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14 違和感

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《side:ローレンス》


少し前に、ルルーシアに対する自分の感情の正体に気付いたのだが、俺達の関係は変わらなかった。
いや、正確に言えば、変える事が出来なかったのだ。

ルルーシアは子爵家の唯一の子供であり、婿養子を取らねばならない立場。
一方の俺も、兄上の病気療養の為、急遽侯爵家を継がなければならない立場になった。
学生時代のお遊びの恋愛は許されても、その先の未来は望めない関係である。

どんな事にも抜け道はある物なので、俺がどうしてもと望んで子爵家に圧力をかければ、ルルーシアを嫁に出来ない訳では無い。
子爵家の遠縁から養子を取らせるとか、俺達の間に出来た二人目の子が成人するまで、現ブルーノ子爵に頑張って貰うとか。
方法は色々ある。

侯爵家の子息である俺は、大概の物は望めば手に入ってしまうのだが、それは必ずしも良い事とは言えない。
思えば今迄は、権力に寄ってくる女性を嫌悪していた癖に、自分もその権力によって得られる利益を当たり前のように享受してきた。
今更ながら自分の中の矛盾に気付き、複雑な気持ちになる。

少し話が逸れたが、要するに世の中には、権力を振り翳すような形で手に入れてはいけない物もあるって事。

子爵領を少しでも発展させようと頑張っているルルーシアに、ブルーノ家を捨ててくれと言うのは酷な話だろう。
彼女が俺に恋をしてくれているならばまだしも、俺達の間を結んでいるのは恋心ではなく契約である。

これは、俺の一方的な想いでしか無いのだ。
告げる事で相手に負担をかけるだけの想いならば、気付かなかった振りをする方が、きっとお互いの為になる。

・・・・・・と言うのは、告白する勇気が無い俺の言い訳なのかも知れないけれど。




ルルーシアを自宅に誘った日の翌日には、図書室の窓ガラスの修繕が終わっていた。
解放された図書室に入ると、中央の大きなテーブルは、既に別のグループがテスト勉強に使っていた。
俺達は静かな場所を求めて、人気の少ない窓際のカウンターの様な席を確保する。

横並びに座ると、思ったよりも距離が近く感じた。
この程度の事で、いちいち動揺してしまうのは、俺だけだろうか?
隣の彼女を盗み見ると、少しだけ元気がない表情だった。
だが、目が合うと、ニコリと微笑む。

最近のルルーシアは、ふとした瞬間に憂いを帯びた表情を見せる事が多くなった。
その原因が何なのか、気になるのに聞けないでいる。


勉強を始めて暫くは、お互いに別々の問題集を解いていたのだが、途中で行き詰まってしまった。
俺は無意識に溜息をついていたらしい。

「どうしました?」

ルルーシアが心配そうに首を傾げた。

「メルレリア語の文法って難しいよね」

「確かに、助詞の使い方とか、独特ですよね。
例えば、どの問題ですか?」

「これとか」

「ああ、これはですね────」

俺の手元の問題集を見る為、グッとこちらに身を乗り出したルルーシア。
その髪から、フワリと良い匂いがした。
余りに近い距離に、思わず体が強張る。


ルルーシアが俺との親密な距離感に動揺している様子を見せてくれるのは、異性として意識して貰えているみたいで少し嬉しい。
でも、その逆は・・・・・・。
自分が動揺しているのを見られるのは、なんとも気恥ずかしい物だ。
こんなちょっとの事で簡単に心臓が跳ねてしまうなんて、格好悪くて知られたくない。

頬に熱が上がりそうになるのを必死で抑える。
───と、不意にこちらを見たルルーシアと目が合う。
彼女はハッとした表情になった。

「ごめんなさい!近かったですよね」

申し訳無さそうに慌てて離れた彼女の様子から、ギュッと眉根を寄せた俺の顔が不愉快そうに見えたのだと気付いたのだが、もう遅かった。

「いや、違うんだ」

「良いんです。本当に申し訳ありません」

「いや、違うってば、そうじゃ無くて!
照れただけだよっ!
急に近付くし、なんか良い匂いするし。
顔が赤くなるのを我慢しようとして、あんな不機嫌そうな顔になったんだ」

そう言った俺の顔はかなり熱い。
多分、先程の努力も虚しく、真っ赤になってるに違いない。
その顔を片手で覆いながら、ルルーシアの反応を待った。

「・・・・・・え?
ローレンス様にも、照れるとかいう感情があるんですか?」

「あるに決まってるだろ。
俺の事、何だと思ってるの?」

「女ったらし?」

「シンプルに悪口!」

「ふふっ」

なかなか辛辣な評価にちょっと凹むが、悪戯っぽく笑った彼女が可愛くて、すぐに気分が浮上した。

「格好悪いから、さっきのは忘れて」

「無理です」

「学食のプリン奢るから」

「じゃあ、もう忘れました」

「早っっ!!」

こんな風に戯れ合っていると、少しだけ心の距離が近付いた気がした。

何気ない日常が、とても楽しくて。
今はまだ、この日常に終わりが来る時の事を、考えたくなかった。


だけど、一頻り笑った後のルルーシアは、やっぱり少しだけ寂しそうな瞳をしていたんだ。
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