【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

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168 恋する乙女

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 週末はヘーゼルダイン公爵邸の庭園に招かれた。
 フレデリカとベアトリスに、ハリエットも交えて四人で女子会である。

 今年の残暑は比較的穏やかで、今日は屋外でも過ごし易い気候であった。
 秋薔薇にはまだ少し早いが、その代わり、大輪のダリアが美しく咲き誇っている。
 時折頬を撫でる風が心地良い。

「私までお誘い頂き、ありがとうございます」

 初めて公爵邸に招待されて緊張した様子のハリエットに、フレデリカは鷹揚に答える。

「良いの良いの。
 来てくれて嬉しいわ。
 最近学園内が騒がしいから、皆んなでゆっくりお茶をする時間が欲しいなと思って」


 香り高い紅茶が饗されて、楽しい女子会がスタートした。


「な、何ですか、この美味し過ぎる食べ物は!
 公爵令嬢に生まれると、こんな美味しいケーキがいつでも食べられるのですね。なんて妬ましい!」

 相変わらず正直過ぎるハリエットに、フレデリカがクスクスと笑う。

「フフッ。
 公爵家に生まれた事で色んな人に妬まれたけど、そんな理由で、しかも面と向かって言われたのは初めてよ。
 沢山あるから、どんどん食べてちょうだい」

「わあ、ありがとうございます!」

 フレデリカが入学してからも、何度かハリエットと一緒に昼食をとる事があったけど、二人は意外と気が合うらしい。
 多分、ハリエットの裏表が無いサッパリとした感じが、高位貴族令嬢のフレデリカから見ると好ましいんだと思う。
 プリシラと違って無礼な振る舞いはしないし。

「確かに、こんなに穏やかな気持ちでお茶を飲むのは久し振りね」

 紅茶を一口飲んだベアトリスは、満足そうに微笑んだ。
 以前はお昼休みに学園のカフェで食後のお茶を楽しむ事もあったが、クリスティアンとプリシラを批判する声がどこに居ても聞こえてくる。
 しかも、彼等と浅からぬ因縁がある私達にも好奇の視線が向けられるので、全く落ち着かないのである。

「昨日も元聖女候補が女子生徒に囲まれているのを見たわよ」

「どうしても身分が低い彼女の方が攻撃を受けやすいのよね。
 私としては、もっとポンコツ王子の方も責めるべきだと思うのだけど」

 フレデリカが齎した目撃情報に、ベアトリスは溜息をつく。

「アイザック様によればウェブスター嬢に過剰な制裁を加えようとする者も、騎士が取り締まっているらしいですから、多分怪我をしたりはしないと思いますけど。
 嫌いな相手でも、集団で虐められているみたいに見えると、ちょっと可哀想になりますね」

「相変わらずオフィーリアは寛大ね。
 貴女、あの女には迷惑ばかり掛けられていたのだから、もうちょっと怒っても良いのに。
 お兄様なんて、『まだまだ生温い!』って言ってたわよ」

「フフッ。
 まあ、アイザックは、そう言うでしょうね。
 オフィーリアを煩わせたのですもの」

「でも、ポン…クリスティアン殿下も、初日に比べたらかなり大人しくなりましたね」

 ハリエットも今、『ポンコツ』って言いかけたよね?

「やっと自分の立場が分かったのかしらね?
まあ、今更遅過ぎるけど」

「大人しいからといっても、反省してるかどうかさえ微妙な所ね」

 フレデリカもベアトリスも、クリスティアンに関しては辛辣だ。


「さて、じゃあ、愚か者達の話はこれくらいにして、本題に入りましょうか?」

 唐突なフレデリカの言葉に、ベアトリスだけがキョトンと首を傾げる。

「え? 本題?」

「そうよ! 領地で婚約者と過ごしたんでしょう?
 詳細を聞きたくてウズウズしていたんだけど、学園ではニコラスが一緒にいる事も多いから、遠慮してたのよ!」

 ベアトリスに振られたニコラスの前でその話を聞くのは、流石に憚られるよね。

「え? 何? 今日ってそういう会だったの?」

 ほんのりと頬を染めながら動揺するベアトリスに、私達三人はウンウンと頷いた。
 女子会といえば、やっぱり恋バナだよね。

「私も気になっていました。
 まあ、幸せそうな顔をしていたので、上手くいっているんだろうとは思ってましたけどね」

 揶揄う様にそう言えば、ベアトリスの頬が益々赤くなった。
 普段は姉御肌なベアトリスなのに、自分の恋愛についてはウブな反応を見せる。
 そのギャップが、堪らなく可愛い。

「べ、別に普通よ」

「普通に口付けとかしちゃった?」

 平静を装いながらティーカップを傾けたベアトリスだが、フレデリカのストレート過ぎる問いに、口に含んだ紅茶を吹き出しそうになる。

「グッ……、ゴホッ」

「大丈夫ですか? ベアトリス様」

「……ありがとう、ハリエット。大丈夫よ」

 ハンカチで口元を隠し、背中をさすってくれたハリエットにお礼を述べながら、ベアトリスはフレデリカを涙目で睨んだ。

「もしかして、図星ですか?」

 順調そうなのは嬉しいけど、ちょっぴり複雑な気持ちだわ。
 まだ婚約してからちょっとしか経ってないのに、私の可愛いベアトリスが……。
 なんだか娘を嫁に出す様な気分よ。

「ち、違うわ!
 …………その……、額にされただけよ」

 蚊の鳴くような声で呟き、恥ずかしそうに俯くベアトリスに、不覚にも胸を撃ち抜かれた。
 フレデリカとハリエットも私と同じ思いだったのか、自分の胸をギュッと強く押さえている。


「ハロルド様と一緒に過ごしたと言っても、残念ながら、本当に短い時間だけだったの」


 ベアトリスが領地についてから一週間程すると、アディンセル侯爵領の混乱はかなり収まってきたので、辺境伯は自領へ帰ることになったらしい。
 まあ、娘さんもいる事だし、仕事とはいえ、あまり長く留守にする訳にもいかないのだろう。
 それでも、その一週間の間に忙しい合間を縫って何回かは、二人きりでお茶を飲んだり、ゆっくりと話をする時間を取ってくれたという。

 そして、とうとう別れの時。
 彼はベアトリスの頬を撫でながら『名残惜しいな』と呟くと、彼女の額にそっと口付けを落としたのだ。


 話を聞き終えた時、ホゥッと吐息を零したのは誰だったのだろう?
 もしかしたら全員かもしれない。

 良いなぁ、初々しい恋バナ。
 癒される。


「最初は、一緒になれるなら、ずっと片想いでも良いと思っていたのだけど……。
 もしかしたら諦めなくても良いのかなって、ちょっと期待しちゃって」

 ベアトリスは期待と不安が入り混じった様な瞳でそう言った。

「まだ愛されてないと思ってるの?」

 フレデリカが信じられないとでも言いたげな視線を向けると、ベアトリスは少し悲しそうに俯いた。

「愛の言葉は頂いてないもの……」

 私達三人は視線を交わして、肩を竦めた。

 ベアトリスの話を聞く限り、とっくに愛されているとは思うのだけど……。
 話を聞いただけでは確実では無いし、私達が勝手に辺境伯の気持ちを代弁するのは違う気がする。

 普段のベアトリスなら、『私の事、どう思ってるの? ハッキリしなさいよ!』とか詰め寄りそうだけど、好きな人が相手だとそうも行かないんだろうな。
 恋する乙女の心というのは、繊細な物なのだ。

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