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188 飛んで火に入る《サディアス》
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人は時として、まともな者から見たら馬鹿だとしか思えない様な、危険な行動をとる事がある。
例えば放火犯は必ず現場に戻るのだそうだ。
消火活動で混乱する現場を見る事で、彼らは興奮を得るらしい。
戻った事によって捕まる確率が格段に上がるのだから、馬鹿としか言いようがないが、理性よりも欲望が勝ってしまう人間というのは、常に一定数存在するものである。
そしてここにも、自ら捕まる危険を冒した馬鹿が一人。
卒業パーティーの支度をしていたサディアスの元へ齎されたのは、不審者が王宮に侵入しようとしているという情報だった。
「守衛室からの報告では、不審者は琥珀の瞳で金髪の女です。
メイドの入構許可証を所持しておりますが、メイドとは思えないほどに髪が傷んでいるそうです」
「髪が傷んでいるだけで違和感を持ったと言うのか?」
「はい。
報告に来た者の言葉を借りれば、ギッシギシのパッサパサで麦藁の様だとの事です」
「麦藁……」
あまりの言われ様に、サディアスは微かに苦笑する。
確かに、少々傷んでいる程度ならともかく、そこまで酷いとなればメイドとして採用される事は不可能だろうし、採用後にその状態になったのであれば、部署を移動させられる。
となると、精巧な偽造入構許可証が存在するのか、それとも誰かの入構許可証を奪ったのか……。
後者であれば、許可証の持ち主であるメイドの身が心配だ。
「メイド長はなんて言ってる?」
「今、別の者が話を聞きに行っています」
「そうか。
瞳の色は『レイラ』なる人物と同じだな。
顔立ちはどうなんだ?」
「手配書の似顔絵とはかなり違って見えると申しております」
「まあ、髪色も違うしな……。
ウイッグを使用している可能性は?」
「ありません。自毛で間違いないそうです」
「ふむ……」
だが、何かサディアスも知らない方法で、髪色を変える事が出来るのかもしれない。
もしも、その方法のせいでそこまで髪が傷んでしまうのならば、実行する者は殆ど居ない気がするが、指名手配犯であればやるかもしれない。
今の情報だけでは、その女が『レイラ』なのかどうか判断がつかない。
王宮に侵入しようとしている目的も不明だ。
捕まえて拷問するって手もあるが、正しい供述を引き出せるかどうかは未知数である。
ならば、泳がせた方が得策かもしれない。
「見張りを付けて、泳がせろ」
「かしこまりました」
そう頷いて、急ぎ足で部屋を出る侍従。
入れ替わる様に、メイド長に話を聞きに行っていた者が駆け込んできた。
「報告します!
不審者が所持していた入構許可証の持ち主は、数日前から無断欠勤しているそうです!」
「直ぐに該当のメイドの自宅へ、騎士を数名向かわせろ。
……ああ、念の為、医師も同行させる様に」
「はっ!!」
サディアスの指示を受け、周囲の人間がわらわらと慌ただしく動き出す。
メイドの無事を祈りながら身支度を整え、サディアスはパーティー会場へと足を向けた。
参加者の貴族達からの挨拶が一通り終わり、ワインを楽しみながら会場を見渡していると、側近の一人がスッと近付いてきた。
「失礼します。
メイドの自宅に派遣した騎士が戻りました。
例の眠り薬が使用されていた様で、解毒剤が投与されました。
かなり衰弱していたらしいですが、なんとか間に合ったとの事です」
側近は周囲に聞こえないくらいの小声で報告をする。
その内容に、サディアスはホッと胸を撫で下ろした。
「そうか。ご苦労」
その時、会場の一部が騒めいた。
騒めきの中心では、真っ赤な髪の麗しい令嬢が強面の男の逞しい腕に抱き寄せられていた。
(あちらも上手く行ったみたいだな)
サディアスはフッと笑みを零した。
幼い頃から愚弟の尻拭いに奔走していたベアトリスには、ずっと申し訳ない思いがあった。
だからこそ、幸せになって欲しいと、彼女の願う縁談を整えたのだが、どうやらハロルドの方も満更ではないらしい。
「失礼します」
そこへ再び別の側近が報告に訪れた。
「動いたか?」
「はい。
エヴァレット伯爵令嬢に薬品らしき物を混入させたグラスを手渡しました」
「……詰んだな」
サディアスは思わず苦笑いを浮かべた。
よりにもよって、アイザックの最愛に手を出すとは……。
「無事なんだろうな?」
「勿論です。
暗部が動くよりも前に、アイザックが気付きました。
今頃は裏で捕縛されているでしょう」
「そうか。では私も見に行ってみよう」
サディアスはグイッとワインを飲み干すと、徐に腰を上げた。
裏口へ続く通路の真ん中で、女が捕縛されている。
女は近くに立っているアイザックとオフィーリアを憎々し気に睨み付けていた。
麦藁とは酷い表現だと思ったが、実際にあの髪を目にしたら言い得て妙である。
「ネズミが入り込んだと聞いたが、ネズミというより珍獣だな。
口の中は確認したか?」
捕縛している騎士に確認すると、彼は「はい」と頷いた。
「サディアス殿下、泳がせているなら僕にも一言欲しかったですね」
アイザックがサディアスへ胡乱な眼差しを向ける。
「済まんな。暗部の者も付けていたんだが」
「知ってます」
「どこで気付いた?」
「エプロンの紐が縦結びになっているのを見て、おかしいなと思って周囲を確認したら、微かに暗部の気配も感じたので、『ああ泳がせてるんだな』と」
「気配を察知されるなんて、暗部を鍛え直さんとな」
床に組み伏せられている女の背中を見れば、確かにエプロンの紐が縦結びになっている。
王宮のメイドともなれば身嗜みは大切だ。
毎日エプロンを着けている彼女達にとっては、自分の背中で紐を結ぶのなんて簡単な事だろう。
不器用な者が居たとしても、他者に頼めば良いだけの話である。
縦結びのままで仕事をするなど有り得ない。
(それにしても、相変わらず細かい男だな)
その細かい男に肩を抱かれたオフィーリアが、サディアスに疑問を投げる。
「この人、何者なんですか?」
サディアスは冷ややかな目で侵入者を見下ろし、口を開いた。
「お前はエイリーン・ブリンドルか?
それともレイラと呼ぶべきか?」
別人の可能性もあったが、敢えてそう聞いてやると、女の顔が醜く歪む。
(当たりだな)
そう思いながら、サディアスは質問を続ける。
「何が目的だ? 何故エヴァレット嬢を狙った?」
「ソイツ等が私の邪魔をしたからっ!
だから、ソイツ等も苦しめば良いのよっっ!!」
麦藁状態の髪を振り乱しながら、女が叫ぶ。
「は!?」
地を這うどころか、地底から響く様な低い声を出したのは、意外にもアイザックではなくオフィーリアの方だった。
「ソイツ等?
私だけじゃなく、アイザックも苦しめたかったっていう意味かしら?」
スンッと表情を消したオフィーリアは、サディアスでさえも悪寒を感じる程の迫力があった。
そんなオフィーリアを見て、何故かアイザックはウットリしている。
人は時として、まともな者から見たら馬鹿だとしか思えない様な、危険な行動をとる事がある。
しかもこの女の場合は、自分が逆恨みしている相手に不幸を味わわせる事が目的だと言うのだから、本当に救いようが無い。
例えば放火犯は必ず現場に戻るのだそうだ。
消火活動で混乱する現場を見る事で、彼らは興奮を得るらしい。
戻った事によって捕まる確率が格段に上がるのだから、馬鹿としか言いようがないが、理性よりも欲望が勝ってしまう人間というのは、常に一定数存在するものである。
そしてここにも、自ら捕まる危険を冒した馬鹿が一人。
卒業パーティーの支度をしていたサディアスの元へ齎されたのは、不審者が王宮に侵入しようとしているという情報だった。
「守衛室からの報告では、不審者は琥珀の瞳で金髪の女です。
メイドの入構許可証を所持しておりますが、メイドとは思えないほどに髪が傷んでいるそうです」
「髪が傷んでいるだけで違和感を持ったと言うのか?」
「はい。
報告に来た者の言葉を借りれば、ギッシギシのパッサパサで麦藁の様だとの事です」
「麦藁……」
あまりの言われ様に、サディアスは微かに苦笑する。
確かに、少々傷んでいる程度ならともかく、そこまで酷いとなればメイドとして採用される事は不可能だろうし、採用後にその状態になったのであれば、部署を移動させられる。
となると、精巧な偽造入構許可証が存在するのか、それとも誰かの入構許可証を奪ったのか……。
後者であれば、許可証の持ち主であるメイドの身が心配だ。
「メイド長はなんて言ってる?」
「今、別の者が話を聞きに行っています」
「そうか。
瞳の色は『レイラ』なる人物と同じだな。
顔立ちはどうなんだ?」
「手配書の似顔絵とはかなり違って見えると申しております」
「まあ、髪色も違うしな……。
ウイッグを使用している可能性は?」
「ありません。自毛で間違いないそうです」
「ふむ……」
だが、何かサディアスも知らない方法で、髪色を変える事が出来るのかもしれない。
もしも、その方法のせいでそこまで髪が傷んでしまうのならば、実行する者は殆ど居ない気がするが、指名手配犯であればやるかもしれない。
今の情報だけでは、その女が『レイラ』なのかどうか判断がつかない。
王宮に侵入しようとしている目的も不明だ。
捕まえて拷問するって手もあるが、正しい供述を引き出せるかどうかは未知数である。
ならば、泳がせた方が得策かもしれない。
「見張りを付けて、泳がせろ」
「かしこまりました」
そう頷いて、急ぎ足で部屋を出る侍従。
入れ替わる様に、メイド長に話を聞きに行っていた者が駆け込んできた。
「報告します!
不審者が所持していた入構許可証の持ち主は、数日前から無断欠勤しているそうです!」
「直ぐに該当のメイドの自宅へ、騎士を数名向かわせろ。
……ああ、念の為、医師も同行させる様に」
「はっ!!」
サディアスの指示を受け、周囲の人間がわらわらと慌ただしく動き出す。
メイドの無事を祈りながら身支度を整え、サディアスはパーティー会場へと足を向けた。
参加者の貴族達からの挨拶が一通り終わり、ワインを楽しみながら会場を見渡していると、側近の一人がスッと近付いてきた。
「失礼します。
メイドの自宅に派遣した騎士が戻りました。
例の眠り薬が使用されていた様で、解毒剤が投与されました。
かなり衰弱していたらしいですが、なんとか間に合ったとの事です」
側近は周囲に聞こえないくらいの小声で報告をする。
その内容に、サディアスはホッと胸を撫で下ろした。
「そうか。ご苦労」
その時、会場の一部が騒めいた。
騒めきの中心では、真っ赤な髪の麗しい令嬢が強面の男の逞しい腕に抱き寄せられていた。
(あちらも上手く行ったみたいだな)
サディアスはフッと笑みを零した。
幼い頃から愚弟の尻拭いに奔走していたベアトリスには、ずっと申し訳ない思いがあった。
だからこそ、幸せになって欲しいと、彼女の願う縁談を整えたのだが、どうやらハロルドの方も満更ではないらしい。
「失礼します」
そこへ再び別の側近が報告に訪れた。
「動いたか?」
「はい。
エヴァレット伯爵令嬢に薬品らしき物を混入させたグラスを手渡しました」
「……詰んだな」
サディアスは思わず苦笑いを浮かべた。
よりにもよって、アイザックの最愛に手を出すとは……。
「無事なんだろうな?」
「勿論です。
暗部が動くよりも前に、アイザックが気付きました。
今頃は裏で捕縛されているでしょう」
「そうか。では私も見に行ってみよう」
サディアスはグイッとワインを飲み干すと、徐に腰を上げた。
裏口へ続く通路の真ん中で、女が捕縛されている。
女は近くに立っているアイザックとオフィーリアを憎々し気に睨み付けていた。
麦藁とは酷い表現だと思ったが、実際にあの髪を目にしたら言い得て妙である。
「ネズミが入り込んだと聞いたが、ネズミというより珍獣だな。
口の中は確認したか?」
捕縛している騎士に確認すると、彼は「はい」と頷いた。
「サディアス殿下、泳がせているなら僕にも一言欲しかったですね」
アイザックがサディアスへ胡乱な眼差しを向ける。
「済まんな。暗部の者も付けていたんだが」
「知ってます」
「どこで気付いた?」
「エプロンの紐が縦結びになっているのを見て、おかしいなと思って周囲を確認したら、微かに暗部の気配も感じたので、『ああ泳がせてるんだな』と」
「気配を察知されるなんて、暗部を鍛え直さんとな」
床に組み伏せられている女の背中を見れば、確かにエプロンの紐が縦結びになっている。
王宮のメイドともなれば身嗜みは大切だ。
毎日エプロンを着けている彼女達にとっては、自分の背中で紐を結ぶのなんて簡単な事だろう。
不器用な者が居たとしても、他者に頼めば良いだけの話である。
縦結びのままで仕事をするなど有り得ない。
(それにしても、相変わらず細かい男だな)
その細かい男に肩を抱かれたオフィーリアが、サディアスに疑問を投げる。
「この人、何者なんですか?」
サディアスは冷ややかな目で侵入者を見下ろし、口を開いた。
「お前はエイリーン・ブリンドルか?
それともレイラと呼ぶべきか?」
別人の可能性もあったが、敢えてそう聞いてやると、女の顔が醜く歪む。
(当たりだな)
そう思いながら、サディアスは質問を続ける。
「何が目的だ? 何故エヴァレット嬢を狙った?」
「ソイツ等が私の邪魔をしたからっ!
だから、ソイツ等も苦しめば良いのよっっ!!」
麦藁状態の髪を振り乱しながら、女が叫ぶ。
「は!?」
地を這うどころか、地底から響く様な低い声を出したのは、意外にもアイザックではなくオフィーリアの方だった。
「ソイツ等?
私だけじゃなく、アイザックも苦しめたかったっていう意味かしら?」
スンッと表情を消したオフィーリアは、サディアスでさえも悪寒を感じる程の迫力があった。
そんなオフィーリアを見て、何故かアイザックはウットリしている。
人は時として、まともな者から見たら馬鹿だとしか思えない様な、危険な行動をとる事がある。
しかもこの女の場合は、自分が逆恨みしている相手に不幸を味わわせる事が目的だと言うのだから、本当に救いようが無い。
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