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1 契約結婚のススメ
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聖歌隊の歌声に導かれ、荘厳な教会の扉から、豪華な純白のドレスに身を包んだ美しい女性が、父親にエスコートされて入場した。
祭壇の前では、彼女に似合いの素敵な男性が、少しづつ近付く彼女を待っている。
やがて、父親からエスコートを交代すると、幸せそうに微笑み見つめ合う。
立席して迎える招待客達は、みんな笑顔で二人の門出を祝っている。
大きなステンドグラスから差し込む光が美しく輝き、幻想的な雰囲気を醸し出す。
本日の主役である、その女性は、聡明で美しく優しい、私の自慢の大好きなお姉様。
そして、大切な宝物の様にそっと彼女に触れ、愛しさが溢れ出る眼差しを向ける美丈夫は、今日から義兄になった、私の初恋の人。
「酷い顔をしているぞ」
耳元で突然呟かれて、思わず隣の男を見上げる。
鋭い青紫色の瞳がこちらに向けられていた。
「泣きたいなら泣けば良い」
低く小さな声で、私にだけ聞こえる様にそう言った彼は、三か月前に私の婚約者になったばかりの、ダニエル・イングレース公爵である。
「でも・・・」
「仲の良い姉の結婚式なんだ。
感動して泣くのは当たり前だろう。
眉間に皺を寄せて、涙を堪えているよりも、ずっと良い」
紡がれた声に温度は無く、整った顔は冷たく無表情なのに、何故か温かな気遣いを感じて、私はフッと肩の力を抜いた。
「それもそうですね」
微かな笑みを浮かべて答えた途端に、大粒の涙が、私の頬を伝った。
一粒零れると、もう止まらない。
止め処なく流れる涙で、私の顔はあっと言う間にぐちゃぐちゃになった。
呆れ顔で溜息を吐いたダニエル様は、真っ白なハンカチを取り出すと、私の頬を優しく拭った。
私の名前は、パトリシア・アルバラード。
アルバラード侯爵家の次女だ。
二つ歳上のダニエル様は、私のお姉様やお義兄様と同じ年齢。
私とも一年間だけ同じ学園に通っていた。
しかし、学生時代の私達には全く接点が無く、初めて言葉を交わしたのは、三ヶ月前のお見合いの席だった。
「私が君を愛する事は無い」
付き添い人が席を外し、二人きりになった途端、彼は大真面目な顔でそう言った。
(うわー。
見合いの席で、本当にこんな事言う人居るのねぇ。
普通のご令嬢ならば、ドン引きするか、涙ぐむところだわ)
他人事の様にそう思いながら、淑女の笑みを貼り付ける。
「この縁談を持ち掛けるに当たって、君の事は調べさせた。
だから、君の秘密を知っている」
「秘密・・・・・・ですか?」
「そう。君がずっと胸に秘めている恋心について」
秘めた恋心。
私が誰にも知られない様に、ひっそりと温めていた想いを、この人は知っていると言うのか?
「勘違いするな。
それをネタに、君を脅したい訳じゃ無い。
なにがあっても絶対に、誰にも言わないと約束するよ。
例え、私達の結婚が成立しなかったとしてもね。
だけど、前向きに検討して欲しい。
これは契約結婚だ。
君を愛する事は無いし、君からの愛も求めない。
私との結婚は、君にもメリットがあると思うよ」
「公爵様の方には、どのような目的が有るのですか?」
確かにメリットがありそうな話だし、お飾りの妻になる事は厭わないが、彼の方の事情も明かしてもらわねば不公平だろう。
「社交の席でご令嬢達に付き纏われる事に辟易していてね。
私は女性が苦手なんだよ」
「それは、同性あ・・・」
「違う。断じて違う」
低い声で食い気味に否定された。
「私の恋愛対象は女性だ。
だが、此方の迷惑も顧みずにグイグイ近づいて来る女が多過ぎて、流石にうんざりなんだよ。
形だけでも妻が居れば、こんなに付き纏われる事は無いだろう?」
「まあ・・・、そうかもしれませんね」
若くして公爵位を継いだダニエル様は、ご令嬢達の注目の的である。
当然、夜会や茶会の際には、大勢の女性が群がっている。
中には必死になり過ぎて、かなり礼儀を失している方も・・・。
彼がうんざりする気持ちは、分からなくも無い。
最近は、寄ってくるご令嬢達を冷たくあしらう様子から、『イングレース公爵は女嫌いである』と噂されている。
一方の私は・・・・・・
絶対に叶う事の無い、・・・叶えたいと思う事さえ許されない初恋を、後生大事に抱えていた。
早い物で、学園を卒業して一年が経つ。
私も、もう十九歳だ。
いい加減、腹を括って結婚相手を決めなければならない。
そうでなければ、お姉様夫婦が継ぐ予定のアルバラード侯爵家にも迷惑を掛けてしまう。
そう頭では理解しているのだが、心が無理だと叫んでいる。
どうしても、恋心を捨てきれない。
そんな私にとって、この契約結婚の話は、渡りに船である。
祭壇の前では、彼女に似合いの素敵な男性が、少しづつ近付く彼女を待っている。
やがて、父親からエスコートを交代すると、幸せそうに微笑み見つめ合う。
立席して迎える招待客達は、みんな笑顔で二人の門出を祝っている。
大きなステンドグラスから差し込む光が美しく輝き、幻想的な雰囲気を醸し出す。
本日の主役である、その女性は、聡明で美しく優しい、私の自慢の大好きなお姉様。
そして、大切な宝物の様にそっと彼女に触れ、愛しさが溢れ出る眼差しを向ける美丈夫は、今日から義兄になった、私の初恋の人。
「酷い顔をしているぞ」
耳元で突然呟かれて、思わず隣の男を見上げる。
鋭い青紫色の瞳がこちらに向けられていた。
「泣きたいなら泣けば良い」
低く小さな声で、私にだけ聞こえる様にそう言った彼は、三か月前に私の婚約者になったばかりの、ダニエル・イングレース公爵である。
「でも・・・」
「仲の良い姉の結婚式なんだ。
感動して泣くのは当たり前だろう。
眉間に皺を寄せて、涙を堪えているよりも、ずっと良い」
紡がれた声に温度は無く、整った顔は冷たく無表情なのに、何故か温かな気遣いを感じて、私はフッと肩の力を抜いた。
「それもそうですね」
微かな笑みを浮かべて答えた途端に、大粒の涙が、私の頬を伝った。
一粒零れると、もう止まらない。
止め処なく流れる涙で、私の顔はあっと言う間にぐちゃぐちゃになった。
呆れ顔で溜息を吐いたダニエル様は、真っ白なハンカチを取り出すと、私の頬を優しく拭った。
私の名前は、パトリシア・アルバラード。
アルバラード侯爵家の次女だ。
二つ歳上のダニエル様は、私のお姉様やお義兄様と同じ年齢。
私とも一年間だけ同じ学園に通っていた。
しかし、学生時代の私達には全く接点が無く、初めて言葉を交わしたのは、三ヶ月前のお見合いの席だった。
「私が君を愛する事は無い」
付き添い人が席を外し、二人きりになった途端、彼は大真面目な顔でそう言った。
(うわー。
見合いの席で、本当にこんな事言う人居るのねぇ。
普通のご令嬢ならば、ドン引きするか、涙ぐむところだわ)
他人事の様にそう思いながら、淑女の笑みを貼り付ける。
「この縁談を持ち掛けるに当たって、君の事は調べさせた。
だから、君の秘密を知っている」
「秘密・・・・・・ですか?」
「そう。君がずっと胸に秘めている恋心について」
秘めた恋心。
私が誰にも知られない様に、ひっそりと温めていた想いを、この人は知っていると言うのか?
「勘違いするな。
それをネタに、君を脅したい訳じゃ無い。
なにがあっても絶対に、誰にも言わないと約束するよ。
例え、私達の結婚が成立しなかったとしてもね。
だけど、前向きに検討して欲しい。
これは契約結婚だ。
君を愛する事は無いし、君からの愛も求めない。
私との結婚は、君にもメリットがあると思うよ」
「公爵様の方には、どのような目的が有るのですか?」
確かにメリットがありそうな話だし、お飾りの妻になる事は厭わないが、彼の方の事情も明かしてもらわねば不公平だろう。
「社交の席でご令嬢達に付き纏われる事に辟易していてね。
私は女性が苦手なんだよ」
「それは、同性あ・・・」
「違う。断じて違う」
低い声で食い気味に否定された。
「私の恋愛対象は女性だ。
だが、此方の迷惑も顧みずにグイグイ近づいて来る女が多過ぎて、流石にうんざりなんだよ。
形だけでも妻が居れば、こんなに付き纏われる事は無いだろう?」
「まあ・・・、そうかもしれませんね」
若くして公爵位を継いだダニエル様は、ご令嬢達の注目の的である。
当然、夜会や茶会の際には、大勢の女性が群がっている。
中には必死になり過ぎて、かなり礼儀を失している方も・・・。
彼がうんざりする気持ちは、分からなくも無い。
最近は、寄ってくるご令嬢達を冷たくあしらう様子から、『イングレース公爵は女嫌いである』と噂されている。
一方の私は・・・・・・
絶対に叶う事の無い、・・・叶えたいと思う事さえ許されない初恋を、後生大事に抱えていた。
早い物で、学園を卒業して一年が経つ。
私も、もう十九歳だ。
いい加減、腹を括って結婚相手を決めなければならない。
そうでなければ、お姉様夫婦が継ぐ予定のアルバラード侯爵家にも迷惑を掛けてしまう。
そう頭では理解しているのだが、心が無理だと叫んでいる。
どうしても、恋心を捨てきれない。
そんな私にとって、この契約結婚の話は、渡りに船である。
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