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24 沈みゆく舟

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《side:ローレンス》


次の週末、俺は従兄弟を訪ねた。
この従兄弟は、王宮で監査官という仕事をしている。
この国での監査官とは、領地経営が健全に行われているかを調査し、問題があれば是正を促し、不正を見つければ証拠を押収して速やかに司法の手に引き渡すという仕事である。

「ローレンスが私に会いに来るなんて、珍しいな」

「ちょっと頼みたい事があって」

俺は持参した封筒を手渡す。
中身はブルーノ子爵家を調査させた時の報告書の一部だ。

「へぇ、面白い情報提供だね」

従兄弟は腹黒い笑みを浮かべた。
その顔はちょっと俺に似ている。
嫌な部分で血の繋がりを感じてしまった。

「強制捜査するなら、出来れば俺も見学したいんだけど」

「そうだな・・・。
じゃあ日時が決まったら連絡するよ」




そして迎えた強制捜査当日。

俺はいつもよりも質素な服を着て、伊達眼鏡を掛けた。
ルルーシアを迎える話し合いや書類の作成等も代理人で済ませたので、ブルーノ子爵夫妻とは面識が無い。
パーティー等で顔を見られている可能性はあるが、地味な服を着ていれば多分気付かれないだろう。
まあ、気付いたなら気付いたで良いけど。


「やあ、初めまして、ブルーノ子爵」

「な、なんなんだ!?君達は!」

大勢の騎士と共にブルーノ子爵家を訪れた俺達を迎えたのは、馬鹿みたいにギラギラした服装の子爵夫妻だった。
本当に趣味が悪い。
俺なら絶対に着たくないが、下品な彼等にはお似合いかもしれない。

この家の様子は定期的に調査報告させているのだが、どうやら俺が渡した金で、夫婦揃って贅沢三昧の日々を送っているらしい。

まあ良い。
贅沢な暮らしを経験させた後に地獄に突き落とした方が、落差が激しい分絶望が大きくなるだろうから。

「王宮から派遣された監査官です。
国王陛下の命で、今からこちらの邸を強制捜査させて頂きます」

従兄弟が陛下のサインが入った書状を手渡すと、子爵の顔色が一瞬で真っ青になった。

「ちょ・・・ちょっと、待ってくれ!」

「待ちません」

子爵は従兄弟に縋り付くが、騎士に首根っこを掴まれて引っぺがされた。

ゾロゾロと騎士を引き連れた監査官達が、執務室へと無遠慮に踏み込んで行く。

執務室に入ってすぐに、例の絵が掛けられているのが目に入る。
従者が言っていた通り、大きな絵画を飾るには少し低い位置。
不自然過ぎるだろ。
俺が絵画を視線で示すと、従兄弟も勿論心得ており、静かに頷いてそちらに足を向けた。

「そっ、その絵には触らないでくれっっ!!」

子爵の叫びも虚しく、絵画が外された壁には扉に鍵の掛かった棚のような物が埋め込まれている。

「鍵は、どちらに?」

「・・・・・・」

ニッコリと微笑みながら問い掛けた従兄弟に、子爵は視線を逸らして無言を貫く。

「まあ、良い。鍵を探せ」

その号令を合図に彼の部下達が一斉に捜索を始める。
青くなって震えている子爵の視線が部屋の奥の本棚に一瞬だけ送られた事に気付いた従兄弟は、そちらへ向かった。

「・・・あぁ・・・・・・」

子爵の口から諦めのような小さな吐息が漏れた。

「この本棚が怪しい」

重点的に捜索された結果、一冊の辞書に栞のように挟まった小さな鍵が見つかった。

鍵の掛かった戸棚は無事に開かれる。
中に入っていた沢山の書類が押収され木箱に収められて行くのを、床に膝をついた子爵が死にそうな目で眺めていた。


「あの・・・」

暫く経った頃、裏口を見張っていた騎士が、従兄弟に声を掛けた。

「裏口から逃げようとしていた子爵夫人を確保したのですが、どうしたらいいですか?」

「ああ、縛り上げて、その辺の廊下にでも転がしといて」

扱いが雑だな。
我々を出迎えた時以来、姿が見えなかった夫人は、どうやら宝石を抱えられるだけ抱えて、夫を捨てて一人で逃げようとしたらしい。
だが、邸の周囲は既に包囲されている。
逃げられる訳が無いじゃないか。

それにしても、彼女にも罪を犯している自覚があったんだな。
断罪し易くて、寧ろ好都合。


捜索の結果、不正の証拠がわんさか出て来た。
俺が知ってた違法な増税や書類の不備の他に、脱税や公共事業の補助金の不正受給なども証明出来た。

刑罰の内容が決定するのはもう少し先になるが、過去の判例から考えると、追徴金や罰金を期日までに支払えば済む程度の罪である。
だが。
一つ一つの不正で得た利益は然程高額では無いのだが、ルルーシアの母親が出て行った直後から、約十五年に渡って不正が行われていたのだから、追徴金だけでもかなりの額だ。

それに加えて、ルルーシアに執務の大部分を押し付けていた件も、領主としての仕事の放棄と見做され処罰の対象になった。
罰金も高額になるだろう。

タウンハウスを売却して、俺が渡した支度金を全額使っても足りない。
しかも支度金は、既にかなり使い込んでいる様だ。

子爵が追徴金や罰金を払い切れる訳が無いので、おそらく爵位は返納する事になる。
領地と殆どの私財も没収になり、王都を追放されるだろう。

俺は可哀想な彼らに手紙を書いた。

『ルルーシアはもう君達の娘では無い。
ルルーシアにも、我がエイムズ家にも、二度と関わろうとしないことをお勧めする。
君達は今後平民になると思うが、平民街は治安が悪い場所も多いので夜道には気を付けて』

そんな内容だ。

勿論、親切心では無い。
軽い脅しである。

彼等には数年間は監視を付けて、その動向を把握しておくつもりだ。

このまま大人しく、市井で真面目に働いて暮らしてくれるのならば、それで良い。
ルルーシアもこれ以上の制裁は求めないだろうから。
だが、身の程を弁えず、まだ彼女に絡んでくるならば容赦はしない。
彼等が、きっと誰も気にしないだろう。

そうならない事を祈るばかり。
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