。
ブライアンの元婚約者だった。
押しかけて来た時よりは少しだけ落ち着いた様子で目の前に座っているリネット様は、お世辞にも優雅とは言えない所作で紅茶を飲んでいる。
彼女がティーカップをソーサーに戻す音が、ガチャリと響いた。
邸の門の前でいつまでも騒がれては外聞が悪過ぎるので、応接室へお通ししたのだが・・・。
彼女はなかなか話を切り出さない。
「・・・それで、私に何の御用件でしょう?
リネット様とは面識がなかった筈ですが」
義理の姉妹になる筈だったのに珍しい事だとは思うが、ブライアンの指示で社交を制限されていた(と噂されている)リネット様とは正式に挨拶を交わしていなかった。
友人どころか知り合いですら無い癖に、先触れも無しでいきなり訪ねて来て、門の前で騒ぎを起こした。
彼女はその事を理解しているのだろうか?
ブライアンと婚約してから、公の場にあまり出なかったせいで、彼女の評判は外見に関する物ばかりだった。
しかし、もっと幼い頃の茶会などでは『少々身勝手な性格である』と言われていたようだ。
その評価は正しいのかも知れないと、先程の態度を見て漠然と思った。
「ブライアンと・・・、別れて下さい」
「何ですって?」
突然の身勝手な要求に呆れながらも、ブライアンもそれを望むのかも知れないと思うと、胸の奥にチリッと痛みが走る。
「私が逃げたせいで、貴女達が結婚しなければいけなかったのは知っています。
でも、ブライアンは元々私を愛していたんです。
それなのに、貴女みたいな年増と無理矢理結婚させられたなんて、可哀想で・・・。
今、私は間違いに気付いてアルバーン子爵家に戻っています。
だから、貴女さえ身を引いてくれれば、私達は元の正しい関係に戻れるんです!」
美しい青の瞳を潤ませて、胸の前で祈る様に両手を組み、切々と訴えるその姿は非常に愛らしくて庇護欲を唆る。
姿だけならば。
その口から飛び出す言葉のなんと不条理な事か。
無理矢理結婚させられて可哀想?
その原因を作ったのは、他でも無いあなた方では?
そして、正しい関係とはなんぞや??
「貴女の言い分はわかりました。
夫が帰って来ましたら、良く話し合いますね。
今日の所はお引き取りを」
私は氷の微笑みを浮かべてキッパリと言い切ると、執事と護衛に目で合図をする。
「あのっ・・・・・・ちょっ・・・」
彼女はまだ何か言おうとしていたが、男性二人に促され・・・、と言うよりも連行されて、部屋を出て行った。
おそらくチャールズとの駆け落ち生活は、彼女が思っていたよりも苦労が多かったのだろう。
そして安易に子爵家に戻ろうとした様だが、子爵家は一人娘が出て行ったせいで後継の為の養子を取ったと聞いている。
今更帰って来られても、彼女の居場所など無かったのだろう。
悠々自適な生活を続けたいならば貴族家に嫁ぐのが最善だが、この性格とマナーを見てしまえば、いくら美しいと評判の令嬢でも正妻に据えたいと考える者は少ない。
せいぜい愛妾がいい所だ。
ふと、疑問が湧いて来る。
ブライアンは本当にあんな女が好きだったのだろうか?
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