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185 ヒロイン不在の
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アイザックのエスコートで王宮のホールに足を踏み入れると、私達を中心にして、波紋の様に騒めきが広がる。
沢山の視線が突き刺さる中、隣からチッと小さな音が聞こえた。
(舌打ち?)
チラリと隣を見上げると、アイザックは周囲にいる若い男性達に鋭い視線を投げている。
「……だから嫌だったんだ」
「そんなに心配しなくても、彼等は私じゃなくて、アイザック様とお近付きになりたいんですよ」
筆頭公爵家の嫡男に気に入られたいと願うのは、貴族としては当然だろうと思う。
「ハァ……。
そういう無自覚な所が心配なんだよ」
物分かりの悪い子供を見るみたいな困り顔で、溜息をつかれてしまった。
その顔をしたいのは、私の方である。
「周りばかりを気にしないで、私だけを見ていれば良いのですよ」
拗ねた様にそう言えば、アイザックは忽ちデレっと笑崩れた。
私も大分彼の扱いに慣れてきた気がする。
「それもそうだな。
折角の卒業パーティーだし、周囲など気にせずに楽しむ事にするよ。
では、まず面倒な義務を果たしに行こうか?」
「そうしましょう」
私とアイザックは連れ立って歩き出した。
面倒な義務とは、王族への挨拶である。
国王陛下はもう直ぐ退位する予定なので、今日のパーティーには王太子殿下が出席していた。
王太子妃であるマーガレット殿下は臨月である為、最近は公の場にはいらっしゃらない。
因みに、クリスティアンとプリシラもパーティーは不参加である。
間もなく二人は平民になる予定なので、貴族の社交は必要ない。
卒業生の中で貴族籍を抜けることが決まっている者も、最後の思い出作りとしてパーティーに出席する事は認められているが、二人の場合は周囲に及ぼす影響の大きさを考慮して、参加させない事に決まったのだ。
まあ、今となっては本人達も、出席したいとは思わないだろうけど。
挨拶の列に並ぼうとすると、前に並んでいた侯爵家のご夫妻が笑顔で先を譲ってくれた。
決まりという訳ではないが、なんとなく高位貴族が先に挨拶をするのが暗黙の了解となっている。
程なくして私達の番が巡って来たので、サディアス殿下の前でボウ・アンド・スクレープとカーテシーの姿勢を取った。
感染症の薬の件でサディアス殿下とは通信魔道具を使って何度か連絡を取っていたが、顔を合わせるのはあの時以来なので、ちょっとだけ気まずい。
褒賞を授かる話も決まっているが、今は色々と慌ただしいので、実際に授与されるのはもう少し先の予定である。
「偉大なる王太子殿下にご挨拶申し上げ……」
「止めろ。アイザックにそんな態度を取られると、背中がムズムズする」
サディアス殿下は心底嫌そうな顔で、アイザックの口上を制した。
「エヴァレット嬢、その節は世話になったな。息災だったか?」
「はい。お陰様で恙無く過ごさせて頂いております」
いや、本当に。
クリスティアンとプリシラが大人しくなったから、学園生活の最後をのんびりと過ごす事が出来たよ。
「それは良かった。
私のメグが君に会えないのを残念がっていたよ。
出産を終えて落ち着いたら、茶会に誘いたいそうだ」
「……光栄です」
『メグ』というのは、おそらくマーガレット妃殿下の愛称だろう。
もしかして、サディアス殿下を殴った事、怒っていらっしゃるのかな?
そう思ったら、ジワリと冷や汗が滲んだ。
「大丈夫だよ。
妃殿下は面白がっているだけだから。
それにしても、オフィーリアはまた面倒な人達に気に入られてしまったな」
私の不安に気付いたアイザックが、苦笑しながらそう言った。
「自国の王太子夫妻を面倒な人達呼ばわりするのは、お前くらいだよ」
呆れた様に溜息をつくサディアス殿下だが、気分を害した様子はない。
きっと二人は気安い関係なのだろう。
辞去の挨拶をして殿下と別れ、人波の中へ歩を進める。
途中何人か元クラスメイトから声をかけられながら、ベアトリス達を探していると、豊かな赤髪の後ろ姿が目に入った。
「やっぱり目立つな」
そう呟いたアイザックに頷きを返す。
真っ赤な髪色も、抜群のスタイルも、とてもゴージャスで目立っている。
今日の彼女のドレスは、婚約者のキッシンジャー辺境伯の瞳の色である深い緑色である。
その色を見たら、ベアトリスと初めて会った時のお茶会を思い出した。
同じ緑でも、あの時のドレスはフリルやリボンを多用した乙女チックなデザインだったけれど、今日のドレスはベアトリスのスタイルの良さを活かした細身のデザインで、背中が大胆に開いている。
やっぱり大人っぽいデザインの方が、ベアトリスには似合っていた。
正に真紅の薔薇という表現がピッタリである。
クリスティアンと違って、今度の婚約者様はベアトリスに似合うドレスを贈ってくれる人なのだと思うと、なんだかとても嬉しかった。
彼女の近くにはキッシンジャー様は勿論、フレデリカやメイナードの姿も見える。
キッシンジャー様が先に私達に気付き、隣のベアトリスに何か囁いた。
こちらを振り返った彼女はニコリと嬉しそうに微笑む。
「オフィーリア!」
「ベアトリス様、ご卒業おめでとうございます」
「貴女も、卒業おめでとう」
シャンパングラスを掲げて、祝いの言葉を送り合う。
アイザックはキッシンジャー様と挨拶を交わしていた。
暫く皆んなで談笑していたのだが、メイナードが、少し遠くにいた壮年のカップルを見て小さく声を上げた。
「あ、バロウズ伯爵夫妻だ。
姉上、ご挨拶に行きたいのでお付き合い頂けますか?」
どうやら家同士の付き合いがある方を見付けたらしい。
「分かったわ。ちょっと行ってきますね」
「ああ、待ってる」
ベアトリスはキッシンジャー様に断りを入れると、メイナードが差し出した腕に手を添えて、ご夫婦の元へ挨拶をしに向かった。
残されたキッシンジャー様は、優しく目を細めながら愛しそうにベアトリスの背中を見送っている。
その表情を見た私とアイザックは、コッソリと視線を交わして微笑み合った。
沢山の視線が突き刺さる中、隣からチッと小さな音が聞こえた。
(舌打ち?)
チラリと隣を見上げると、アイザックは周囲にいる若い男性達に鋭い視線を投げている。
「……だから嫌だったんだ」
「そんなに心配しなくても、彼等は私じゃなくて、アイザック様とお近付きになりたいんですよ」
筆頭公爵家の嫡男に気に入られたいと願うのは、貴族としては当然だろうと思う。
「ハァ……。
そういう無自覚な所が心配なんだよ」
物分かりの悪い子供を見るみたいな困り顔で、溜息をつかれてしまった。
その顔をしたいのは、私の方である。
「周りばかりを気にしないで、私だけを見ていれば良いのですよ」
拗ねた様にそう言えば、アイザックは忽ちデレっと笑崩れた。
私も大分彼の扱いに慣れてきた気がする。
「それもそうだな。
折角の卒業パーティーだし、周囲など気にせずに楽しむ事にするよ。
では、まず面倒な義務を果たしに行こうか?」
「そうしましょう」
私とアイザックは連れ立って歩き出した。
面倒な義務とは、王族への挨拶である。
国王陛下はもう直ぐ退位する予定なので、今日のパーティーには王太子殿下が出席していた。
王太子妃であるマーガレット殿下は臨月である為、最近は公の場にはいらっしゃらない。
因みに、クリスティアンとプリシラもパーティーは不参加である。
間もなく二人は平民になる予定なので、貴族の社交は必要ない。
卒業生の中で貴族籍を抜けることが決まっている者も、最後の思い出作りとしてパーティーに出席する事は認められているが、二人の場合は周囲に及ぼす影響の大きさを考慮して、参加させない事に決まったのだ。
まあ、今となっては本人達も、出席したいとは思わないだろうけど。
挨拶の列に並ぼうとすると、前に並んでいた侯爵家のご夫妻が笑顔で先を譲ってくれた。
決まりという訳ではないが、なんとなく高位貴族が先に挨拶をするのが暗黙の了解となっている。
程なくして私達の番が巡って来たので、サディアス殿下の前でボウ・アンド・スクレープとカーテシーの姿勢を取った。
感染症の薬の件でサディアス殿下とは通信魔道具を使って何度か連絡を取っていたが、顔を合わせるのはあの時以来なので、ちょっとだけ気まずい。
褒賞を授かる話も決まっているが、今は色々と慌ただしいので、実際に授与されるのはもう少し先の予定である。
「偉大なる王太子殿下にご挨拶申し上げ……」
「止めろ。アイザックにそんな態度を取られると、背中がムズムズする」
サディアス殿下は心底嫌そうな顔で、アイザックの口上を制した。
「エヴァレット嬢、その節は世話になったな。息災だったか?」
「はい。お陰様で恙無く過ごさせて頂いております」
いや、本当に。
クリスティアンとプリシラが大人しくなったから、学園生活の最後をのんびりと過ごす事が出来たよ。
「それは良かった。
私のメグが君に会えないのを残念がっていたよ。
出産を終えて落ち着いたら、茶会に誘いたいそうだ」
「……光栄です」
『メグ』というのは、おそらくマーガレット妃殿下の愛称だろう。
もしかして、サディアス殿下を殴った事、怒っていらっしゃるのかな?
そう思ったら、ジワリと冷や汗が滲んだ。
「大丈夫だよ。
妃殿下は面白がっているだけだから。
それにしても、オフィーリアはまた面倒な人達に気に入られてしまったな」
私の不安に気付いたアイザックが、苦笑しながらそう言った。
「自国の王太子夫妻を面倒な人達呼ばわりするのは、お前くらいだよ」
呆れた様に溜息をつくサディアス殿下だが、気分を害した様子はない。
きっと二人は気安い関係なのだろう。
辞去の挨拶をして殿下と別れ、人波の中へ歩を進める。
途中何人か元クラスメイトから声をかけられながら、ベアトリス達を探していると、豊かな赤髪の後ろ姿が目に入った。
「やっぱり目立つな」
そう呟いたアイザックに頷きを返す。
真っ赤な髪色も、抜群のスタイルも、とてもゴージャスで目立っている。
今日の彼女のドレスは、婚約者のキッシンジャー辺境伯の瞳の色である深い緑色である。
その色を見たら、ベアトリスと初めて会った時のお茶会を思い出した。
同じ緑でも、あの時のドレスはフリルやリボンを多用した乙女チックなデザインだったけれど、今日のドレスはベアトリスのスタイルの良さを活かした細身のデザインで、背中が大胆に開いている。
やっぱり大人っぽいデザインの方が、ベアトリスには似合っていた。
正に真紅の薔薇という表現がピッタリである。
クリスティアンと違って、今度の婚約者様はベアトリスに似合うドレスを贈ってくれる人なのだと思うと、なんだかとても嬉しかった。
彼女の近くにはキッシンジャー様は勿論、フレデリカやメイナードの姿も見える。
キッシンジャー様が先に私達に気付き、隣のベアトリスに何か囁いた。
こちらを振り返った彼女はニコリと嬉しそうに微笑む。
「オフィーリア!」
「ベアトリス様、ご卒業おめでとうございます」
「貴女も、卒業おめでとう」
シャンパングラスを掲げて、祝いの言葉を送り合う。
アイザックはキッシンジャー様と挨拶を交わしていた。
暫く皆んなで談笑していたのだが、メイナードが、少し遠くにいた壮年のカップルを見て小さく声を上げた。
「あ、バロウズ伯爵夫妻だ。
姉上、ご挨拶に行きたいのでお付き合い頂けますか?」
どうやら家同士の付き合いがある方を見付けたらしい。
「分かったわ。ちょっと行ってきますね」
「ああ、待ってる」
ベアトリスはキッシンジャー様に断りを入れると、メイナードが差し出した腕に手を添えて、ご夫婦の元へ挨拶をしに向かった。
残されたキッシンジャー様は、優しく目を細めながら愛しそうにベアトリスの背中を見送っている。
その表情を見た私とアイザックは、コッソリと視線を交わして微笑み合った。
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