【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

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171 誤算に次ぐ誤算《レイラ?》

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 ある日、たまにボランティアでエイリーンの世話をしてくれていた上品な老婦人が、彼女の部屋を訪った。

「貴女の退所が決まったらしいの」

「本当ですか?」

 ついに家へ帰れると喜んだエイリーンとは対照的に、老婦人の顔色は冴えない。

「でもね……、その、気をしっかり持って聞いて欲しいのだけど……」

「…………はい」

 モゴモゴと言い辛そうに話し始めた老婦人に、エイリーンは漸く嫌な予感を覚え始め、戸惑いながら頷いた。


 そして彼女は、老婦人の口から信じられない話を聞く事になった。
 いや、信じたく無いと言うべきか。

「……嘘よ」

 話を聞き終わったエイリーンは、弱々しい呟きを零した。

「残念だけど」

 老婦人は気の毒そうな顔をして、ゆるりと首を横に振る。

 信じたくは無いけれど、有り得るかも知れないと、心の何処かで思ってしまった。
 ヘーゼルダイン公爵家に悪い意味で目を付けられてしまい、言動がおかしくなった自分の存在を、両親が持て余しているのだという事は彼女も気付いていたから。

 茫然自失状態となったエイリーンの背を、老婦人は優しくさすってくれた。

「私が匿ってあげるから、ご両親に見付からない様に身を隠さない?」

 老婦人の提案に、エイリーンは逡巡した。

「でも……、それじゃあ、貴族じゃなくなっちゃう」

「ええ、そうね。
 だけど、ご実家に戻ろうとすれば、もしかしたら……」

 死んでしまえばお終いなのだから、本来ならば考えるまでもない話である。
 ヴィクター攻略を諦めるのは惜しかったが、取り敢えず命を守る選択をしようと、エイリーンは老婦人の手を取った。


 何をどうやったのかは知らないが、エイリーンは死んだ事にされ、老婦人が所有している王都内の小さな邸に引き取られた。
 表向きは側仕えという形になっていたが、仕事をさせられる事はなく、話し相手みたいな扱いであった。

 身を隠し続ける為には、名前を変える必要があったので、『レイラ』と名乗る事にした。

 だが、老婦人は度々彼女を『エイリーン』でも『レイラ』でもなく、『ナタリア』と呼んだ。
 そして窘める時の台詞は決まって『ナタリアはそんな事しないわ』である。
 ナタリアとは、幼い頃に事故で亡くなった老婦人の娘の名前らしい。

(知らねーし。私、ナタリアじゃねぇから)

 死んだ娘の代わとして側に置かれているのだと思うと、それまで感じていた老婦人への恩も徐々に感じられなくなっていった。

(そもそも、あの話は本当だったの?
 本当だったとしても、両親が何処まで本気だったかは分からないよね?)

 老婦人に対する疑念と不満は溜まっていくばかりだが、持ち前の外面の良さを発揮して、レイラはその気持ちを表面には出さなかった。
 ここで捨てられたら、行く所が無いと思ったからだ。

 しかし、邸で過ごす時間が息苦しくなってきた彼女は、外で働きたいと直訴した。

 老婦人と離れる時間が欲しかったのもあるが、『学園に通えないなら、街でゲームの登場人物に接触すれば良いのではないか?』と思い付いたせいでもあった。

 この国では、貴族と平民の婚姻は認められておらず、学園を卒業しなければ貴族と認めて貰えない。
 だが、一つだけ、学園に入らなくても貴族と結婚出来る裏技があると、レイラは幻の裏設定で知っていた。
 それは、他国の貴族の養女になる事。
 プリシラの母は他国の没落貴族だったが、父親は貿易商としての人脈を使い、知り合いの家に頼んで彼女を形ばかりの養女にしてもらう事によって、どうにか婚姻を果たしたのである。


 最初は渋っていた老婦人を上手く言い包めて、プリシラと遭遇確率の高そうな、中央教会と懇意にしている治療院に、事務員として潜り込んだ。
 プリシラと仲良くなれば、学園内の情報も聞き出せる。
 恩を売っておけば、養子となる為の他国の貴族家も紹介してもらえるかもしれない。

 そして、ヴィクターが良く利用するという公園に、通勤のついでに度々立ち寄って彼を探した。
 公園の名前は分からなかったが、『学園から歩いて行ける距離で、噴水がある小さな公園』という描写がゲームに出てくるので、直ぐに特定出来た。


 目論見通り、プリシラにもヴィクターにも出会えたし、仲良くなれた。
 ゲーム知識を駆使すれば、心の隙間に入り込むのは思った以上に簡単だった。

 万が一にもプリシラがヴィクタールートに進まない様に、さり気無くクリスティアンルートに誘導した。

 ヴィクタールートで邪魔になる筈の義母を大人しくさせる為に、療養施設時代に隣室の子が使っていたお香を入手して、使用を勧めた。
 義母の状態が落ち着いた事で、感謝したヴィクターは、レイラに愛を囁いた。


 その頃から、老婦人が体調を崩す様になった。
 遺産を分けてくれると約束していたのだが、老婦人の家族に反対されるかもしれないと思い、良い心象を抱いてもらえる様に注力した。
 その甲斐あって、老婦人が亡くなった時は、特に反対もされずに、すんなりと約束の遺産を手に入れる事が出来た。


 途中迄は、概ね上手くいっていると思っていた。


 プリシラの話を聞いて、アイザックとオフィーリアが婚約していない事とか、アイザックが側近候補を降りた事とか、ゲームと違っている部分があるのは気付いていた。
 しかし、詳しく調べる伝手もなく、プリシラの話は要領を得ないので、詳細は分からない。
 結局、それについては『自分が学園入学前にプリシラやヴィクターと接触した事が、何らかの影響を及ぼしているのかな?』と思う事にして、何とかゲーム通りに戻そうとプリシラにアドバイスをした。


 だが、クリスティアンとプリシラは思った以上に使えなくて、どんどん国民の好感度を下げていくし、アイザックは王太子の側近になってしまうし、誤算だらけ。

 ヴィクターを教皇にして、国王夫妻となるクリスティアンとプリシラを操らせようと考えていたけれど、この状況では難しそうである。
 高望みは諦めて、プリシラ達を切り捨てるべきかも……。

 そう考えていた頃に、それは起こった。


 勤め先の治療院でお使いを頼まれ、風邪薬を教会に併設された孤児院に届けようとしたレイラは、教会の周囲を王宮騎士が物々しく囲んで大騒ぎになっているのを見て、咄嗟に木の影に身を隠した。

(コレって、もしかしてヤバいんじゃない?)

 教皇は兎も角、もしもヴィクターが捕まれば、レイラにまで捜査の手が伸びるのは確実だ。

(自分の存在が知られる前に、姿を消さなきゃ……)

 レイラはそのまま踵を返した。
 走って家に帰り、大急ぎで荷物を纏める。

 黒いローブのフードを目深に被った彼女は、王都を後にした。





 そして、現在。
 エイリーンは指名手配されている。

 似顔絵と情報が出回って、港街から隣領に抜ける道にも検問が敷かれ、琥珀色の瞳でライトブラウンの髪の女は皆、厳しくチェックされる。

「君は……髪色は手配書より薄いが、琥珀色の瞳だね。
 悪いが、ウィッグを使用していないか、確認させてもらうよ」

 検問所の騎士にそう言われた女は、「分かりました」と素直に頷いた。

 この世界ではカラーコンタクトは勿論、髪染めの類いも手に入らない。
 瞳や髪の色を変える便利な魔道具なども、存在しない。
 だから、瞳と髪の色を誤魔化す手段は少なく、顔を隠したり、ウィッグを使うくらいしか無いのだ。

 女の髪を、騎士は軽く引っ張っり、生え際も確認した。
 色味は淡いが金髪と言うにはくすんでいる。酷く傷んでパサついた艶の無い髪だが、地毛に間違いなさそうだ。

「うん、通って良いよ」

「ありがとうございます。ご苦労様です」

 ペコリと頭を下げた女は、検問を抜けるとほんの一瞬だけ口角を吊り上げた。

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