【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

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169 取り戻した記憶《レイラ?》

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 幼い頃からずっとアイザック・ヘーゼルダインは、その高い地位と麗しい容姿で、令嬢達から絶大なる人気を誇っていた。
 しかし、彼はどんな美人が寄って来ようとも、ナメクジでも見る様な眼差しを向け、けんもほろろに追い返す。
 それでも、我こそはと果敢に彼にアタックする者は後を絶たず、数多の令嬢が玉砕しては涙を流した。

 エイリーン・ブリンドルも、そんなアイザックにこっ酷く振られた令嬢の一人である。

 当時の彼は、とある平凡な令嬢と親しくしていると噂になっていた。
 その噂を聞いた令嬢達は、『遂にお相手を決めたのか』と捉えて諦める者と、『女性に対するガードが緩くなっているのでは? ならば自分にもチャンスがある筈!』と無駄に前向きに捉える者に二分された。

(絶対に彼女よりも私の方が可愛いのに)

 勘違い令嬢エイリーンは、完全に後者側だった。
 彼に話し掛ける機会さえあれば、自分が選ばれるに決まっていると、根拠も無く思い込んだ。

 だからこそ、街で見掛けた彼に、無謀にも突撃したのだが……。

『君は、社交のマナーを学び直した方が良いんじゃないか?』

『僕のオフィーリアに変な言い掛かりを付けたっていうご令嬢だよね?』

『今後はオフィーリアにも僕にも関わらない事をお勧めする』

 例の平凡令嬢との間で起こしたトラブルを責め、不愉快そうな顔でそう言い放った彼は、サッサとその場を去ってしまった。


 茫然自失の状態で、フラフラと馬車へ戻る道を辿り始めたエイリーン。
 心配した侍女や護衛の呼び掛けも、全く耳に入って来なかった。

 ぼんやりし過ぎていた彼女は少し捲れていた石畳に躓き、前のめりに勢い良く倒れる。
 咄嗟の事に、護衛騎士も反応が遅れた。
 そして運悪く、近くに立っていた街灯の支柱に額を強打したのだ。

「───イ…ッタァ……!」

 蹲って動けない彼女に、侍女と護衛が駆け寄る。

「お嬢様っ!? 大丈夫ですか?」

 あまりの衝撃で、目の前に星がチカチカ飛び回った。
 思わずギュッと瞼を閉じると、見た事も無い大量の映像が、頭の中に流れ始めた。

 大きな鉄の塊が鳥みたいに空を飛んでいる。
 小さな薄い板の中で、人間が歌ったり、騒いだりしている。
 王宮よりも何倍も高い、四角い建物が幾つも犇めく様に聳え立っている。

(何? 何なの、コレは!?)

 この国とは全く違う、だけど何処か懐かしい風景。

 情報量が多くて処理をし切れず、エイリーンの脳は呆気なくシャットダウンした。



 気を失っている間、夢の中で彼女は、まるで映画を見るかの様に、自分の前世を早送りで見ていた。

 そこで彼女は『麗良れいら』と呼ばれていた。

 麗良は、名前を書ければ誰でも合格出来る様な、偏差値の低い大学に入っていた。
 就職活動が上手くいかずに悩んだ事もあったが、卒業間際になって、どうにか介護福祉系の大手企業から内定がもらえた。
 事務員として雇用された麗良は、デイサービスの施設に配属されたのだが……。
 利用者の話し相手などもせねばならず、これは事務員の業務じゃないのでは? と、内心うんざりしていた。
 それでも外面が良いタイプだった麗良は、なんとか作り笑顔で優しい職員を演じていた。

 そんなストレスを発散する為、麗良は頻繁に大学時代の友人達と会っては、酒を酌み交わした。

 その友人の中の一人である真里まりは、小さなゲーム会社に就職していた。
 真里が勤めているのは零細企業。
 それに比べて自分は、仕事内容に不満があるとはいえ、安定した大手企業の正社員なのだと考えると、麗良の自尊心は満たされた。
 だから、真里と飲むのが好きだった。


 真里が開発に携わった最初の企画は、乙女ゲームだったらしい。

『ヒロインやヒーロー、悪役にまで心の闇とか出生の秘密とか、色んな事情を抱えているっていう詳細な設定があって、そこが面白いのよ!』

 キラキラした目で語る真里を見ると、胸がモヤッとした。
 自分の方が恵まれているのだと思って見下していたのに、真里の方が楽しそうに仕事をしているのが、腹立たしかった。
 なんだか自分が酷く詰まらない存在の様な気がしたのだ。

 だが、そんな真里も、直ぐに再び仕事への不服を漏らす様になる。

『設定が細かいし、内容が重過ぎる。
 ライトユーザーがメインターゲットなんだから、ヒーローが格好良くてドキドキ出来れば、それだけで良いんだ。
 もっと明るく楽しく分かりやすい物を!』

 という上司の意向で、例のゲームの面白いと思っていた設定が、バッサリとカットされてしまったと言う。
 真里は元々ゲームよりもラノベが好きな子だったので、上司の決定が余程納得出来なかったらしい。
 酔う度にその愚痴を零していた。

(やっぱり、私の方が幸せだわ)

 麗良は誰かと比べる事でしか、自分の幸せを感じる事が出来ない、残念な女だった。
 とは言え、表面上は友人の愚痴を親身になって聞いてあげる、善良な人間の振りをしていた。

 あまりに何度も聞かされるので、麗良もいつの間にか、その省略された設定とやらを覚えてしまった。

 配信されてから、実際にそのゲームをプレイしてみたが、ありふれた乙女ゲームに仕上がっていた。
 確かに真里の言う通り、単純過ぎる内容で面白味がないかもしれない。
 ただ、作画だけはとても好みだったので、麗良は心の中で真里に聞いた設定を当てはめながらゲームを楽しんだ。

『キャラ設定を変更した』というよりは、単純に『余分な所を削除した』って感じだったので、キャラクター達は寧ろ『幻の裏設定』があった方が自然だと感じる様な行動をとっている。
 仕事が雑だなぁと苦笑しながらも、裏設定を当て嵌めて想像を膨らませたい麗良にとっては、好都合だった。



 麗良はその日も友人達と酒を飲み、仕事先のデイサービス利用者の愚痴を零した。
 夜も深まり、友人と別れて一人、千鳥足で帰路に着く。

 歩きスマホで例のゲームをしていたら、踏切の中央で、レールに躓いて転んだ。
 酔っていた上に足を捻ってしまい、なかなか立ち上がれず、そうこうしている内に警報音が鳴り始めた。

 遅い時間なので周囲には人影もなく、非常停止ボタンを押してもらう事さえ出来ない。

 焦れば焦る程、体が上手く動かせない。
 迫り来るヘッドライト。
 鳴り響く警笛が、耳を劈く。

 麗良の記憶は、そこでプツリと途切れた。
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