【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

文字の大きさ
上 下
177 / 200

177 忘れかけていた悪夢

しおりを挟む
 卒業試験の勉強などで忙しくしている内に年が明けた。
 年明け直ぐに行われた試験では、勉強の成果を無事に発揮し、入学以来初めて学年五位以内に入る事が出来た。
 アイザックは、あんなに授業を休んでいるのに不動の一位。
 ベアトリスは二位である。

 卒業準備が着々と進む中、学園が休みの今日は、ジョエルを連れてヘーゼルダイン公爵邸の馬房へ愛馬達に会いに来た。
 偶には息抜きも必要である。

 丁寧にブラッシングしてやると、トムはウットリと目を細めながら、プフゥと鼻息を吐き出した。
 特に首の辺りが気持ち良いらしい。

「うわっ、止めろよ。
 そんなに動いたらブラッシング出来ないだろっ!」

 隣で騒いでいるのは、勿論ジョエルである。
 マノンはジョエルの体にグリグリと顔を擦り寄せて来るので、ブラッシングがやり難いらしい。

「私が人参で気を引きましょうか?」

「お願いします」

「ほら、マノン。人参だよー」

 鼻先に人参を突き付けてみるが、チラリと一瞥しただけで、フンッと顔を逸らされた。
 全く興味を持ってくれない。
 マノンが夢中になるのはジョエルに対してだけである。
 相変わらず愛が重い。

 結局、ジョエルがスリスリグリグリされている間に、私が彼女にブラシをかけた。



 ワイワイ言いながら馬達の手入れをしていると、蹄の音が近付いて来た。

「馬場に姿が見えないと思ったら、こっちに居たのか?」

 出掛けていたアイザックとスレイプニルが帰って来たのだ。

「ええ、さっき少し運動させて、今は手入れをしていました」

 アイザックはハーフアップに結った私の髪を見て、嬉しそうに目を細めた。

「その髪飾り、似合ってる」

 そう言えば、今日の髪飾りは、アイザックがマドック男爵領に行った時に買って来てくれたお土産の銀細工だったなと思い出した。

「フフッ。可愛いでしょう?」

「なかなか使ってくれないから、気に入らなかったのかと心配した」

「そんな事無いですよ。学園にして行くには、少し大きくて派手だから、なかなか機会が無かっただけです」

 馬と小鳥が戯れているデザインの髪飾りは、とても可愛くて気に入っていた。

「女性のアクセサリーで馬がデザインされている物は珍しいよね。
 これを見付けた時、直ぐにオフィーリアの顔が浮かんだ」

「ありがとうございます」

 アイザックはいつも、適当に選んだ物ではなく、私に似合う物とか私が気に入りそうな物を厳選して贈ってくれる。
 プレゼント自体も嬉しいけど、そこに込められた気持ちが嬉しい。

「それにしても、思ったより早いお帰りでしたね」

 少し拗ねた様子で会話に割り込んだジョエルに、アイザックは溜息混じりで答える。

「レイラらしき人物の目撃情報があって駆け付けたのだが、残念ながら人違いだったよ」

 レイラ(仮)の捜索は今でも続いているが、有力な情報は思う様に集まって来ない。
 やっぱり平凡な色味なのが悪いのだろうか?
 逆に、何の関係もない琥珀の瞳とライトブラウンの髪の女性達が疑いの目で見られてしまう事も多いらしく、街では若干の混乱が起きていると聞く。
 無関係な女性達にとっては、とんだ風評被害である。

 こんなに探しても見つからないなんて、一体何処に潜んでいるのか?
 もう、サッサと自首してくれりゃあ良いのに。

 各領地の境界を中心に、あちこちで検問を行なっているらしいし、王都周辺と港町周辺は巡回の騎士も増やして職務質問が頻繁に行われている。
 お陰でちょっと王都の治安が良くなった。

「教皇達の方は取り調べもほぼ終わって、そろそろ刑罰が決まるんだが……」

「やっぱり、公開処刑ですかね?」

 ジョエルが何気なく言った台詞に、思わずビクッと肩が跳ねた。

 そうだよね。
 考えてみれば、彼等の罪は王位の簒奪未遂だもの。公開処刑だって充分に有り得る。

 何度も夢で見たシーンが、脳裏を掠める。
 広場に集まった民衆の歓声と怒号。
 罪人の死を願う沢山の人達の、憎悪に満ちた眼差し。

「その可能性が高いけど……。
 ……どうした? オフィーリア、顔色が悪い」

「姉上、大丈夫ですか?」

 会話を中断したアイザックとジョエルが、心配そうな視線を私に向ける。

「あの……、刑罰の決定をする場には、アイザックも出席するのですか?」

 おずおずと質問をすると、アイザックは私の顔を覗き込んで、安心させる様に微笑んだ。

「うん、何か希望があるなら言ってごらん。
 常識的な範囲なら、僕も意見が出来るはずだから」

「………………火刑は、嫌」

 私の震える唇からその言葉が零れ落ちた瞬間、ヒュッと小さく息を飲んだのは、アイザックだったのか、ジョエルだったのか。
 私は俯いていたので、彼等がどんな表情をしているのかも、全く見えていなかった。

「うん、大丈夫。火刑にはさせないよ」

 アイザックは私を緩く抱き締めて、暫く頭を撫でてくれた。
 その温かくて優しい大きな手のお陰で、波立っていた心が、少しずつ落ち着いた。


「……済みません、無理を言いましたね。
 今言った事は、忘れて下さい」

 正直に言えば、あの夢の光景を思い出すだけで、今でも血の気が失せて体が震える。
 火刑だけでなく、公開処刑だってちょっと嫌だ。
 でも、王家の威信を保つ為には、重罪人を見せしめにするのも必要なんだって事は分かってる。
 私の我儘で、秩序を乱すべきじゃない。

「君が思っているよりも、僕は力を持っているんだよ。
 何の為に、日々サディアス殿下の弱味を握っていると思ってるの?」

 おどけた調子でそんな事を言うから、私はクスッと小さく笑みを零した。

「でも、不当に刑が軽くなってしまったりしませんか?」

「オフィーリアは何も心配しなくて良いよ。
 僕だって彼等の罪と罰を軽くするつもりは無いから」

 ニッコリと黒い笑みを浮かべるアイザックに、私は躊躇しながらも頷いた。
 具体的な事を何も言わないのは、きっと一般人が知るべきではない手段を用いるつもりなのだろう。
しおりを挟む
感想 1,005

あなたにおすすめの小説

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...