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6 見合いの相手

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冷んやりとした風が吹き抜け、私の黒髪を靡かせる。
手摺りに凭れて見下ろせば、宵闇に沈む庭園を、ランプの灯りがぼんやりと照らし出していた。

シンとした夜の空気を吸い込み、ゆっくり吐き出した。
遠くに聞こえるホールの喧騒が、まるで別世界のように感じる。

背後から微かに足音がした気がして振り返ると、先日お世話になったばかりの、あの人がそこに居た。

「アーロン様。本日はようこそお越し下さいました。
お楽しみ頂けてますか?」

彼にはあの後、お礼状と簡単な贈り物を送ってある。

「ええ、勿論。
とても素敵な夜を過ごさせてもらってますよ。
しかし、少し風が強くなって来たようです。冷えるといけません」

彼は、サッと上着を脱ぐと、私の肩に被せた。

「・・・ありがとうございます」

「いいえ。
ところで、あれから、あのご令嬢達には何もされていませんか?」

「はい。ご心配頂きありがとうございます。
きちんと書面で抗議しましたので、余程の馬鹿でない限り、もう二度と同じ過ちは犯さないでしょう」

「侯爵家のご令嬢である貴女に手を出した時点で、余程の馬鹿である可能性がかなり高いですが」

アーロン様は少し眉根を寄せて、苦い表情になる。

「ふふっ。それもそうですね」

「あの件は、もしかして、今回の婚約に関するやっかみだったのでしょうか?」

「おそらくは、そうなのでしょうね」

「ウィリアム殿はご存知なのですか?」

「気付いていないのだと思います」

「・・・・・・」

アーロン様は、急に不機嫌そうな顔で、押し黙った。

「・・・アーロン様?」

首を傾げながら顔を覗き込むと、彼は真剣な眼差しで私を射抜いた。

「貴女に向けられた悪意に気付かないなんて、そんな男が貴女を守れるとは思えないですね」

「・・・どういう、意味ですか?」

「僕なら、貴女をあんな目には合わせないと言う意味です。
元々、彼の求婚が無ければ、僕が貴女と見合いをする予定だったのですよ」

「えっ?では、お父様が検討していたと言う、お見合いの相手はアーロン様でしたの?」

「そうです。僕はとても楽しみにしていたんですがね・・・。
残念ながら、先を越されてしまいました」

「そのように言って頂けるなんて、社交辞令でも嬉しいですわ」

「社交辞令なんかじゃありません。
紛れも無い本心ですよ。
僕は以前から、貴女を想っていました。
ロブソン侯爵家が婿として欲しているのが魔術師だと知っていたから、諦めていましたが。
ようやくチャンスが巡って来たと思ったのですがね」

それが、私への愛の告白であると気付くのに数秒かかった。
そして、次第に顔に熱が集まる。

「そっ、そろそろ戻ります!」

焦った私は、借りていた上着を押し付けるように返すと、足早に会場へと戻った。


「ソフィー、探したよ。
バルコニーに出ていたの?」

「ええ、少し風に当たって来たわ」

屋内に入るとすぐ、私を探していたウィリアムと合流した。
私が隣に並ぶと、ウィリアムは急に愕然とした表情になり、私を凝視した。

「・・・・・・なに?」

「・・・・・・いや、なんでもない」

彼は低く呟くと、眉を顰めて顔を逸らした。
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