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8 前途多難(ダニエル視点)
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契約の詳細を記した書類にサインをして、部屋を出て行くトリシアを見送ると、どっと疲れが込み上げる。
「私は、やり過ぎたのだろうか?」
執務机に突っ伏してポツリと呟いた言葉に、直ぐ様イバンが反応した。
「クローゼットいっぱいのドレスも宝飾品も『買い過ぎです』と、私もマリベルも再三申し上げましたのに・・・」
「そうだったか?」
ガバッと顔を上げて問えば、呆れた顔でこちらを見る有能な執事と目が合った。
「旦那様はとても浮かれていらしたので、私達の言葉を聞いていらっしゃらなかったのでしょう。
奥様へのお気持ちを隠す気が有るのでしたら、もう少し自重するべきかと」
使用人達には、この結婚が契約である事だけでなく、私の気持ちも全て話してある。
だから、皆んなが私達を生温かい目で見守っているのだ。
「・・・・・・隠す気は、ある。一応。
今後は気を付ける」
『着飾って寄り添うのが、君の役割だ』などと言って、何とか誤魔化したは良いが、トリシアにも『クローゼットに入り切らないので、もうこれ以上は買わないで下さい』と、ピシャリと言われてしまった。
正直に言えば、浮かれていた自覚はある。
彼女に似合いそうなドレスや宝飾品を選ぶ権利を得たのだから、浮かれない訳がないだろう。
その権利が仮初めの物だと言う事は、この際考えてはいけない。
彼女の喜ぶ顔を思い浮かべながら、部屋の内装を整えるのも、楽しくて仕方なかった。
それに、思った通り、ウチの使用人達はトリシアに好感を持っているみたいだ。
トリシアもマリベルやソニアと、既に打ち解けているようだ。
その姿を見ていると、彼女をこの邸に連れて来て良かったと、心から思う。
だが、度々虚しさが去来するのも、また事実で・・・・・・
契約結婚を思いついた時は、名案だと思ったのだが・・・。
なかなか思う様に上手くは行かない物だ。
今更ながら、とんでもない間違いを犯してしまった様な気がしなくもない。
遠くから見ていた学生時代よりも、今の方が遥かに苦しい。
手が届く距離に居るのに、触れてはならないのだ。
無駄に忍耐力が鍛えられる。
『お好きな方が出来たら、その方と子をお作りになられては如何ですか?』
先程トリシアの可愛らしい唇から紡がれた、残酷な言葉が脳裏に蘇った。
彼女の言う事は至極尤もである。
〝私が彼女を愛していない〟のであれば。
愛する女性に、他の女との子作りを促される事が、こんなにも悲しいとは思わなかった。
彼女への想いを隠し続ける限り、これから何度でも、こんな思いをしなければならないのだろう。
前途多難だ。
項垂れる私の背を、イバンが優しくポンポンと叩く。
父の様な兄の様な存在の彼の瞳に浮かぶのは、憐れみだった。
「奥様の愛を勝ち取れる様に、頑張られては如何ですか?
もう後戻りは出来ないのですから」
『愛を勝ち取る』
なんと甘美な響きだろうか。
彼女が私に愛を向けてくれるのを想像しただけで、喜びで心が震える。
だけど・・・・・・
「そうだな」
同意したのは『後戻り出来ない』の部分だけ。
私は、まだトリシアに愛の告白をするつもりは無い。
もしも、この気持ちを伝えてしまえば、彼女は私の想いに応えようと、私を愛する努力をするだろう。
そんな余計な事は考えさせたく無い。
この契約を考えたのは、彼女に安心できる居場所を提供したかったからだ。
彼女の想い人は姉の婚約者なのだから、今迄だって充分すぎるくらい、諦めようと努力してきた筈だ。
それでも消せなかった想いを無理に押し込めようとするのは、きっと苦しいに違いない。
だから、『自然に忘れられるまで、今の恋心を無理に捨てないで良いのだ』と、そう思わせてあげたかった。
「私は、やり過ぎたのだろうか?」
執務机に突っ伏してポツリと呟いた言葉に、直ぐ様イバンが反応した。
「クローゼットいっぱいのドレスも宝飾品も『買い過ぎです』と、私もマリベルも再三申し上げましたのに・・・」
「そうだったか?」
ガバッと顔を上げて問えば、呆れた顔でこちらを見る有能な執事と目が合った。
「旦那様はとても浮かれていらしたので、私達の言葉を聞いていらっしゃらなかったのでしょう。
奥様へのお気持ちを隠す気が有るのでしたら、もう少し自重するべきかと」
使用人達には、この結婚が契約である事だけでなく、私の気持ちも全て話してある。
だから、皆んなが私達を生温かい目で見守っているのだ。
「・・・・・・隠す気は、ある。一応。
今後は気を付ける」
『着飾って寄り添うのが、君の役割だ』などと言って、何とか誤魔化したは良いが、トリシアにも『クローゼットに入り切らないので、もうこれ以上は買わないで下さい』と、ピシャリと言われてしまった。
正直に言えば、浮かれていた自覚はある。
彼女に似合いそうなドレスや宝飾品を選ぶ権利を得たのだから、浮かれない訳がないだろう。
その権利が仮初めの物だと言う事は、この際考えてはいけない。
彼女の喜ぶ顔を思い浮かべながら、部屋の内装を整えるのも、楽しくて仕方なかった。
それに、思った通り、ウチの使用人達はトリシアに好感を持っているみたいだ。
トリシアもマリベルやソニアと、既に打ち解けているようだ。
その姿を見ていると、彼女をこの邸に連れて来て良かったと、心から思う。
だが、度々虚しさが去来するのも、また事実で・・・・・・
契約結婚を思いついた時は、名案だと思ったのだが・・・。
なかなか思う様に上手くは行かない物だ。
今更ながら、とんでもない間違いを犯してしまった様な気がしなくもない。
遠くから見ていた学生時代よりも、今の方が遥かに苦しい。
手が届く距離に居るのに、触れてはならないのだ。
無駄に忍耐力が鍛えられる。
『お好きな方が出来たら、その方と子をお作りになられては如何ですか?』
先程トリシアの可愛らしい唇から紡がれた、残酷な言葉が脳裏に蘇った。
彼女の言う事は至極尤もである。
〝私が彼女を愛していない〟のであれば。
愛する女性に、他の女との子作りを促される事が、こんなにも悲しいとは思わなかった。
彼女への想いを隠し続ける限り、これから何度でも、こんな思いをしなければならないのだろう。
前途多難だ。
項垂れる私の背を、イバンが優しくポンポンと叩く。
父の様な兄の様な存在の彼の瞳に浮かぶのは、憐れみだった。
「奥様の愛を勝ち取れる様に、頑張られては如何ですか?
もう後戻りは出来ないのですから」
『愛を勝ち取る』
なんと甘美な響きだろうか。
彼女が私に愛を向けてくれるのを想像しただけで、喜びで心が震える。
だけど・・・・・・
「そうだな」
同意したのは『後戻り出来ない』の部分だけ。
私は、まだトリシアに愛の告白をするつもりは無い。
もしも、この気持ちを伝えてしまえば、彼女は私の想いに応えようと、私を愛する努力をするだろう。
そんな余計な事は考えさせたく無い。
この契約を考えたのは、彼女に安心できる居場所を提供したかったからだ。
彼女の想い人は姉の婚約者なのだから、今迄だって充分すぎるくらい、諦めようと努力してきた筈だ。
それでも消せなかった想いを無理に押し込めようとするのは、きっと苦しいに違いない。
だから、『自然に忘れられるまで、今の恋心を無理に捨てないで良いのだ』と、そう思わせてあげたかった。
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