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25 《番外編》犬も食わない・前
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「おかーさまー」
ドレスのスカートをくいっと引っ張られて、視線を下に向ける。
「あの おみせの、チョコチップのクッキーを、みんなの おみやげに かいましょう?」
夫と同じ青紫色の大きな瞳をキラキラと輝かせた天使が、ニコニコと微笑みながら私に強請った。
王都で最近大人気のクッキー専門店。
特にチョコチップ入りが、彼女のお気に入りだ。
「それは、皆んなへのお土産と言うより、オリビアが食べたいからでは無いの?」
「あ、バレましたかぁ?」
えへへ。と笑う、私の天使が死ぬ程あざと可愛い。
天使なのか小悪魔なのか、どっちだろう?
将来、男性を手の平でコロコロ転がす様になりそうで、今から心配である。
「ああいうのって、何処で覚えてくるのかしらね?
私もちょっと伝授して欲しいわ」
「奥様には無理ですよ」
(え~?無理なの!?
確かに、私はオリビアみたいに可愛らしいキャラでは無いけどさぁ・・・)
マリベルの辛辣な意見に、ちょっと拗ねていると、慌てて否定される。
「そういう意味じゃなく、使用する機会が無いから、習得しても意味が無いって事です」
「?」
「だって、坊ちゃんに使ったら、余計に面倒な人になりますでしょ?
態々そんな技を使わなくても、奥様のお願いなら大抵叶えて下さいますし。
それに、他の男性の前でうっかり使ってしまったら、確実に死人が出ますよ」
ふむ・・・。それも一理ある。
仕方ない、あざと可愛いを目指すのは諦めよう。
「なんの おはなしですかぁ?」
「オリビアお嬢様は、と~っても可愛いですねってお話ですよ」
「うふふ。ありがとぉ」
今日は、マリベルに付き添って貰い、三歳になった愛娘のオリビアの手を引いて、街にお買い物に来ている。
一週間後に迫った結婚記念日に、ダンに贈る為のプレゼントを探しに来たのだ。
オリビアの作戦通りに、チョコチップクッキーを使用人の皆んなの分まで大量に買い込んで、馬車に戻る途中、見慣れた後ろ姿が視界の端を掠めた。
───ダン?
思わず立ち止まって、遠くに佇むその男性をじっと見詰める。
チラリと見えた横顔は、確かにダンだった。
彼は丁度カフェから出て来た所らしく、その隣には、私と同年代くらいの美しい女性が並んでいた。
彼が、その女性に、親しい人間にしか見せない笑みで話しかけるのを見て、目の前が一瞬真っ暗になる。
誰?
私の知らない女性・・・・・・
心臓が耳の横に移動したみたいに、ドクンドクンと脈打つ音が大きく聞こえる。
背中に冷たい汗が伝った。
「奥様?どうなさいますか?」
眉根を寄せたマリベルが、気遣わし気に私に問う。
その様子を見るに、おそらくマリベルにも見覚えの無い女性なのだろう。
マリベルはいつの間にか立ち位置を変えて、オリビアの視界を塞いでいた。
私は動揺していて、そこまで気が回らなかったわ・・・。
父親が大好きなオリビアが、家族以外の女性にあの様な笑顔を向けるダンの姿を見ていたら、傷付いてしまったかも知れない。
出来る侍女の素晴らしい心遣いに、深く感謝した。
「・・・帰りましょう。
今は、オリビアも居るから」
「かしこまりました。
大丈夫ですよ、奥様。
きっと、旦那様にも、何かご事情があるのでしょう」
「そう、ね・・・・・・」
背を撫でて励まそうとするマリベルに、ちゃんと笑顔を返せているか分からなかった。
邸に戻った私は、昼間見た光景を悶々と思い出しながら過ごした。
しかし、その日はダンの帰りがいつもより遅く、オリビアの就寝時間になっても帰って来ない。
夜の闇が深まる毎に、どんどん不安が大きくなっていく。
「いーやーだー!!
おかーさまぁ、ねるまえに えほんを よんでくれるって、やくそくしたじゃないー!!」
「お嬢様、今日はマリベルが読んで差し上げますから、我慢して下さい。
奥様は旦那様に大事なお話があるのですよ」
「うぇーーん。
いやぁーーーだあぁーー!」
こんな日に限って、いつもは聞き分けの良いオリビアがぐずり出した。
子供なりに母親の心の揺らぎを、なんとなく察知しているのだろうか。
オリビアも不安を感じているのかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちになった。
「ほら、おいで。抱っこしてあげるから」
仕方なく抱き上げて、ポンポンと背を叩きながら、体を軽く揺らす。
どの位の時間、そうしていただろうか。
しゃくり上げる声が段々と小さくなっていき、暫くしてすぅすぅと寝息を立て始める。
泣き疲れて眠ってしまったのだろう。
ベッドにそっと寝かせて、頬の涙の跡を拭った。
「心配させてごめんね、オリビア・・・。
・・・マリベル、オリビアの事をよろしくね」
「お任せください、奥様。
坊っちゃんを取っちめてやって下さいませ!」
冗談めかして激励してくれる侍女に娘を任せて、再び夫の帰りを待った。
窓の外に輝く月が、いつもより大きく見えた。
ドレスのスカートをくいっと引っ張られて、視線を下に向ける。
「あの おみせの、チョコチップのクッキーを、みんなの おみやげに かいましょう?」
夫と同じ青紫色の大きな瞳をキラキラと輝かせた天使が、ニコニコと微笑みながら私に強請った。
王都で最近大人気のクッキー専門店。
特にチョコチップ入りが、彼女のお気に入りだ。
「それは、皆んなへのお土産と言うより、オリビアが食べたいからでは無いの?」
「あ、バレましたかぁ?」
えへへ。と笑う、私の天使が死ぬ程あざと可愛い。
天使なのか小悪魔なのか、どっちだろう?
将来、男性を手の平でコロコロ転がす様になりそうで、今から心配である。
「ああいうのって、何処で覚えてくるのかしらね?
私もちょっと伝授して欲しいわ」
「奥様には無理ですよ」
(え~?無理なの!?
確かに、私はオリビアみたいに可愛らしいキャラでは無いけどさぁ・・・)
マリベルの辛辣な意見に、ちょっと拗ねていると、慌てて否定される。
「そういう意味じゃなく、使用する機会が無いから、習得しても意味が無いって事です」
「?」
「だって、坊ちゃんに使ったら、余計に面倒な人になりますでしょ?
態々そんな技を使わなくても、奥様のお願いなら大抵叶えて下さいますし。
それに、他の男性の前でうっかり使ってしまったら、確実に死人が出ますよ」
ふむ・・・。それも一理ある。
仕方ない、あざと可愛いを目指すのは諦めよう。
「なんの おはなしですかぁ?」
「オリビアお嬢様は、と~っても可愛いですねってお話ですよ」
「うふふ。ありがとぉ」
今日は、マリベルに付き添って貰い、三歳になった愛娘のオリビアの手を引いて、街にお買い物に来ている。
一週間後に迫った結婚記念日に、ダンに贈る為のプレゼントを探しに来たのだ。
オリビアの作戦通りに、チョコチップクッキーを使用人の皆んなの分まで大量に買い込んで、馬車に戻る途中、見慣れた後ろ姿が視界の端を掠めた。
───ダン?
思わず立ち止まって、遠くに佇むその男性をじっと見詰める。
チラリと見えた横顔は、確かにダンだった。
彼は丁度カフェから出て来た所らしく、その隣には、私と同年代くらいの美しい女性が並んでいた。
彼が、その女性に、親しい人間にしか見せない笑みで話しかけるのを見て、目の前が一瞬真っ暗になる。
誰?
私の知らない女性・・・・・・
心臓が耳の横に移動したみたいに、ドクンドクンと脈打つ音が大きく聞こえる。
背中に冷たい汗が伝った。
「奥様?どうなさいますか?」
眉根を寄せたマリベルが、気遣わし気に私に問う。
その様子を見るに、おそらくマリベルにも見覚えの無い女性なのだろう。
マリベルはいつの間にか立ち位置を変えて、オリビアの視界を塞いでいた。
私は動揺していて、そこまで気が回らなかったわ・・・。
父親が大好きなオリビアが、家族以外の女性にあの様な笑顔を向けるダンの姿を見ていたら、傷付いてしまったかも知れない。
出来る侍女の素晴らしい心遣いに、深く感謝した。
「・・・帰りましょう。
今は、オリビアも居るから」
「かしこまりました。
大丈夫ですよ、奥様。
きっと、旦那様にも、何かご事情があるのでしょう」
「そう、ね・・・・・・」
背を撫でて励まそうとするマリベルに、ちゃんと笑顔を返せているか分からなかった。
邸に戻った私は、昼間見た光景を悶々と思い出しながら過ごした。
しかし、その日はダンの帰りがいつもより遅く、オリビアの就寝時間になっても帰って来ない。
夜の闇が深まる毎に、どんどん不安が大きくなっていく。
「いーやーだー!!
おかーさまぁ、ねるまえに えほんを よんでくれるって、やくそくしたじゃないー!!」
「お嬢様、今日はマリベルが読んで差し上げますから、我慢して下さい。
奥様は旦那様に大事なお話があるのですよ」
「うぇーーん。
いやぁーーーだあぁーー!」
こんな日に限って、いつもは聞き分けの良いオリビアがぐずり出した。
子供なりに母親の心の揺らぎを、なんとなく察知しているのだろうか。
オリビアも不安を感じているのかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちになった。
「ほら、おいで。抱っこしてあげるから」
仕方なく抱き上げて、ポンポンと背を叩きながら、体を軽く揺らす。
どの位の時間、そうしていただろうか。
しゃくり上げる声が段々と小さくなっていき、暫くしてすぅすぅと寝息を立て始める。
泣き疲れて眠ってしまったのだろう。
ベッドにそっと寝かせて、頬の涙の跡を拭った。
「心配させてごめんね、オリビア・・・。
・・・マリベル、オリビアの事をよろしくね」
「お任せください、奥様。
坊っちゃんを取っちめてやって下さいませ!」
冗談めかして激励してくれる侍女に娘を任せて、再び夫の帰りを待った。
窓の外に輝く月が、いつもより大きく見えた。
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