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172 度を越した制裁
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最近、お昼休みは食堂でランチボックスを購入して、屋外で食べる事が多くなった。
クリスティアンとプリシラは、相変わらず生徒達に冷たい眼差しを向けられながらも、ほぼ毎日食堂で昼食をとっている。
勿論、席は別々だ。
必然的に物見高い者達は食堂に集まる様になり、反対に庭園は食堂の雰囲気に辟易した者達が集まる様になった。
アイザック達男性陣が買い出しに行ってくれている間に、私達が場所取りをするのがお決まりの流れである。
「あら、ちょっと出遅れちゃったわね」
いつも使っているガゼボに先客がいるのに気付いたベアトリスが、残念そうに呟く。
「気持ちの良い秋晴れだから、庭園に出る人が増えたのよ。
裏庭に行ってみましょう」
「そうね」
フレデリカの提案に、ベアトリスが頷いた。
秋桜や薔薇などで華やかに彩られる中庭に比べて、裏庭はハーブなどの地味な植物しか植わっていないので、気候の良い時期でも比較的人が少なく寂れた雰囲気だ。
まあ、逆にいえば落ち着いて食事や会話が楽しめる場所だとも言える。
「じゃあ、私は此処でアイザック様達を待っておきますね」
「あら、待つ必要はないわ。
心配しなくても、此処に姿が見えなければ裏庭に探しに来てくれるわよ」
「そうよ。オフィーリアも行きましょう」
管理棟の脇の狭い通路を抜けるのが、裏庭へ向かう近道である。
三人でその近道を歩いていると、管理棟の影から、何やら不穏な会話が聞こえてきた。
「ずっと生意気だと思っていたのよね。
きっと図に乗ってたから、バチが当たったのよ」
「チヤホヤしていた奴らも、簡単に手の平を返しちゃって、今では独りぼっち。
本当に、いい気味よね」
「こんな状態なのに学園に通っていられるなんて、どれだけ無神経なのかしら?
どうせ平民になるんだから、卒業する必要なんかないのに。目障りなのよね」
「クリスティアン殿下に捨てられたから、他の令息を狙ってるんじゃない?
上手く行けば、貴族に残れるかもしれないから」
複数の女子生徒の刺々しい声が、誰かを罵り、嘲笑している。
ベアトリスとフレデリカが眉を顰めた。
その言葉の内容から、敵意を向けられている人物が誰なのか、嫌でも分かってしまう。
建物の外壁が邪魔をして、互いの姿は見えていない。
最初は私達も無視して通り過ぎようかと思ったのだが───。
「ちょっと! 黙ってないで、何とか言ったらどうなの?」
「キャッ……」
ドンッという衝撃音と共に小さな悲鳴まで聞こえてしまえば、放っておく訳にもいかなくなった。
微かな溜息を零したベアトリスは、私達に視線を投げた。
意図を察した私とフレデリカが無言で頷きを返すと、ベアトリスは建物の向こうへと足を踏み出す。
「静かな場所を求めて裏庭に行くつもりだったのに、今日は小鳥が騒がしいわね」
案の定、一人を集団で囲んで責め立てていた令嬢達は、ベアトリスの言葉に振り返り、私達の姿を見て青褪めた。
「あら、小鳥なんて可愛らしい声じゃなくってよ。せいぜい蛙だわ」
「フレデリカ様、ガマ蛙は言い過ぎです」
そう言って窘めた私に、二人はプッと吹き出した。
「私、『ガマ』は付けてないわ。オフィーリア」
「え? そうでした?」
ごめん、勝手に付け足しちゃった。
だって『ケロケロ』って感じじゃ無くて『ゲコゲコ』ってイメージだったから。
「ガマ……!?」
先程まで血の気が失せていた令嬢達の顔は、羞恥と怒りで赤く染まっていく。
だが、「何か?」と私がひと睨みして一歩前に出ると、彼女達は「いえ、何も」と小さく呟いて視線を逸らした。
私が一年の頃、ベアトリスに平手打ちをしようとした令嬢を組み伏せた話は、今でも密かに学生の間で語り継がれているらしい。
見ず知らずの生徒に怯えられてしまうのは不本意だが、こういう時はとても便利だ。
私はズイッと彼女達の間に割って入り、中心で蹲っていたプリシラに手を伸ばす。
「さあ、立ちなさい。
いつまでも座り込んでいると、スカートが汚れますよ」
「…………ありがとう、ございます」
プリシラは遠慮がちに私の手を取り、立ち上がった。
「何故、そんな女の味方をするのですかっ!?」
納得いかないといった顔で、令嬢の一人が叫ぶ。
「味方? 馬鹿馬鹿しい勘違いね。
貴女達が私刑を加えたから、仕方なく間に入っただけよ」
ハァと、面倒臭そうにベアトリスが溜息をついた。
その冷ややかな空気に、令嬢達の肩が小さく跳ねる。
「それに、貴女達が仰っていた事は間違っていますよ。
ウェブスター嬢は、どんなに学園の居心地が悪かろうとも、卒業しなければならないのです。
侮蔑の眼差しに耐えるのが彼女の償いだと、そうお決めになったのは、他でもない王太子殿下なのですから。
その処罰の中に暴力は含まれていない。王家がそう発表したでしょう?
貴女達がしたのは、王太子殿下の決定を邪魔する行為だって事、理解していらっしゃるのですか?」
私が指摘すると、令嬢達の顔色は再び悪くなる。
青くなったり赤くなったり、器用だな。
「そ、そんなつもりでは……」
「そんなつもりではなく、こんな馬鹿な事を仕出かしたのならば、浅慮な自分を恥じなさい。
大体、貴女達はウェブスター嬢の行いによって、何か具体的な不利益を被ったの?
不利益を被ったのなら、正式に謝罪を求めるか慰謝料を請求するべきだし、ただ嫌いなだけならば、関わらなければ良いのではなくて?」
「そうよそうよっ!
私達だって関わりたくなかったのに、貴女達のせいで関わらざるを得なくなったんだからね!?
全く、貴重なお昼休みの時間をこんな事で浪費させられるなんて、迷惑な話だわ!」
冷徹に叱責するベアトリスと、プンスカと不機嫌を露わにするフレデリカ。
対照的な二人に怒られて、令嬢達は項垂れながら、私達へと謝罪の言葉を述べた。
「も、申し訳、ありませんでした……」
「謝る相手はもう一人いるわよね?」
ベアトリスの指摘に、苦虫を噛み潰した様な顔をした彼女達は、プリシラを睨み付けながら「済みませんでしたっ!」と投げ遣りに言い捨てて、足早に去って行った。
「じゃあ、行きましょうか?」
「ええ、お兄様達が探してるかも」
裏庭へ足を向けようとすると、「ま、待ってください!」と、プリシラが声を上げた。
「……あの、態々私の為に、ありがとうございます!」
だいぶ反省はしているみたいだけど『態々』とか、『私の為に』とか、自意識過剰な部分はまだ少し残っているのね……と、私は心の中で苦笑を漏らした。
「見当違いも甚だしいわね。貴女の為なんかじゃない。
ただ、あのご令嬢達の声が耳障りだっただけよ」
チラッとだけプリシラを振り返ったベアトリスは、冷ややかにそう言い放つと、その場を後にした。
「それでも、助かりました。ありがとうございましたっ!」
もう一度投げられたお礼の言葉を背中に浴びながら、私達は裏庭に向かう。
ベアトリスはもう振り返らなかったけど、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
クリスティアンとプリシラは、相変わらず生徒達に冷たい眼差しを向けられながらも、ほぼ毎日食堂で昼食をとっている。
勿論、席は別々だ。
必然的に物見高い者達は食堂に集まる様になり、反対に庭園は食堂の雰囲気に辟易した者達が集まる様になった。
アイザック達男性陣が買い出しに行ってくれている間に、私達が場所取りをするのがお決まりの流れである。
「あら、ちょっと出遅れちゃったわね」
いつも使っているガゼボに先客がいるのに気付いたベアトリスが、残念そうに呟く。
「気持ちの良い秋晴れだから、庭園に出る人が増えたのよ。
裏庭に行ってみましょう」
「そうね」
フレデリカの提案に、ベアトリスが頷いた。
秋桜や薔薇などで華やかに彩られる中庭に比べて、裏庭はハーブなどの地味な植物しか植わっていないので、気候の良い時期でも比較的人が少なく寂れた雰囲気だ。
まあ、逆にいえば落ち着いて食事や会話が楽しめる場所だとも言える。
「じゃあ、私は此処でアイザック様達を待っておきますね」
「あら、待つ必要はないわ。
心配しなくても、此処に姿が見えなければ裏庭に探しに来てくれるわよ」
「そうよ。オフィーリアも行きましょう」
管理棟の脇の狭い通路を抜けるのが、裏庭へ向かう近道である。
三人でその近道を歩いていると、管理棟の影から、何やら不穏な会話が聞こえてきた。
「ずっと生意気だと思っていたのよね。
きっと図に乗ってたから、バチが当たったのよ」
「チヤホヤしていた奴らも、簡単に手の平を返しちゃって、今では独りぼっち。
本当に、いい気味よね」
「こんな状態なのに学園に通っていられるなんて、どれだけ無神経なのかしら?
どうせ平民になるんだから、卒業する必要なんかないのに。目障りなのよね」
「クリスティアン殿下に捨てられたから、他の令息を狙ってるんじゃない?
上手く行けば、貴族に残れるかもしれないから」
複数の女子生徒の刺々しい声が、誰かを罵り、嘲笑している。
ベアトリスとフレデリカが眉を顰めた。
その言葉の内容から、敵意を向けられている人物が誰なのか、嫌でも分かってしまう。
建物の外壁が邪魔をして、互いの姿は見えていない。
最初は私達も無視して通り過ぎようかと思ったのだが───。
「ちょっと! 黙ってないで、何とか言ったらどうなの?」
「キャッ……」
ドンッという衝撃音と共に小さな悲鳴まで聞こえてしまえば、放っておく訳にもいかなくなった。
微かな溜息を零したベアトリスは、私達に視線を投げた。
意図を察した私とフレデリカが無言で頷きを返すと、ベアトリスは建物の向こうへと足を踏み出す。
「静かな場所を求めて裏庭に行くつもりだったのに、今日は小鳥が騒がしいわね」
案の定、一人を集団で囲んで責め立てていた令嬢達は、ベアトリスの言葉に振り返り、私達の姿を見て青褪めた。
「あら、小鳥なんて可愛らしい声じゃなくってよ。せいぜい蛙だわ」
「フレデリカ様、ガマ蛙は言い過ぎです」
そう言って窘めた私に、二人はプッと吹き出した。
「私、『ガマ』は付けてないわ。オフィーリア」
「え? そうでした?」
ごめん、勝手に付け足しちゃった。
だって『ケロケロ』って感じじゃ無くて『ゲコゲコ』ってイメージだったから。
「ガマ……!?」
先程まで血の気が失せていた令嬢達の顔は、羞恥と怒りで赤く染まっていく。
だが、「何か?」と私がひと睨みして一歩前に出ると、彼女達は「いえ、何も」と小さく呟いて視線を逸らした。
私が一年の頃、ベアトリスに平手打ちをしようとした令嬢を組み伏せた話は、今でも密かに学生の間で語り継がれているらしい。
見ず知らずの生徒に怯えられてしまうのは不本意だが、こういう時はとても便利だ。
私はズイッと彼女達の間に割って入り、中心で蹲っていたプリシラに手を伸ばす。
「さあ、立ちなさい。
いつまでも座り込んでいると、スカートが汚れますよ」
「…………ありがとう、ございます」
プリシラは遠慮がちに私の手を取り、立ち上がった。
「何故、そんな女の味方をするのですかっ!?」
納得いかないといった顔で、令嬢の一人が叫ぶ。
「味方? 馬鹿馬鹿しい勘違いね。
貴女達が私刑を加えたから、仕方なく間に入っただけよ」
ハァと、面倒臭そうにベアトリスが溜息をついた。
その冷ややかな空気に、令嬢達の肩が小さく跳ねる。
「それに、貴女達が仰っていた事は間違っていますよ。
ウェブスター嬢は、どんなに学園の居心地が悪かろうとも、卒業しなければならないのです。
侮蔑の眼差しに耐えるのが彼女の償いだと、そうお決めになったのは、他でもない王太子殿下なのですから。
その処罰の中に暴力は含まれていない。王家がそう発表したでしょう?
貴女達がしたのは、王太子殿下の決定を邪魔する行為だって事、理解していらっしゃるのですか?」
私が指摘すると、令嬢達の顔色は再び悪くなる。
青くなったり赤くなったり、器用だな。
「そ、そんなつもりでは……」
「そんなつもりではなく、こんな馬鹿な事を仕出かしたのならば、浅慮な自分を恥じなさい。
大体、貴女達はウェブスター嬢の行いによって、何か具体的な不利益を被ったの?
不利益を被ったのなら、正式に謝罪を求めるか慰謝料を請求するべきだし、ただ嫌いなだけならば、関わらなければ良いのではなくて?」
「そうよそうよっ!
私達だって関わりたくなかったのに、貴女達のせいで関わらざるを得なくなったんだからね!?
全く、貴重なお昼休みの時間をこんな事で浪費させられるなんて、迷惑な話だわ!」
冷徹に叱責するベアトリスと、プンスカと不機嫌を露わにするフレデリカ。
対照的な二人に怒られて、令嬢達は項垂れながら、私達へと謝罪の言葉を述べた。
「も、申し訳、ありませんでした……」
「謝る相手はもう一人いるわよね?」
ベアトリスの指摘に、苦虫を噛み潰した様な顔をした彼女達は、プリシラを睨み付けながら「済みませんでしたっ!」と投げ遣りに言い捨てて、足早に去って行った。
「じゃあ、行きましょうか?」
「ええ、お兄様達が探してるかも」
裏庭へ足を向けようとすると、「ま、待ってください!」と、プリシラが声を上げた。
「……あの、態々私の為に、ありがとうございます!」
だいぶ反省はしているみたいだけど『態々』とか、『私の為に』とか、自意識過剰な部分はまだ少し残っているのね……と、私は心の中で苦笑を漏らした。
「見当違いも甚だしいわね。貴女の為なんかじゃない。
ただ、あのご令嬢達の声が耳障りだっただけよ」
チラッとだけプリシラを振り返ったベアトリスは、冷ややかにそう言い放つと、その場を後にした。
「それでも、助かりました。ありがとうございましたっ!」
もう一度投げられたお礼の言葉を背中に浴びながら、私達は裏庭に向かう。
ベアトリスはもう振り返らなかったけど、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
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