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6 彼女の変化(アルベルト視点)

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王宮の廊下で初めて彼女に出会った時、僕は一目で恋に落ちた。

緩くウェーブを描く蜂蜜色の髪も、少し気が強そうな青紫の瞳も、真っ白な肌も、僕の心を波立たせた。

王族なんかに生まれると、他人の心を読む術に長けてくる。
少し話した様子で、彼女が兄上の婚約者を決めるお茶会に興味が無さそうに見えたので、鎌をかけると当たりだった。

側妃が今回招いた二人の公爵令嬢の内、どちらかを兄上の婚約者に選びたいと考えているのは知っていた。

「お茶会に戻りたく無いなら、僕が協力してあげようか?」

提案したのは兄上の元に戻らせたくなかったから。
彼女には断られてしまったけど、幸い兄上はもう一人の公爵令嬢を選んだ。

僕は父上に頼んで、リリアナに婚約を打診した。

「どうか、僕の妃になってくれないか?
只の政略結婚ではなく、僕と恋愛をして欲しい」

僕のプロポーズに、彼女は目を丸くして驚いていた。

「私は貴族に生まれた以上、一生恋愛とは無縁なのだと思っていました。
愛してくれる方と結婚出来るなんて幸せです」

そう言った彼女は、薔薇色に頬を染めて微笑んだ。
その笑顔を僕は一生守っていこうと誓った。

その気持ちは、今も変わっていないのだが・・・・・・



最愛の彼女の様子が、最近どうもおかしい。

始まりは、王妃教育の後のお茶会が、急にキャンセルになった事だった。
三日経っても顔を見せない彼女が心配になった僕は、無理矢理彼女の部屋を訪ねた。

「わざわざお越し頂き、ありがとうございます。アルベルト殿下」

いつも二人きりの時は「アル様」と呼んでくれていたのに、その日は「アルベルト殿下」としか呼んでくれない。

しかも、リリの笑顔はいつも僕といる時の自然な表情ではなく、貼り付けた様な感情が読めない微笑みだった。

思わず頬に手を伸ばすと、避ける様に半歩下がられてしまった。

彼女の青紫の瞳に浮かぶのは、警戒心と・・・恐怖?
だが、原因がわからない。

何も出来ない僕は、帰り際に「愛してる」と伝えるだけで精一杯だった。
でも彼女が浮かべたのは、悲しげな表情。

ーーーもしも、このままリリに嫌われてしまったら・・・・・・

考えるだけで、胸が潰れそうになる。

結局、学院の入学まで、何度頼んでも会っては貰えなかった。


楽しみにしていた、リリの入学。
毎日登下校の送り迎えをすると約束していたのに、邪魔な隣国の王女のお陰でそれも出来なくなった。

「わたくし、この国の文化や風習が分からないので不安なのです。
アルベルト様が案内役を買って出てくださって嬉しいわ」

「・・・わからない事があったら聞いて下さい」

わざと素っ気なく聞こえるように答えた。
買って出たのではなく、押し付けられたのだ。
勘違いしないで頂きたい。
婚約者を愛しているのだと伝えても、お構い無しにベタベタと擦り寄ってくる。
蛇の様に絡み付く視線が鬱陶しい。
しかし相手は隣国の王女、対応を間違えると国際問題になりかねない。
最低限の礼儀は尽くさねば。
本当に厄介な存在だ。


我儘王女の相手をしていると、目の前にシャウマン公爵家の馬車が止まった。
先に降りたフェリクスの手を取って、笑顔で馬車から出て来たのは・・・リリだった。

アイツの隣に寄り添う彼女が、いつもより美しく見えるのは何故だろう。

最近、僕には見せてくれない心からの笑みで、隣の男を見上げる彼女。
胸が騒つく。
僕の中で、ドス黒い感情が渦を巻く。


フェリクス・シャウマン。
僕の同級生でリリアナの従兄妹。
僕以外で唯一、リリアナの事を〝リリ〟と呼ぶ男。
アイツの事は前から気に入らなかった。
当然だろう?
本当なら実の兄でさえ、リリアナに触れて欲しくないのだから。
彼は只の従兄妹の癖に、リリを本当の妹の様に可愛がっていて、リリも彼を兄の様に慕っている。
無遠慮にリリに触れるその手を、切り落としてやりたい。

彼の方が僕よりもずっと信頼されているように見えて、悔しくて仕方ない。

確かフェリクスは、ミランダ王女の国とは反対側に位置する、隣国の侯爵令嬢と婚約していた筈。
フェリクスの方が惚れ込んで口説いたと噂されているのだが・・・・・・
果たしてそれは真実なのか。
相手が他国の貴族なので、上手く情報が掴めない。
そして、リリの方は本当はどう思っているのだろうか。

得意だった筈の読心術も、大好きなリリアナに関する事には、自分の感情が邪魔をしてしまい、全く役に立たないのである。

彼と一緒にいるリリアナを見る度、訳の分からない焦燥感が募る。


僕と王女を残して、二人は手を繋いで去って行く。



お願いだ、リリアナ。
僕の側にいて。
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