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4 お見舞い

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ーーー幸せだった頃の夢を見て、目が覚めて泣きたくなる。

あれから三日が過ぎた。
体調不良のためと称して、王子妃教育は休ませて貰い、私は殆ど自室から出ずに引き篭っている。


お昼を過ぎても、クッションを抱き締めながら、自室のソファーでダラダラしていた。

ーーーコンコン。 「・・・はい」

扉をノックする音に返事をすると、ここに居ない筈の人物の声がした。

「リリ。お見舞いに来たんだ。
部屋に入れてくれないか?」

まだ会いたくはない、あの人の声。
私は震える胸を押さえつつ、声を絞り出す。

「私は今、お会いできる様な姿ではありませんので・・・」

普段使いの簡素なドレスに、結い上げていない髪。
人に会えないわけではないが、王子に見せられる姿ではない。

「気にしないよ。先触れも無しに突然来た僕が悪いのだから。
お願いだ。リリ、一目だけでも会いたい。顔を見せて」

いつもと同じ甘やかな声に、まだときめいてしまう自分が嫌になる。
小さくため息を吐いて、扉を開けた。
そこに居たのは、アルベルト殿下と、殿下を止められずにオロオロしている、可哀想な私の侍女だった。

「わざわざお越し頂き、ありがとうございます。アルベルト殿下」

「ああ、リリ・・・・・・心配したよ・・・」

頬に触れようと伸ばされた手に、思わず半歩後ろへ下がった。
その瞬間、彼の瞳に驚きと絶望の色が広がったように見えた。

「リリ・・・?」

「失礼しました。
ご心配お掛けして申し訳ありません。
でも、単なる軽い風邪ですわ。
アルベルト殿下に感染うつしてしまうといけませんので、あまり近付かないでくださいませ」

つい冷ややかになってしまう私の言葉に、彼の瞳が益々陰る。
初めて会った時と同じ、私を見透かす視線を受けて、思わず俯く。

「この前、王子妃教育の後、急に体調を崩して帰ったって聞いてから、ずっと王宮に来ないから、どうしても顔を見たくて・・・我慢出来なくて来てしまった。
ごめんね。まだ具合が悪かったのに、無理をさせて。また来るよ」

殿下は困った様に微笑み、帰ろうとしたが、ふと足を止めて振り返った。

「リリ、愛しているよ。
早く良くなってね」


立ち去るアルベルト殿下の背中を見送った私は、ソファーにグッタリと腰を下ろした。

私は、あの日きちんと「体調不良で帰る」と伝えていたのだな・・・。
無断で帰って来たのなら、ロイエンタール家の方にも、王家から苦言があったかもしれないと思っていたので、少し安心する。
自分の恋心を弔う事も出来ていないのに、家の心配をしている自分が滑稽だった。

『リリ、愛しているよ』

何度も繰り返し聞いて来たその台詞も、今は胸の痛みを強くするだけ。


婚約を打診された直後の顔合わせの際に、アルベルト殿下は私に言った。

『リリアナ嬢。僕は君に一目惚れをしたらしい。
どうか、僕の妃になってくれないか?
只の政略結婚ではなく、私と恋愛をして欲しい』

あの言葉は、一体何だったのか?

『愛している』と囁く彼と『愛していない』と冷たく吐き捨てた彼が、余りに違いすぎて、混乱する。
とても同一人物とは思えない。
人間不信になりそうだ。

ただ、都合の良い存在である私を、恋心で繋ぎ止める為に、わざわざ愛を演じていたのだろうか?
それなら最初から、愛してる振りなどする必要は無かったのだ。
政略結婚の覚悟は出来ていたのだし、対外的に〝仲睦まじい王子夫妻〟でいる必要があるのなら、私だってそれなりの演技くらいはしただろう。

ーーー殿下ほど上手く演じられる自信は無いが。


これから、私はどのように振る舞えば良いのだろうか?

一度愛してしまった彼との結婚を、今更になって、政略と割り切る事が出来るのか・・・。
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