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6 彼女を手に入れる覚悟

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《side:ブライアン》


「だって・・・、貴方はリネット様を愛していたのでしょう?」

挙式の開始を待つ僅かな二人きりの時間に、彼女の愛らしい唇から紡がれたのは、予想外の問いだった。
俺がリネットを愛していた事実など無い。
アイリスが何故そんな勘違いをしているのかは不明だが、俺の気持ちをきちんと伝えておかなければならないと思った。

「彼女とは政略でしかありませんでしたよ。
俺は貴女と結婚出来て嬉しい」

俺の気持ちを聞いたアイリスは、悲しそうに微笑んだ。

───貴女の方こそ、兄上の事を・・・・・・。

そう聞こうとして、寸前で思いとどまった。

そっと拳を握り締める。

あの庭園のガゼボで、静かに涙を流す彼女の姿が、脳裏にチラついた。

婚約が決まるよりも以前から、ずっと仲が良かった兄上とアイリスを、俺は誰よりも一番近くで見て来た。
『兄上を愛していたのか?』という問いの答えなんて、聞かなくても初めから分かりきっている。
腹の奥からドロドロとした不快な何かが沸いてくる。
初めて経験する感覚。
これが嫉妬と言う物なのだろうか?
ドス黒い感情に振り回されない様に、何とか気を取り直す。

彼女の隣に並ぶ権利を得たのは、兄上じゃ無い。
俺なのだから。



彼女は式の間中、ずっと元気が無かった。
微笑んでいるのに、今にも泣き出しそうにも見える彼女の表情は、痛々しくて堪らない。

そんなに俺との結婚が嫌なのだろうか。
まあ・・・、嫌なんだろうな。
愛していたのに裏切った男の弟との結婚だ。
それに、まだ一ヶ月しか経っていないのだから、気持ちの整理がつかなくて当然だ。

時間が解決してくれるのを祈るしか無い。



「それでは、誓いの口付けを」

式は滞りなく進み、誓いの言葉を述べた後、神父に促されてアイリスと向き合う。

ヴェールを上げると、不安そうに揺れる彼女の瞳が俺を写していた。
途端に込み上げる罪悪感に、思わず顔が歪みそうになる。

ギュッと目を閉じた彼女に、顔を近付け、掠めるだけの口付けをした。

(ごめんね、アイリス。兄上じゃなくて・・・)




その日の夜は当然ながら、初夜である。

だが、俺は、兄上を想っているはずのアイリスを抱いても良いのだろうかと悩んでいた。
白い結婚にするつもりなど毛頭無いのだが、こんなに性急に事を進めてしまっては、彼女の気持ちが追いつかないのは想像に難くない。
アイリスを益々傷付ける事になるんじゃないだろうか。
もしも、彼女が完全に心を閉ざしてしまったら・・・・・・。
そう思うと、怖くて仕方が無かった。
俺はこんなにも臆病な人間だっただろうか?


躊躇いながらも夫婦の寝室に入ると、アイリスがビクッと大きく肩を震わせた。

(ああ、やはり、怯えている。
もう少し、時間を掛けた方が良いかもしれない)

「あー・・・、アイリス。
もしも嫌だったら、無理しなくても良いんですよ?」

部屋には蠱惑的な香りが充満していて、目の前には美しい妻が、透けてしまいそうなほどに薄い夜着を纏っている。
欲情が掻き立てられそうになるのを必死で我慢していた。

「私達は結婚しなきゃんだから、これは避けて通れない事よ。
もう、覚悟を決めてくれない?」

俯きながら呟かれた彼女のその言葉は、自分自身に言い聞かせている様にも聞こえた。
針を突き立てられたみたいに、ズキズキと痛む左胸を片手で抑える。

ああ、貴女はもう、のか。

ならば俺も、兄上への想いを抱える貴女を、愛する覚悟をしなければ。


「・・・兄上だと、思って良いから」

「え?」

キョトンとした表情の彼女は、おそらく今の言葉を聞き取れなかったのだろう。
しかし俺は、その屈辱的な台詞をもう一度口に出す気には、どうしてもなれなくて・・・・・・。
無言のまま、彼女の唇に噛み付く様にキスをした。

もう、逃してあげない。




初めての経験に疲れ果てて、俺の腕の中で眠ってしまったアイリスの黒髪を、その存在を確かめる様に何度も撫でる。

「好きです、アイリス。
早く俺の方を向いて」


彼女の目尻から、一粒の涙が零れた。


薄紅色の唇がゆっくりと開いて、吐息と共に聞き取れない程の小さな呟きが漏れる。



『チャールズ・・・』

彼女の唇が、そう動いた様に見えた。
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