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2 愛だと思っていた物
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チャールズやブライアンとの初対面は、全く思い出せない。
その位、古くからの付き合いで、物心ついた頃には既に家族の様に過ごしていた。
コールリッジ侯爵家とベニントン伯爵家は、領地が隣接しており、先祖代々治水工事や道路整備などを協力して行って来た友好的な関係にある。
今代は、互いの子供達の年齢が近い事もあって、特に親しく付き合っていた。
家族ぐるみでお互いの邸を行ったり来たりしており、ベニントン兄弟とコールリッジ兄妹は、幼い頃いつも四人で遊んでいた。
そんな中で、歳周りの良いチャールズと私を婚約させてはどうかと最初に言い出したのは誰だったろう。
今ではもう経緯はあやふやだが、そんな感じで適当に決まった婚約だった。
二人は実際に仲が良かった。
一つ年上のチャールズは、私をいつも気に掛けて、大事にしてくれていた。
「アイリス、これからもずっと仲良くして、素敵な夫婦になろうね」
婚約が決まった時、チャールズはそう言って、バラの花を一輪差し出した。
「本当は婚約指輪をプレゼントしたいんだけど、それだけはどうしても自分のお金で買いたいから、稼げる様になるまで少し待って欲しい」
その言葉通り、学園を卒業して少しした頃には、彼の瞳の色を思わせるエメラルドの指輪をプレゼントしてくれた。
その時に見せてくれた、はにかんだ笑顔を、今でもよく覚えている。
婚約している間、チャールズはとても誠実だった。
だから、勘違いした。
チャールズは自分を愛してくれているのだと。
家族愛の延長の様な緩やかな物ではあったが、確かに愛されていると感じていた。
結婚するのだから、派手なロマンスなど必要ないとも思っていた。
でも、それは、私だけの一方的な想いだったのだ。
チャールズからの別れの手紙には、私にとっては、とても残酷な真実が綴られていた。
私達の婚約の話が出る前年、ベニントン伯爵領に竜巻が発生し、甚大な被害をもたらした。
その時、復興の資金をコールリッジ侯爵家が融資した。
それは、両家にとってはずっと昔から続いて来た、助け合いの一環。
過去、コールリッジ侯爵領が農作物の不作で困った時には、ベニントン伯爵家が助けてくれた経緯もあり、お互い様なのである。
だがチャールズは、その出来事を実際よりも重く受け止めていたらしく、恩を返す為に私との婚約を受けたと言うのだ。
まあ、正直に言えば返して貰わねばならぬ程の恩でも無かったのだが・・・。
しかしながら自分が私と婚約をしてあげる事で恩を返せると思い込んでいたとは、なかなか自己評価が高すぎる。
私だって、自分の事を大切にしてくれていたチャールズに対して好意は持っていたが、好かれてもいないのに『どうしても婚約して欲しい!』と我儘を言う程、彼を好きだった訳では無い。
そんな風に思われていたなんて、心外だ。
チャールズが駆け落ちしたお相手は、ブライアンの婚約者だったリネット・アルバーン子爵令嬢。
金髪碧眼で妖精の様に美しいと、社交界でとても評判だった。
比べて私は、お母様に似たストレートの黒髪もお父様に似た赤茶色の瞳も、自分では愛着を持っているが、一般的には地味であると言わざるを得ない。
顔立ちも、リネット様が可愛らしいのに対して、私は切長の目が特徴的で、『可愛い』よりも『カッコいい』と言われる事の方が多いくらいだ。
リネット様が好みのタイプだったのならば、私との婚約は罰ゲームの様に感じていたのかもしれない。
家の為に仕方なく婚約してくれていたのかと思うと、やるせない思いでいっぱいになる。
私が思うよりずっと、チャールズにとっての私の価値は低かったのだ。
それを突き付けられる事は、想像以上に私の胸を抉った。
思えば、私は両親やお兄様にずっと守られていたせいか、この歳になるまで親しい人間から裏切られるという経験を殆どしてこなかった。
関係の薄い人間からは、それなりに嫌われたり悪意に晒される事もあったが、自分が信用して心を預けていた相手に傷付けられる事は無かったのだ。
だから、今回のような事態には免疫が無い。
しかし、今後も貴族社会で生きて行かなければならない私にとっては、必要な経験だったのかもしれない。
これからは、近しい人間でも心の中では何を思っているか分からないのだと警戒しながら付き合うようにしなければ・・・・・・。
(あぁ、嫌だな。人間不信になりそう)
唯一の救いは、私に宛てられたチャールズの手紙を家族に読まれなかった事だ。
チャールズが残した手紙は三通。
私宛と、ベニントン伯爵家宛と、コールリッジ侯爵家宛。
私への手紙はしっかりと封蝋が押されており、未開封の状態だった。
他の二通に何が書いてあったかは、読んでいないので分からないが、私宛の物よりも明らかに短い手紙のようだったので、駆け落ちの詳しい動機などについては触れていないだろうと思う。
あんな内容の手紙を、他の人に読まれる訳にはいかない。
私を愛してくれる家族に、これ以上の心痛を与えたくは無いのだ。
その位、古くからの付き合いで、物心ついた頃には既に家族の様に過ごしていた。
コールリッジ侯爵家とベニントン伯爵家は、領地が隣接しており、先祖代々治水工事や道路整備などを協力して行って来た友好的な関係にある。
今代は、互いの子供達の年齢が近い事もあって、特に親しく付き合っていた。
家族ぐるみでお互いの邸を行ったり来たりしており、ベニントン兄弟とコールリッジ兄妹は、幼い頃いつも四人で遊んでいた。
そんな中で、歳周りの良いチャールズと私を婚約させてはどうかと最初に言い出したのは誰だったろう。
今ではもう経緯はあやふやだが、そんな感じで適当に決まった婚約だった。
二人は実際に仲が良かった。
一つ年上のチャールズは、私をいつも気に掛けて、大事にしてくれていた。
「アイリス、これからもずっと仲良くして、素敵な夫婦になろうね」
婚約が決まった時、チャールズはそう言って、バラの花を一輪差し出した。
「本当は婚約指輪をプレゼントしたいんだけど、それだけはどうしても自分のお金で買いたいから、稼げる様になるまで少し待って欲しい」
その言葉通り、学園を卒業して少しした頃には、彼の瞳の色を思わせるエメラルドの指輪をプレゼントしてくれた。
その時に見せてくれた、はにかんだ笑顔を、今でもよく覚えている。
婚約している間、チャールズはとても誠実だった。
だから、勘違いした。
チャールズは自分を愛してくれているのだと。
家族愛の延長の様な緩やかな物ではあったが、確かに愛されていると感じていた。
結婚するのだから、派手なロマンスなど必要ないとも思っていた。
でも、それは、私だけの一方的な想いだったのだ。
チャールズからの別れの手紙には、私にとっては、とても残酷な真実が綴られていた。
私達の婚約の話が出る前年、ベニントン伯爵領に竜巻が発生し、甚大な被害をもたらした。
その時、復興の資金をコールリッジ侯爵家が融資した。
それは、両家にとってはずっと昔から続いて来た、助け合いの一環。
過去、コールリッジ侯爵領が農作物の不作で困った時には、ベニントン伯爵家が助けてくれた経緯もあり、お互い様なのである。
だがチャールズは、その出来事を実際よりも重く受け止めていたらしく、恩を返す為に私との婚約を受けたと言うのだ。
まあ、正直に言えば返して貰わねばならぬ程の恩でも無かったのだが・・・。
しかしながら自分が私と婚約をしてあげる事で恩を返せると思い込んでいたとは、なかなか自己評価が高すぎる。
私だって、自分の事を大切にしてくれていたチャールズに対して好意は持っていたが、好かれてもいないのに『どうしても婚約して欲しい!』と我儘を言う程、彼を好きだった訳では無い。
そんな風に思われていたなんて、心外だ。
チャールズが駆け落ちしたお相手は、ブライアンの婚約者だったリネット・アルバーン子爵令嬢。
金髪碧眼で妖精の様に美しいと、社交界でとても評判だった。
比べて私は、お母様に似たストレートの黒髪もお父様に似た赤茶色の瞳も、自分では愛着を持っているが、一般的には地味であると言わざるを得ない。
顔立ちも、リネット様が可愛らしいのに対して、私は切長の目が特徴的で、『可愛い』よりも『カッコいい』と言われる事の方が多いくらいだ。
リネット様が好みのタイプだったのならば、私との婚約は罰ゲームの様に感じていたのかもしれない。
家の為に仕方なく婚約してくれていたのかと思うと、やるせない思いでいっぱいになる。
私が思うよりずっと、チャールズにとっての私の価値は低かったのだ。
それを突き付けられる事は、想像以上に私の胸を抉った。
思えば、私は両親やお兄様にずっと守られていたせいか、この歳になるまで親しい人間から裏切られるという経験を殆どしてこなかった。
関係の薄い人間からは、それなりに嫌われたり悪意に晒される事もあったが、自分が信用して心を預けていた相手に傷付けられる事は無かったのだ。
だから、今回のような事態には免疫が無い。
しかし、今後も貴族社会で生きて行かなければならない私にとっては、必要な経験だったのかもしれない。
これからは、近しい人間でも心の中では何を思っているか分からないのだと警戒しながら付き合うようにしなければ・・・・・・。
(あぁ、嫌だな。人間不信になりそう)
唯一の救いは、私に宛てられたチャールズの手紙を家族に読まれなかった事だ。
チャールズが残した手紙は三通。
私宛と、ベニントン伯爵家宛と、コールリッジ侯爵家宛。
私への手紙はしっかりと封蝋が押されており、未開封の状態だった。
他の二通に何が書いてあったかは、読んでいないので分からないが、私宛の物よりも明らかに短い手紙のようだったので、駆け落ちの詳しい動機などについては触れていないだろうと思う。
あんな内容の手紙を、他の人に読まれる訳にはいかない。
私を愛してくれる家族に、これ以上の心痛を与えたくは無いのだ。
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