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18 ブルーノ子爵家

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《side:ダリル》


ルルの母親は、メイジャー子爵家の長女。
僕の母の姉だった。

今は枯渇してしまったが、当時のブルーノ子爵領には魔石が採れる鉱山があって、メイジャー子爵家はその魔石を優先的に取り引きして貰う事が目当て。
一方のブルーノ子爵家は、前子爵が凡愚な息子に爵位を継がせる事を憂慮して、領地経営が出来る優秀な嫁を探していた。

だから、のんびりとした気風の次女よりも、しっかり者の長女を欲したのだ。
当時のメイジャー子爵家には男児はおらず、子は伯母と母の二人だけだった。
元々は伯母が婿を取ってメイジャー子爵家を継ぐ予定だったのだが急遽他家に嫁ぐ事になったので、妹だった僕の母が父を婿養子にしてメイジャー家を継いだ。



伯母とブルーノ子爵との縁談は、完全な政略結婚で、二人の仲はお世辞にも良好とは言えなかった。


ブルーノ子爵には恋人がいて、伯母のせいで彼女と結ばれなかったと思い込み、逆恨みしていたのだ。
好きでも無い阿呆な男と結婚させられ、蔑ろにされたのだから、伯母の方も夫に愛情を持てるはずも無く・・・・・・。


やがて、ルルが生まれた事が、二人の確執を修復不可能な物にした。


生まれてきた彼女は、伯母に生き写しで、ブルーノ子爵に似ている所は殆ど無かったのだ。

娘に愛情を持てなかった子爵は、その苛立ちを伯母にぶつけた。
益々伯母に冷たく当たって、時には暴力を振るうこともあった。
夫婦はどんどん憎しみ合う様になる。

そして、子爵は勿論の事、伯母の方も憎い男の血が半分入ったルルに愛情を持つ事が出来なかったみたいだ。
ルルは家族の愛情を知らずに育った。


その生活が、さらに悪い方向に変化したのは、彼女が三歳くらいの頃だったか。

夫との暮らしに耐えられなくなった伯母が、庭師と駆け落ちした。
ルルを残して。


伯母が居なくなって、これ幸いと、子爵は直ぐに結婚前からの恋人を後妻に迎えた。

先代のブルーノ子爵が危惧した通り、ルルの父親は領地経営には興味を持たず、鉱山の資源が枯渇しても何の対策も無く、必要最低限の事しかしない。
その癖、領民達にはかなりの重税を課している。
伯母が居なくなって、ブルーノ子爵領は衰退の一途を辿った。
ルルはそれを憂えて、少しでも状況を良くしようと試行錯誤したが、所詮は子供の浅知恵である。
ほんの少し、作物の収穫量が増えたのだが、その程度では焼石に水だった。


後妻と子爵が子宝に恵まれなかったのは、ルルにとって、幸いだったのか、災いだったのか・・・・・・。
お陰で邸から追い出される事は無かったが、後継者となる予定の彼女は、逆に逃げ出す事も出来ない状況であった。


ルルが母親に捨てられてしまった事で、僕の両親は伯母を積極的に助けようとしなかった事を後悔した。
だから、僕とルルの婚約をブルーノ子爵家に打診する事でルルを助け出そうとした。
しかし、子爵は嫌っていた元妻の実家である僕の家族を良く思っていないので、婚約の打診は早々に断られてしまった。
子爵はルルを冷遇しているが、伯母の時とは違って暴力を振るったりはしないし、食事や睡眠も与えている。
執務を押し付けているのも、後継者への教育の為と言い訳が出来る。
対外的に見て、虐待と言えるほどの状況では無いので、強制的にブルーノ子爵家から引き離す事は難しいのだ。




ルルが置かれている状況を話す間、エイムズ様はずっと黙って聞いていた。
その眉間に刻まれた皺は、どんどん深くなるばかり。

「この前、エイムズ様を呼び出した時、僕は貴方が本気でルルの事が好きなら、彼女を助け出して欲しいとお願いしようと思っていたんですよ。
だけど・・・、ルルに叱られました。
『ローレンス様には、思い出作りに協力してもらっているだけだから、迷惑かけないで』って・・・・・・」

「俺は、てっきりルルーシアは子爵家を継ぐ物だとばかり思っていたから・・・・・・。
噂で聞いてるかもしれないが、俺も侯爵家を継がなければいけないんだ。
だから、諦めていた」

「諦めたと言う事は、ルルとの婚姻を望んでいたのですか?」

「出来る事なら。
・・・と言うか、何故嫁に出す事になったんだ?」

エイムズ様の疑問は尤もだ。

「カーライル伯爵が多額の支度金を提示した事が大きいと思いますが・・・。
元々ブルーノ子爵はルルの事を嫌っているし、実子かどうかも疑問視している節があって、彼女に子爵家を継がせる事には拘っていなかったんです。
遠縁の子息を養子に取るつもりらしいですよ」

「ルルーシアを金で売ったのか?」

「まあ、端的に言えば・・・・・・、
あ、ちょっと、どこ行くんですか!?」

舌打ちをして駆け出そうとしたエイムズ様の腕を掴んで引き留めた。

「ルルーシアに会いに」

「ルルは婚姻を間近に控えた娘ですよ。
貴方が突然訪ねて行っても、会わせて貰える訳ないじゃ無いですか」

しっかりしている様に見えて肝心な所が抜けているらしい。
まったく、世話が焼ける。

「仕方ないですね。
近日中に、僕の家でルルと話せる機会を作りましょう。
ブルーノ子爵家にも、ルルに良くしてくれる使用人が数人居ますから、彼等に頼めば僕なら呼び出す事が可能です。
それまでにエイムズ様は、少しでも根回しをしておいて下さい。」



僕はルルが好きだった。
それが恋なのか家族愛なのかは、自分でも判断がつかなかったけれど。


それなのに───。

何故僕が、彼に協力しなければならないのだろうか?と、疑問に思わなくも無い。

だけど、僕では彼女を救い出す力が圧倒的に足りないのだから仕方がない。

(まあ、ルルがカーライル伯爵に嫁ぐよりは、ずっとマシだよな)

未だにルルの家族に対する怒りに震えているエイムズ様の横顔を眺めながら、僕はそっと溜息をついた。
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