【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

文字の大きさ
上 下
159 / 200

159 お尋ね者

しおりを挟む
 ヘーゼルダイン公爵家の夫人の執務室は邸の南側に面しており、開け放たれた窓からは爽やかな風と共に明るい日差しが入ってくる。

 夏期休暇中の私は度々ここを訪れて、公爵夫人から家政を習っていた。

「その書類の計算は終わったかしら?」

 公爵夫人がそう声を掛けてきたのは、折しも四度目の検算を経て、やっと私が正答に辿り着いた時だった。

 算術はとても苦手である。
 電卓が恋しい。

「はい。丁度今終わりました。
 計算が遅くて申し訳ありません」

 トントンと書類を揃えながらそう言うと、公爵夫人は首を横に振った。

「いいえ、全然遅くなんかないわ。優秀よ。
 私が若い頃なんて、とっても酷かったんだから。
 オフィーリアが来てくれる様になって、私はかなり助かっているの」

 ニコニコしながらそう言ってくれる公爵夫人に、私は照れ笑いを浮かべる。

「勿体ないお言葉です」

 どうやら夫人は褒めて伸ばすタイプの人らしいのだが、過剰な褒め言葉をかけられると、嬉しい反面、胸の奥がむず痒くて落ち着かない気持ちになる。

「今日はこのくらいにしましょうか。
 アイザックも昼過ぎくらいに仕事が終わると言っていたから、そろそろ帰ってくると思うの。
 偶には一緒に過ごしてあげて」

 そう言われて時計に視線を向けると、針は午後二時を少し回った所だった。
 昼食を挟んで午前中から作業をしていたので、かなりの書類が片付いた。

「お気遣いありがとうございます」

「じゃあ、アイザックが帰ってくるまで、談話室でのんびりしておいて」

 壁際に控えていたエイダに公爵夫人が目配せをすると、彼女は私を連れて執務室を出た。
 談話室へと向かう途中で、来客の使用人用の控え室で待っていたリーザも合流する。
 リーザはまだエヴァレット伯爵家の侍女なので、公爵夫人の執務室には入れないのだ。


 少し進んだ廊下で、パメラとばったり出会った。

「あ、フィーさま。
 おつかれさまでございます」

 ペコリと頭を下げたパメラ。
 最近はすっかり大人びた口調で話す様になったが、やっぱりまだ『オフィーリア』は言い辛いらしい。
 舌っ足らずな喋り方も可愛かったので、ちょっとだけ淋しい気もする。
 子供の成長は早いと言うけど、他人の子供だと特に早く感じるものだ。

 将来は私の子供の侍女になりたいと言い出したらしく、言葉遣いとかにも気を付け始めたという。

「これから談話室でアイザック様のお帰りを待つのだけど、良かったらその間パメラが話し相手になってくれない?」

 そうお願いすると、パメラは上目遣いで母親の顔色をチラリと覗った。
 エイダが小さく頷いたのを見て、パァッと嬉しそうに笑う。

「はい。ありがたく、ごいっしょさせていただきましゅ」

 たまにちょっと噛む。
 そこがまた可愛い。





「おや。酷いな。
 仕事をしている間に、僕専用の枕が奪われてしまったみたいだ」

 帰宅したアイザックが、私達の姿を目にして拗ねた様にそう言った。

 アイザックを待っている間、パメラを愛でながらお菓子を食べさせていたのだが、お腹いっぱいになったパメラがウトウトし始めたので、膝枕を提供したのだ。

「今日だけパメラの枕です」

「仕方ないか。オフィーリアは可愛いものに弱いからな」

 そう言いながらパメラの前髪を指先で整えるアイザックは、とても優しい目をしている。

 私達の会話の邪魔にならない様にと、エイダがパメラを抱き上げ、別室へと連れて行ってくれた。


「アイザックは良いお父さんになりそうですね」

「どうかな?
 分からないけど、オフィーリアの子だというだけで無条件に愛せる自信ならあるよ」

 意味あり気な眼差しを向けられて、頬が熱くなる。

 そうか。アイザックがお父さんになるって事は、私が彼の子を産むって事か。

 改めて実感すると、なんだかとても大胆な発言をしてしまった様な気がして、ちょっと恥ずかしくなる。

 私は照れ隠しも兼ねて、話題を変える事にした。

「捜査の方はどうなってますか?」

「『レイラ』に関しては、公開捜査に切り替えることになったよ。
 最初はこちらが追っている事を悟られない様に動いていたが、ここまで探しても手掛かりが見つからないなら、広く情報を集めた方が良いって事になったんだ。
 明日の新聞に載るし、あちこちでビラも配られる予定」

「指名手配されるのですね」

「うん。正体が判明すると良いけどね」

 あれ? 名前が偽名かもしれなくても指名手配って言うのかな?

 そんなどうでも良い疑問が頭に浮かんだ。
 どちらかと言えば、お尋ね者の方が適切かもしれない。
 なんか、時代劇感が凄いけど。


「クリスティアン殿下達はどうしてます?」

 数日前に、あの二人の学園卒業後の処遇が発表された。

 王子や聖女候補という肩書きを失い、平民になるだけでも、彼等には耐えられないだろう。
 更にそれを周知された状態で、学園に通い続けろだなんて───。

 流石はサディアス殿下、絶妙に嫌な罰を考えたものだ。

「プリシラ・ウェブスターは、実兄に散々叱責されて一応反省しているみたい。
 王都内に小さな部屋を借りて、兄と共にそこで質素に暮らしながら、半年間学園に通うそうだよ。
 クリスティアンの方は自室で謹慎中。
 父親の退位がショックだったみたいで大人しくはしているけど、反省してるかどうかは微妙だな」

 一番の味方だった国王が失脚したのは、クリスティアンにとって大きな誤算だろう。
 陛下の退位を嘆くのは、父への愛情があるからなのか、それとも打算的な理由からなのか。
 もしも後者ならば、きっと反省なんてしていないんだろうな。

「僕はもっと重い罰を与えても良いと思うんだけどね」

「私はこれで良いと思いますよ?
 法を犯していない者に、あまり強過ぎる罰を与えると混乱を招きますから」

 それに、皆んなが彼等に対して酷く腹を立てているのを見ていたら、なんか気が済んじゃったんだよね。
 クリスティアンに関してはベアトリスが一番の被害者だから、ベアトリスが納得すればそれで良いんじゃないかと思うし。




 翌日、予定通りに『レイラ』の公開捜査が始まった。
 その効果は、意外と直ぐに表れた。

しおりを挟む
感想 1,005

あなたにおすすめの小説

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...