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196 家族の晩餐
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嫁入り修行や式の準備などもあり、バタバタと忙しく過ごしていると、あっという間に日々は過ぎ去る。
そうして、私とアイザックの結婚式は、いよいよ明日に迫っていた。
私はエヴァレット伯爵邸に出張してくれているエイダの魔法の手によって、もはや恒例となった痩身マッサージを施されている。
「あ、イタッ……」
「オフィーリア様、もうちょっとの我慢ですよ。
力を入れると余計に痛く感じますからね?」
エイダは相変わらず容赦ない。
ニコニコと可愛らしい笑顔で、力一杯ゴリゴリと揉み解される。
もしかして、ドS? ドSなの?
「……あれ?
でも、ちょっとこの痛み、癖になってきたかも」
「まさか、お嬢様が新しい扉を……!?」
ハッと口元を手で押さえるリーザ。
なんなんだ、その反応は。
「フフッ。違いますよ、リーザさん。
リンパの流れが良くなってくると、痛みが軽くなるんです」
そうそう。段々と痛気持ち良いくらいの感覚になってくるんだよね。
「良かった。
特殊な性癖が目覚めてしまったのかと思って、ちょっと心配しました。
まあ、アイザック様ならどんな性癖も喜んで受け入れそうですけど……」
私は貴女のその思考回路の方が心配よ。
それにしても、アイザックのイメージ酷くない?
「じゃあ、オフィーリア様も徐々に慣れてきたみたいなので、もうちょっとレベルを上げましょうかねぇ」
「は?」
え?
ま、待って、嘘でしょ?
この上があるなんて聞いてないんですけどっ!?
折角気持ち良くなってきた所なのに?
心の中で焦る私をよそに、エイダは小悪魔的な微笑みを浮かべながら、マッサージの手にゆっくりと体重をかける。
「いっ、痛ーーーーいっっ!!」
静かなエヴァレット伯爵邸に、私の悲痛な叫びがこだました。
地獄の様なマッサージを終えると、もう夕方になっていた。
息も絶え絶えな私が呆然としている間に、リーザ達が手早く身支度を整えてくれる。
いつもより少し早いけれど、食事の支度が整ったらしく、ジョエルが私を呼びにきてくれた。
家族水入らずで晩餐を楽しむのも、今日が最後になるかもしれないと思うと、なんだか感慨深い。
ダイニングルームまでエスコートしてくれたジョエルは、浮かない顔をしているし、妙に無口だ。
「ジョエル」
「はい」
静かに名を呼べば返事はしてくれたが、こちらを向こうとはしてくれない。
いつの間にか私より少し背が高くなった彼の横顔を見上げると、目元が微かに赤くなっている事に気付いた。
もしかしたら、泣いたのだろうか?
本番は明日なのに、今からそんなでは、ちょっと心配だわ。
「お父様とお母様を、しっかり支えてあげてね」
ジョエルは一瞬ギュッと強く瞼を閉じ、深く息を吐き出した。
「……はい。頑張ります」
「良い子ね。大好きよ」
微笑みながらそう言うと、瞠目した彼の瞳から一粒の透明な雫が零れ落ちた。
「……っ!
せ、折角…、我慢、してたのにっ」
そんな抗議の声は、細く震えている。
子供に戻ったみたいにポロポロと涙を流すジョエルを抱き寄せて、背中をポンポンと軽く叩いた。
体は大きくなっても、やっぱり可愛い弟である。
家族と離れて暮らすのだという実感が湧いてくると、急激に淋しさが募り、私の視界も少しだけ滲んだ。
暫く抱き締め合ってから、ゆっくりと体を離す。
「フフッ。貴方、酷い顔よ」
「姉上だって」
互いの涙を拭い合って、小さく笑った。
ダイニングルームに入ると、既に両親が揃っていた。
「済みません、遅くなりました」
「良いから、二人とも早く座りなさい」
私とジョエルが泣いた事は顔を見れば明らかだと思うのだが、お母様もお父様もそれには全く触れずに、慈愛に満ちた笑みでこちらを見ている。
普段よりも豪華な晩餐を終え、お茶を飲んでいる時に、お父様が徐に口を開いた。
「その……、オフィーリア、私はこれまでお前を充分に守ってやれなかったよな。
情けない父親で済まなかった。
これからは、きっとアイザック様がお前をしっかりと守ってくれるだろう。
だが……、もしも何かあったら、遠慮せずにいつでも帰ってきなさい。
嫁に行っても、ここはお前の家なんだから」
少し口籠もりながらも、珍しく父親っぽい言葉をかけてくれた。
なんだかちょっぴり湿っぽい空気になってしまったけれど、ジョエルはそんなお父様を見てクスッと笑う。
「父上、ちょっと声が震えてますよ?
姉上が実家に帰るなんて言ったら、あのアイザック様が黙ってないと思いますけど……」
「ひ、必要があれば、たとえ相手が…、ここここここ公爵家だろうと……」
「鶏みたいになってますけど?」
ジョエルとお父様の会話を聞いて、思わずフハッと吹き出した。
お父様は今日も大量の胃薬を、まるでラムネでも食べるみたいに次々と口に放り込む。
相変わらず頼りないお父様だけど、それでも私を守りたいという気持ちに嘘は無いだろう。
愛されていたんだと、改めて実感して、胸がジンワリと温かくなる。
大好きな家族に囲まれて、最後の夜は賑やかに更けていった。
そうして、私とアイザックの結婚式は、いよいよ明日に迫っていた。
私はエヴァレット伯爵邸に出張してくれているエイダの魔法の手によって、もはや恒例となった痩身マッサージを施されている。
「あ、イタッ……」
「オフィーリア様、もうちょっとの我慢ですよ。
力を入れると余計に痛く感じますからね?」
エイダは相変わらず容赦ない。
ニコニコと可愛らしい笑顔で、力一杯ゴリゴリと揉み解される。
もしかして、ドS? ドSなの?
「……あれ?
でも、ちょっとこの痛み、癖になってきたかも」
「まさか、お嬢様が新しい扉を……!?」
ハッと口元を手で押さえるリーザ。
なんなんだ、その反応は。
「フフッ。違いますよ、リーザさん。
リンパの流れが良くなってくると、痛みが軽くなるんです」
そうそう。段々と痛気持ち良いくらいの感覚になってくるんだよね。
「良かった。
特殊な性癖が目覚めてしまったのかと思って、ちょっと心配しました。
まあ、アイザック様ならどんな性癖も喜んで受け入れそうですけど……」
私は貴女のその思考回路の方が心配よ。
それにしても、アイザックのイメージ酷くない?
「じゃあ、オフィーリア様も徐々に慣れてきたみたいなので、もうちょっとレベルを上げましょうかねぇ」
「は?」
え?
ま、待って、嘘でしょ?
この上があるなんて聞いてないんですけどっ!?
折角気持ち良くなってきた所なのに?
心の中で焦る私をよそに、エイダは小悪魔的な微笑みを浮かべながら、マッサージの手にゆっくりと体重をかける。
「いっ、痛ーーーーいっっ!!」
静かなエヴァレット伯爵邸に、私の悲痛な叫びがこだました。
地獄の様なマッサージを終えると、もう夕方になっていた。
息も絶え絶えな私が呆然としている間に、リーザ達が手早く身支度を整えてくれる。
いつもより少し早いけれど、食事の支度が整ったらしく、ジョエルが私を呼びにきてくれた。
家族水入らずで晩餐を楽しむのも、今日が最後になるかもしれないと思うと、なんだか感慨深い。
ダイニングルームまでエスコートしてくれたジョエルは、浮かない顔をしているし、妙に無口だ。
「ジョエル」
「はい」
静かに名を呼べば返事はしてくれたが、こちらを向こうとはしてくれない。
いつの間にか私より少し背が高くなった彼の横顔を見上げると、目元が微かに赤くなっている事に気付いた。
もしかしたら、泣いたのだろうか?
本番は明日なのに、今からそんなでは、ちょっと心配だわ。
「お父様とお母様を、しっかり支えてあげてね」
ジョエルは一瞬ギュッと強く瞼を閉じ、深く息を吐き出した。
「……はい。頑張ります」
「良い子ね。大好きよ」
微笑みながらそう言うと、瞠目した彼の瞳から一粒の透明な雫が零れ落ちた。
「……っ!
せ、折角…、我慢、してたのにっ」
そんな抗議の声は、細く震えている。
子供に戻ったみたいにポロポロと涙を流すジョエルを抱き寄せて、背中をポンポンと軽く叩いた。
体は大きくなっても、やっぱり可愛い弟である。
家族と離れて暮らすのだという実感が湧いてくると、急激に淋しさが募り、私の視界も少しだけ滲んだ。
暫く抱き締め合ってから、ゆっくりと体を離す。
「フフッ。貴方、酷い顔よ」
「姉上だって」
互いの涙を拭い合って、小さく笑った。
ダイニングルームに入ると、既に両親が揃っていた。
「済みません、遅くなりました」
「良いから、二人とも早く座りなさい」
私とジョエルが泣いた事は顔を見れば明らかだと思うのだが、お母様もお父様もそれには全く触れずに、慈愛に満ちた笑みでこちらを見ている。
普段よりも豪華な晩餐を終え、お茶を飲んでいる時に、お父様が徐に口を開いた。
「その……、オフィーリア、私はこれまでお前を充分に守ってやれなかったよな。
情けない父親で済まなかった。
これからは、きっとアイザック様がお前をしっかりと守ってくれるだろう。
だが……、もしも何かあったら、遠慮せずにいつでも帰ってきなさい。
嫁に行っても、ここはお前の家なんだから」
少し口籠もりながらも、珍しく父親っぽい言葉をかけてくれた。
なんだかちょっぴり湿っぽい空気になってしまったけれど、ジョエルはそんなお父様を見てクスッと笑う。
「父上、ちょっと声が震えてますよ?
姉上が実家に帰るなんて言ったら、あのアイザック様が黙ってないと思いますけど……」
「ひ、必要があれば、たとえ相手が…、ここここここ公爵家だろうと……」
「鶏みたいになってますけど?」
ジョエルとお父様の会話を聞いて、思わずフハッと吹き出した。
お父様は今日も大量の胃薬を、まるでラムネでも食べるみたいに次々と口に放り込む。
相変わらず頼りないお父様だけど、それでも私を守りたいという気持ちに嘘は無いだろう。
愛されていたんだと、改めて実感して、胸がジンワリと温かくなる。
大好きな家族に囲まれて、最後の夜は賑やかに更けていった。
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