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2 婚約者の選定

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それは、今から5年ほど前の出来事。

その日は、薔薇が咲き誇る王宮の庭園にて、子供達を集めたお茶会が行われていた。

第一王子である、ライナルト殿下の、婚約者と側近候補を決めるための集まりだった。
子供達は皆んな、ライナルト殿下に気に入られたくて必死だ。
特にご令嬢達は、権力だけでなく、王子様らしい美しい容姿を持ったライナルト殿下に、瞳を輝かせている。

一方の私は、お父様に「王子妃になる必要はない」と言われている。
ロイエンタール公爵家は、それなりに国内貴族への影響力を持った家だ。
王子妃などを輩出すれば、力を持ち過ぎてしまい、他家とのバランスが悪くなってしまう。
それなのに・・・。

「リリアナ嬢、今日は楽しんでくれているかな?」

「ええ。勿論ですわ、ライナルト殿下」

「ほら、君が大好きなイチゴのマカロンがあるよ。
遠慮せずに召し上がれ」

ライナルト殿下はこちらの思惑などお構いなしに、私に話しかけてくる。
そのキラキラした王子スマイルは、是非とも別のご令嬢に向けて欲しい。

「お気遣い頂き、ありがとうございます」

王子殿下に勧められて断る事など出来ない。
折角なので素直にマカロンを頂くことにする。

確かにイチゴのマカロンは私の好物だが、今日初めて言葉を交わした王子殿下が、何故それをご存知なのか?
そして何故、暗に私の好物を知っていると示唆するような発言を、皆様の前でなさったのか?
ほら、ご令嬢達の刺すような視線を感じるでは無いか。
非常に迷惑だ。

「失礼、少しお化粧を直して参りますわ」

堪らず私は席を立った。
王宮の中に逃げ込んだ私は、お手洗いを目指す。
このまま会場に戻らなくても良いだろうか?
王宮内で迷子になったとでも言えば、許されるのではないか?

ライナルト殿下は第一王子ではあるが、側妃様のお子様である。
一つ年下に第二王子である、アルベルト殿下がいらっしゃるが、こちらは正妃様がお産みになられた。
この国の過去の事例を見ても、どちらが王太子に選ばれるかは微妙な所だ。

出来るだけ力を持った家の娘を婚約者に据えて、王太子の座に一歩近付きたいのだろう。
おそらく殿下ご本人と言うよりも、側妃様の思惑だ。

しかもロイエンタール公爵家は、どちらかと言えば、第二王子派である。
私を婚約者にして上手く取り込む事が出来れば、後ろ楯を強固にすると同時に、敵対勢力の力を削ぐ効果もあるのだ。
だが逆に、婚約者に据えたにも関わらず、私の手綱を握りきれなければ、第二王子派のスパイを招き入れる事になる可能性もある。
危険な賭けだが、自信があると言う事なのか。
舐められた物だ。

私の動き一つで、玉座をめぐる勢力図が大きく変化してしまう。
荷が重すぎる。冗談じゃない。
ロイエンタール公爵家は、元々そんなに権力欲の強い家ではないのだ。
お父様に命令されているわけでもないのだから、面倒事にはなるべく近寄らないようにしたい。

私はお手洗いを出ると、庭園とは反対の方向へ足を向けた。
フカフカの絨毯が敷き詰められた廊下を、出来るだけ人通りの少なそうな方へと進んでいく。
途中で宮廷の使用人に見つかれば、お茶会の会場へと送り届けられてしまうのだろうけど、少しでも時間稼ぎになれば良い。

「君、そんな所で何しているの?」

背後から聞こえた声に、体がピシリと固まる。
ゆっくり振り向くと、そこに居たのは完璧な容姿のもう一人の王子だった。

こんなに近くでお会いした事は無いが、間違いない。
大きな行事の際などに、遠目で見た事ならば何度かあった。
彼は、第二王子、アルベルト殿下だ。

ーーー何故、こんな所に彼が?

政敵である側妃様が主催する行事の会場に、彼が近付くとは思わなかった。

私と目が合った瞬間、殿下の頬がほんのりと色付いた。
彼は少し人見知りなのかもしれない。
可愛いな。

「・・・君は確か、ロイエンタール公爵家のご息女だね?」

「はい。初めまして、アルベルト殿下。
ロイエンタール公爵家の長女、リリアナ・ロイエンタールと申します」

我に帰った私は、咄嗟に淑女の礼をとる。

「顔を上げて。リリアナ嬢。
今日は兄上の為のお茶会に呼ばれたのかな?」

「はい。お化粧直しに来たのですが、戻る方向を間違えたようです」

「そうか・・・」

何かを見極めるように私を見つめるアルベルト殿下から、そっと目を逸らす。
わざと王宮の奥へと迷い込んだ事に、気付かれたかもしれない。
一見、ライナルト殿下よりも柔和な印象を受けるこの王子だが、なかなか眼光が鋭い。
見たままの印象の人物では無いようだ。

「ねえ、リリアナ嬢。
お茶会に戻りたく無いなら、僕が協力してあげようか?」

「えっ・・・?」

気持ちを見透かされて、微かな動揺を見せた私に、殿下はニヤリと笑った。

「体調を崩した所を僕が見つけて、強引に公爵邸まで送り届けたことにすれば、誰も文句は言わないよ」

「いえ・・・、お気遣いありがとうございます。
でも、もう戻ります。そろそろお開きになる時間だと思いますし」

「そう?
・・・君を兄上の元に返したくは無いんだけど・・・まあ、いいや。
またね、リリアナ嬢」

殿下は何事かを小さく呟いて、私に別れを告げた。

会場に戻ると、既にライナルト殿下は別の公爵家のご令嬢と仲良くなっており、後日、その令嬢との婚約が正式に発表された。



「第一王子から逃げた先で、うっかり別の王子に捕まってしまったようだね」

お父様が、困った顔で笑う。

私の元にはアルベルト殿下から、婚約の打診が届いたのだ。
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