2 / 13
2 婚約者の選定
しおりを挟む
それは、今から5年ほど前の出来事。
その日は、薔薇が咲き誇る王宮の庭園にて、子供達を集めたお茶会が行われていた。
第一王子である、ライナルト殿下の、婚約者と側近候補を決めるための集まりだった。
子供達は皆んな、ライナルト殿下に気に入られたくて必死だ。
特にご令嬢達は、権力だけでなく、王子様らしい美しい容姿を持ったライナルト殿下に、瞳を輝かせている。
一方の私は、お父様に「王子妃になる必要はない」と言われている。
ロイエンタール公爵家は、それなりに国内貴族への影響力を持った家だ。
王子妃などを輩出すれば、力を持ち過ぎてしまい、他家とのバランスが悪くなってしまう。
それなのに・・・。
「リリアナ嬢、今日は楽しんでくれているかな?」
「ええ。勿論ですわ、ライナルト殿下」
「ほら、君が大好きなイチゴのマカロンがあるよ。
遠慮せずに召し上がれ」
ライナルト殿下はこちらの思惑などお構いなしに、私に話しかけてくる。
そのキラキラした王子スマイルは、是非とも別のご令嬢に向けて欲しい。
「お気遣い頂き、ありがとうございます」
王子殿下に勧められて断る事など出来ない。
折角なので素直にマカロンを頂くことにする。
確かにイチゴのマカロンは私の好物だが、今日初めて言葉を交わした王子殿下が、何故それをご存知なのか?
そして何故、暗に私の好物を知っていると示唆するような発言を、皆様の前でなさったのか?
ほら、ご令嬢達の刺すような視線を感じるでは無いか。
非常に迷惑だ。
「失礼、少しお化粧を直して参りますわ」
堪らず私は席を立った。
王宮の中に逃げ込んだ私は、お手洗いを目指す。
このまま会場に戻らなくても良いだろうか?
王宮内で迷子になったとでも言えば、許されるのではないか?
ライナルト殿下は第一王子ではあるが、側妃様のお子様である。
一つ年下に第二王子である、アルベルト殿下がいらっしゃるが、こちらは正妃様がお産みになられた。
この国の過去の事例を見ても、どちらが王太子に選ばれるかは微妙な所だ。
出来るだけ力を持った家の娘を婚約者に据えて、王太子の座に一歩近付きたいのだろう。
おそらく殿下ご本人と言うよりも、側妃様の思惑だ。
しかもロイエンタール公爵家は、どちらかと言えば、第二王子派である。
私を婚約者にして上手く取り込む事が出来れば、後ろ楯を強固にすると同時に、敵対勢力の力を削ぐ効果もあるのだ。
だが逆に、婚約者に据えたにも関わらず、私の手綱を握りきれなければ、第二王子派のスパイを招き入れる事になる可能性もある。
危険な賭けだが、自信があると言う事なのか。
舐められた物だ。
私の動き一つで、玉座をめぐる勢力図が大きく変化してしまう。
荷が重すぎる。冗談じゃない。
ロイエンタール公爵家は、元々そんなに権力欲の強い家ではないのだ。
お父様に命令されているわけでもないのだから、面倒事にはなるべく近寄らないようにしたい。
私はお手洗いを出ると、庭園とは反対の方向へ足を向けた。
フカフカの絨毯が敷き詰められた廊下を、出来るだけ人通りの少なそうな方へと進んでいく。
途中で宮廷の使用人に見つかれば、お茶会の会場へと送り届けられてしまうのだろうけど、少しでも時間稼ぎになれば良い。
「君、そんな所で何しているの?」
背後から聞こえた声に、体がピシリと固まる。
ゆっくり振り向くと、そこに居たのは完璧な容姿のもう一人の王子だった。
こんなに近くでお会いした事は無いが、間違いない。
大きな行事の際などに、遠目で見た事ならば何度かあった。
彼は、第二王子、アルベルト殿下だ。
ーーー何故、こんな所に彼が?
政敵である側妃様が主催する行事の会場に、彼が近付くとは思わなかった。
私と目が合った瞬間、殿下の頬がほんのりと色付いた。
彼は少し人見知りなのかもしれない。
可愛いな。
「・・・君は確か、ロイエンタール公爵家のご息女だね?」
「はい。初めまして、アルベルト殿下。
ロイエンタール公爵家の長女、リリアナ・ロイエンタールと申します」
我に帰った私は、咄嗟に淑女の礼をとる。
「顔を上げて。リリアナ嬢。
今日は兄上の為のお茶会に呼ばれたのかな?」
「はい。お化粧直しに来たのですが、戻る方向を間違えたようです」
「そうか・・・」
何かを見極めるように私を見つめるアルベルト殿下から、そっと目を逸らす。
わざと王宮の奥へと迷い込んだ事に、気付かれたかもしれない。
一見、ライナルト殿下よりも柔和な印象を受けるこの王子だが、なかなか眼光が鋭い。
見たままの印象の人物では無いようだ。
「ねえ、リリアナ嬢。
お茶会に戻りたく無いなら、僕が協力してあげようか?」
「えっ・・・?」
気持ちを見透かされて、微かな動揺を見せた私に、殿下はニヤリと笑った。
「体調を崩した所を僕が見つけて、強引に公爵邸まで送り届けたことにすれば、誰も文句は言わないよ」
「いえ・・・、お気遣いありがとうございます。
でも、もう戻ります。そろそろお開きになる時間だと思いますし」
「そう?
・・・君を兄上の元に返したくは無いんだけど・・・まあ、いいや。
またね、リリアナ嬢」
殿下は何事かを小さく呟いて、私に別れを告げた。
会場に戻ると、既にライナルト殿下は別の公爵家のご令嬢と仲良くなっており、後日、その令嬢との婚約が正式に発表された。
「第一王子から逃げた先で、うっかり別の王子に捕まってしまったようだね」
お父様が、困った顔で笑う。
私の元にはアルベルト殿下から、婚約の打診が届いたのだ。
その日は、薔薇が咲き誇る王宮の庭園にて、子供達を集めたお茶会が行われていた。
第一王子である、ライナルト殿下の、婚約者と側近候補を決めるための集まりだった。
子供達は皆んな、ライナルト殿下に気に入られたくて必死だ。
特にご令嬢達は、権力だけでなく、王子様らしい美しい容姿を持ったライナルト殿下に、瞳を輝かせている。
一方の私は、お父様に「王子妃になる必要はない」と言われている。
ロイエンタール公爵家は、それなりに国内貴族への影響力を持った家だ。
王子妃などを輩出すれば、力を持ち過ぎてしまい、他家とのバランスが悪くなってしまう。
それなのに・・・。
「リリアナ嬢、今日は楽しんでくれているかな?」
「ええ。勿論ですわ、ライナルト殿下」
「ほら、君が大好きなイチゴのマカロンがあるよ。
遠慮せずに召し上がれ」
ライナルト殿下はこちらの思惑などお構いなしに、私に話しかけてくる。
そのキラキラした王子スマイルは、是非とも別のご令嬢に向けて欲しい。
「お気遣い頂き、ありがとうございます」
王子殿下に勧められて断る事など出来ない。
折角なので素直にマカロンを頂くことにする。
確かにイチゴのマカロンは私の好物だが、今日初めて言葉を交わした王子殿下が、何故それをご存知なのか?
そして何故、暗に私の好物を知っていると示唆するような発言を、皆様の前でなさったのか?
ほら、ご令嬢達の刺すような視線を感じるでは無いか。
非常に迷惑だ。
「失礼、少しお化粧を直して参りますわ」
堪らず私は席を立った。
王宮の中に逃げ込んだ私は、お手洗いを目指す。
このまま会場に戻らなくても良いだろうか?
王宮内で迷子になったとでも言えば、許されるのではないか?
ライナルト殿下は第一王子ではあるが、側妃様のお子様である。
一つ年下に第二王子である、アルベルト殿下がいらっしゃるが、こちらは正妃様がお産みになられた。
この国の過去の事例を見ても、どちらが王太子に選ばれるかは微妙な所だ。
出来るだけ力を持った家の娘を婚約者に据えて、王太子の座に一歩近付きたいのだろう。
おそらく殿下ご本人と言うよりも、側妃様の思惑だ。
しかもロイエンタール公爵家は、どちらかと言えば、第二王子派である。
私を婚約者にして上手く取り込む事が出来れば、後ろ楯を強固にすると同時に、敵対勢力の力を削ぐ効果もあるのだ。
だが逆に、婚約者に据えたにも関わらず、私の手綱を握りきれなければ、第二王子派のスパイを招き入れる事になる可能性もある。
危険な賭けだが、自信があると言う事なのか。
舐められた物だ。
私の動き一つで、玉座をめぐる勢力図が大きく変化してしまう。
荷が重すぎる。冗談じゃない。
ロイエンタール公爵家は、元々そんなに権力欲の強い家ではないのだ。
お父様に命令されているわけでもないのだから、面倒事にはなるべく近寄らないようにしたい。
私はお手洗いを出ると、庭園とは反対の方向へ足を向けた。
フカフカの絨毯が敷き詰められた廊下を、出来るだけ人通りの少なそうな方へと進んでいく。
途中で宮廷の使用人に見つかれば、お茶会の会場へと送り届けられてしまうのだろうけど、少しでも時間稼ぎになれば良い。
「君、そんな所で何しているの?」
背後から聞こえた声に、体がピシリと固まる。
ゆっくり振り向くと、そこに居たのは完璧な容姿のもう一人の王子だった。
こんなに近くでお会いした事は無いが、間違いない。
大きな行事の際などに、遠目で見た事ならば何度かあった。
彼は、第二王子、アルベルト殿下だ。
ーーー何故、こんな所に彼が?
政敵である側妃様が主催する行事の会場に、彼が近付くとは思わなかった。
私と目が合った瞬間、殿下の頬がほんのりと色付いた。
彼は少し人見知りなのかもしれない。
可愛いな。
「・・・君は確か、ロイエンタール公爵家のご息女だね?」
「はい。初めまして、アルベルト殿下。
ロイエンタール公爵家の長女、リリアナ・ロイエンタールと申します」
我に帰った私は、咄嗟に淑女の礼をとる。
「顔を上げて。リリアナ嬢。
今日は兄上の為のお茶会に呼ばれたのかな?」
「はい。お化粧直しに来たのですが、戻る方向を間違えたようです」
「そうか・・・」
何かを見極めるように私を見つめるアルベルト殿下から、そっと目を逸らす。
わざと王宮の奥へと迷い込んだ事に、気付かれたかもしれない。
一見、ライナルト殿下よりも柔和な印象を受けるこの王子だが、なかなか眼光が鋭い。
見たままの印象の人物では無いようだ。
「ねえ、リリアナ嬢。
お茶会に戻りたく無いなら、僕が協力してあげようか?」
「えっ・・・?」
気持ちを見透かされて、微かな動揺を見せた私に、殿下はニヤリと笑った。
「体調を崩した所を僕が見つけて、強引に公爵邸まで送り届けたことにすれば、誰も文句は言わないよ」
「いえ・・・、お気遣いありがとうございます。
でも、もう戻ります。そろそろお開きになる時間だと思いますし」
「そう?
・・・君を兄上の元に返したくは無いんだけど・・・まあ、いいや。
またね、リリアナ嬢」
殿下は何事かを小さく呟いて、私に別れを告げた。
会場に戻ると、既にライナルト殿下は別の公爵家のご令嬢と仲良くなっており、後日、その令嬢との婚約が正式に発表された。
「第一王子から逃げた先で、うっかり別の王子に捕まってしまったようだね」
お父様が、困った顔で笑う。
私の元にはアルベルト殿下から、婚約の打診が届いたのだ。
276
お気に入りに追加
4,452
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・
月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。
けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。
謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、
「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」
謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。
それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね――――
昨日、式を挙げた。
なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。
初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、
「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」
という声が聞こえた。
やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・
「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。
なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。
愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。
シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。
設定はふわっと。
【完結】どうかその想いが実りますように
おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。
学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。
いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。
貴方のその想いが実りますように……
もう私には願う事しかできないから。
※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗
お読みいただく際ご注意くださいませ。
※完結保証。全10話+番外編1話です。
※番外編2話追加しました。
※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
アリシアの恋は終わったのです【完結】
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる