【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

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186 密やかな決着

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 私達の視線の先で、知り合いの伯爵夫妻と歓談していたアディンセル姉弟が会話を終えて夫妻と別れた時、タイミング良くニコラスが通りかかってベアトリスに声を掛けた。

 距離があるので話の内容は聞こえない。
 ニコラスの微笑みが少し淋しそうに見えるのは、私の思い込みのせいなのだろうか?
 対するベアトリスは、微かに頬を染めながら、はにかんだ様な笑みを零した。

 キッシンジャー様が仄かに不機嫌そうな空気を醸し出す。

「……あれがフェネリー伯爵子息ですね。
 彼とベアトリスは元々仲が良いのですか?」

「まあ、僕等は幼馴染ですからね」

 アイザックの返事に、キッシンジャー様は眉根を寄せた。
 それを見たフレデリカがフフッと笑う。

 この重苦しい空気の中で笑えるなんて……凄い度胸だな、フレデリカ。

「あら、失礼しました。
 実は、キッシンジャー様とのご縁はベアトリスの希望で急に結ばれた物でしたから、私達は皆、上手くいくのだろうかと心配していたのですよ。
 ですが、思いの外ベアトリスを大切に思って下さっているみたいなので、なんだか嬉しくて」

 無邪気なフレデリカの言葉を聞いて、キッシンジャー様の眉間の皺が少し和らぐ。

「……そうでしたか。
 ベアトリスは良い友人に恵まれているのですね。
 ご心配には及びません。
 急な縁談だった事は確かですし、私も最初は戸惑いがありましたが、好感を持てない女性を妻に迎えようとは思いませんから」

 いや、好感を持っている以上の執着めいた何かを感じますけど?

「それは安心しましたが、残念ながら彼女にはキッシンジャー様のお気持ちが伝わっていないみたいですよ。
 しっかり者のベアトリスですが、恋愛については不慣れな様なので」

 苦笑いを浮かべながら、アドバイスを贈るアイザック。
 ちょっと前まではベアトリスがアイザックに対して『恋愛に関してはポンコツ』と称していたが、いつの間にか立場が完全に逆転している。

「そうなのですか?
 私としては、分かりやすい態度で接しているつもりだったのですが……」

 真偽を問う様な視線が向けられたので、私もフレデリカもコクコク頷く。

「うむ……、成る程。
 貴重なご意見をありがとうございます」

 キッシンジャー様はそう言い残して、ベアトリス達の方へと大股で向かって行った。

 彼は先ず、ニコラスに挨拶をし、握手を求めたが……。
 手を握り合った瞬間、ニコラスが一瞬だけ顔を歪めた。

 あー、あれ絶対力一杯握ったよね?
 頑丈そうなニコラスが顔に出すくらいだから、よっぽどなんじゃないかな?

 暫く話した後、ニコラスはベアトリス達の元を離れた。
 立ち去る彼が若干肩を落としている様に見えてしまい、少し可哀想になった。

「ニコラス様にも幸せが訪れると良いですね」

「オフィーリアが二度とアイツを気に掛けなくて済む様に、良縁を見繕ってやろうかな」

 冗談めかしてそんな風に言うアイザックだが、実は面倒見が良くて友達思いだって事、私はもう知ってる。

 ベアトリスとキッシンジャー様は、その場で何やら会話を交わしていた。
 一緒にいたはずのメイナードは、空気を読んだのか少し離れたところにいた知り合いらしき人物と合流した様だ。

 キッシンジャー様はベアトリスの手を取り、その甲に口付けを落とした。
 サッと朱に染まったベアトリスの頬は、耳元で何かを囁かれた事によって、益々真っ赤になった。
 口元を両手で覆った彼女の黒曜石の瞳には、ジワリと涙が滲む。
 キッシンジャー様はそんなベアトリスをそっと抱き寄せ、宝物を扱うかの様に彼女の髪を撫でた。

 息をするのも忘れて、二人を見守っていると、隣でアイザックがフッと笑った。

「キッシンジャー様も、なかなかやるね」

「素敵……」

 恋愛物の演劇のクライマックスを目撃した様な気分になって、思わず呟く。

「もしかして、こういうドラマチックな告白が良かった?」

「いいえ。見る分には素敵ですが、私は二人きりの方が良いです。
 それに、こういうのはどんなシチュエーションかよりも、相手が誰なのかが大事でしょう?」

「確かに」

 納得した様子で頷きながら、アイザックは私の肩を抱き寄せる。

(でも、本当に素敵だったわ)

 余韻に浸りながら、火照った頬を冷やす様に、手にしていたシャンパンを飲み干した。

「お飲み物は如何ですか?」

 その声に振り返ると、丁度通りかかった給仕のメイドが、シャンパングラスを差し出している。

「頂くわ」

 空のグラスをトレーに戻して、新しいグラスを受け取ると、メイドは一瞬笑みを深めた。
 何故だか分からないけれど、なんとなくその笑顔に違和感を覚えて、メイドの背中を見送りながら首を傾げていると、アイザックの手がスッと私のグラスへ伸びてきた。

「オフィーリア、それは僕のと交換しよう」

「え? ……あ、はい。
 あの、何かが起きているのですか?」

「うん。だけど、直ぐに裏で捕縛されるから大丈夫だよ。
 卒業生達の晴れ舞台をぶち壊すのは忍びないからね。
 気になるなら、見に行ってみる?」

「良いのですか?」

「うん」

 アイザックはフレデリカに、少し離れた場所にいたヘーゼルダイン公爵夫妻と合流する様に指示を出すと、私をエスコートして、例のメイドが去った方向へと歩き出した。

 連れて来られたのは、招待客が決して足を踏み入れない、裏側のエリア。

 王宮の使用人達が行き交う通路を曲がり、裏口へ向かう少し狭い廊下の先で、メイドに扮した女は騎士達に取り押さえされていた。

 稲藁みたいにパサついた金髪と琥珀の瞳が目に入ると、アイザックが訝し気な表情でポツリと呟く。

「あれは……、パン、なのか?」

 パン?
 今、パンって言った?
 聞き間違い?

 私達の足音に気付いた女が、こちらへ視線を向けた。
 琥珀色の瞳が憎々し気に吊り上がる。

「アンタの……、アンタのせいでっっ!!」

「オフィーリアのグラスに何を入れた?」

 アイザックは女の叫びを無視して、冷ややかな声で問う。

「……」

「そうか、素直に話した方が身のためだったんだがな。
 まあ、飲んでみれば分かるか」

 そう言ったアイザックは、私が止める間も無く、手に持ったままだったグラスのシャンパンを口に含んだ。
 そしてポケットから取り出したハンカチに、それをペッと吐き出す。

「ふむ。味も匂いも異常は無いな。
 ……って事は、例の眠り薬か?」

 アイザックの言葉に、女の目が若干泳いだ。

「どうして口に入れるんですかっっ!!
 毒だったらどうするのです!?」

 私が怒鳴るとアイザックは肩を竦めた。

「だって、この女の行為が何処まで罪に問えるか分からないから、罪状は多い方が確実に重罰を与えられるだろう?
 これで『筆頭公爵令息に薬を盛った事実』が追加された。
 このやり方は、オフィーリアが教えてくれたんだよ?」

 心当たりがあった私は、続く言葉をグッと飲み込んだ。
 彼は、以前私が『未遂だと罪が軽くなるから』と言って、態と叩かれた時の事を言っているのだ。
 逆の立場になってみて、もう絶対に無謀な行動は止めようと改めて思った。

「心配しなくても大丈夫だよ。
 毒に対する耐性は持っているから、少しくらいなら体に入っても全く効果は出ない。
 それに眠り薬だとしたら、家に解毒剤があるから」

 アイザックはそう言いながら、ちょっと泣きそうな私の頭を撫でた。
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