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158 自分で蒔いた種《サディアス》
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「ところで、『レイラ』という名に聞き覚えはないか?」
サディアスの問いに、クリスティアンは首を傾げる。
「いえ、聞いた事がありません」
「そうか。ウェブスター嬢の友人だったらしいが」
「彼女から友人の話は何度か聞きましたが、名前までは覚えていません」
「聞いた私が馬鹿だったな」
考えてみれば、クリスティアンは自分の興味がある事以外を覚えたりしないだろう。
「まあ知らないならば仕方ない。
では、これからの事について、話そうか」
「…………はい。
私は、どんな処分をされるのでしょう?」
眉根を寄せたクリスティアンが、やさぐれた様子で質問を投げる。
常日頃から思慮の浅いクリスティアンだが、流石にお咎め無しとはいかないと分かっているらしい。
呼び出したのが父であれば、まだ謝れば許されると思ったかもしれないが、サディアスはそんなに甘くないのだ。
サディアスは愚弟を焦らす様に、ゆったりとした動作でティーカップを手に取り、紅茶で喉を潤してから口を開いた。
「取り敢えず、これから卒業までの間は、毎日真面目に学園に通って貰おうか。
約半年後、お前が学園を卒業したら、王家の籍から除外する。その際、爵位を授ける予定は無い。
因みに、この決定は三日後、全国民に向けて大々的に発表する。
何処かの貴族家に婿養子に行くなら止めはしない。
まあ、王家からも国民からも疎んじられている気位が高いだけの元王子を、受け入れてくれる家があるとは思えないがな」
サディアスの言葉を聞いたクリスティアンは、眉間の皺を益々深くして固まった。
おそらく、自分が予想していた内容と違っていた為に、戸惑っているのだろう。
暫し、重苦しい沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、クリスティアンだった。
「……それじゃあ、私は針の筵の様な学園生活を、半年も過ごさなければならないのですか?」
サディアスは微かに口角を上げて頷いた。
クリスティアンは馬鹿だから理解出来ないかと思ったが、処罰の意味を正確に把握してくれた事はある意味僥倖である。
「ああ。
それだけで良いと言っているのだから、私は寛大だろう?」
まあ、その半年間で反省の色が見えなければ、更に重い罰を与える用意があるので、正確には『それだけ』では無いのだけれど。
それでも、充分に寛大な措置であるはずだ。
間も無く平民になる事が決まっているとはいえ、今はまだ第二王子なのだから、普通ならばそこまで酷い扱いはされないはず。
あくまでも、普通ならば。
そこは、これ迄の態度や人間関係が大きく影響するだろうから、もしも学友達から軽視されて酷い目に遭ったとしても、自分の蒔いた種である。
「………………はい」
ここで余計な事を言えば、もっと分かり易くキツい仕置きが与えられるとでも思ったのか、クリスティアンは苦い物でも飲み込んだ様な表情で頷いた。
「それで……、プリシラは、どうなるのでしょう?」
そう尋ねたクリスティアンの表情には、心配というよりも、悔しさが滲み出ている。
(本物の屑だな)
堪え切れずに、サディアスは大きく溜息を吐いた。
愚弟は愛した人の身を案じる事もせず、自分だけが重い罰を受けるのではないかと不満を覚えているのだ。
「ウェブスター男爵家は爵位を返上して、家業を守りながら細々と生きて行くそうだ。
娘以外はまともだったから、一応止めたんだがな。
だから、ウェブスター嬢もゆくゆくは平民となる。
彼女の兄は、お前への処罰を聞いて、『プリシラにも同じ罰を』と申し出たから、爵位の返上は半年後と決まった。
ウェブスター嬢も、卒業まで学園に毎日通わせる予定だ。
彼女の事は、今後は家族が支えて行くのだろう」
「そう、ですか」
「何だ? 不服そうだな」
「いえ、そういう訳では……」
慌てて否定するクリスティアンだが、表情までは取り繕えていない。
「自分と違って、支えてくれる家族がいるのが狡いとでも思っているのか?
彼女がここまで暴走してしまったのは、お前が過剰に優遇したせいでもあるんだぞ。
少しは責任くらい感じたらどうだ?
言っておくが、プリシラ・ウェブスターは事情聴取の間、お前を責める言葉は一切出さなかったそうだよ。
これ迄の彼女の行いは酷かったが、お前よりはよっぽど誠実さがあると思わないか?」
「……プリシラが……?」
意外そうに呟いたクリスティアンは、微かに瞳を彷徨わせた。
「今日の聴取はここまでとする。
また確認したい事があれば呼ぶので、それ以外は部屋から出ない様に」
そう指示を出すと、クリスティアンはのっそりと立ち上がり、深く頭を下げてから、応接室を後にした。
その背中を見送り、扉が閉まると、サディアスは深く息を吐き出す。
「我が弟ながら、馬鹿と話すと疲れる」
「お疲れ様です」
背後に控えていた護衛騎士が、サディアスを労った。
「他責思考が強いのは、父上の影響か?
まさか、恋人であったウェブスター嬢にまで責任を押し付けるとは」
「その件ですが……」
「何だ?」
「クリスティアン殿下が学園に入学なさる少し前、アディンセル侯爵邸でパーティーが開かれ、私も参加しました。
その際クリスティアン殿下は、エヴァレット嬢の影響でアイザック様が自分から離れたのだと言い掛かりをつけて、騒ぎを起こしたのです」
「は? ウェブスター嬢と出会う前ではないか」
「ええ。
勿論、アイザック様は直ぐにキッパリと否定なさって、その場は収まりましたが。
もしかしたらウェブスター嬢に対しても、クリスティアン殿下の方が先に、エヴァレット嬢を糾弾する様な発言をなさったのかもしれません。
元々ウェブスター嬢も同じ考えだったのかもしれませんが」
護衛の言葉を聞いて、サディアスは頭を抱えた。
「故意にウェブスター嬢に責任をなすり付けているのか、それとも、どちらが先に言ったか覚えていないのか……。
どちらにせよ、本当に馬鹿だな」
半年間の学園生活で、少しは自分の愚かさに気付いてくれれば良いのだが。
最悪は『幽閉してそのまま……』という末路も考えなければいけないかもしれない。
サディアスの問いに、クリスティアンは首を傾げる。
「いえ、聞いた事がありません」
「そうか。ウェブスター嬢の友人だったらしいが」
「彼女から友人の話は何度か聞きましたが、名前までは覚えていません」
「聞いた私が馬鹿だったな」
考えてみれば、クリスティアンは自分の興味がある事以外を覚えたりしないだろう。
「まあ知らないならば仕方ない。
では、これからの事について、話そうか」
「…………はい。
私は、どんな処分をされるのでしょう?」
眉根を寄せたクリスティアンが、やさぐれた様子で質問を投げる。
常日頃から思慮の浅いクリスティアンだが、流石にお咎め無しとはいかないと分かっているらしい。
呼び出したのが父であれば、まだ謝れば許されると思ったかもしれないが、サディアスはそんなに甘くないのだ。
サディアスは愚弟を焦らす様に、ゆったりとした動作でティーカップを手に取り、紅茶で喉を潤してから口を開いた。
「取り敢えず、これから卒業までの間は、毎日真面目に学園に通って貰おうか。
約半年後、お前が学園を卒業したら、王家の籍から除外する。その際、爵位を授ける予定は無い。
因みに、この決定は三日後、全国民に向けて大々的に発表する。
何処かの貴族家に婿養子に行くなら止めはしない。
まあ、王家からも国民からも疎んじられている気位が高いだけの元王子を、受け入れてくれる家があるとは思えないがな」
サディアスの言葉を聞いたクリスティアンは、眉間の皺を益々深くして固まった。
おそらく、自分が予想していた内容と違っていた為に、戸惑っているのだろう。
暫し、重苦しい沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、クリスティアンだった。
「……それじゃあ、私は針の筵の様な学園生活を、半年も過ごさなければならないのですか?」
サディアスは微かに口角を上げて頷いた。
クリスティアンは馬鹿だから理解出来ないかと思ったが、処罰の意味を正確に把握してくれた事はある意味僥倖である。
「ああ。
それだけで良いと言っているのだから、私は寛大だろう?」
まあ、その半年間で反省の色が見えなければ、更に重い罰を与える用意があるので、正確には『それだけ』では無いのだけれど。
それでも、充分に寛大な措置であるはずだ。
間も無く平民になる事が決まっているとはいえ、今はまだ第二王子なのだから、普通ならばそこまで酷い扱いはされないはず。
あくまでも、普通ならば。
そこは、これ迄の態度や人間関係が大きく影響するだろうから、もしも学友達から軽視されて酷い目に遭ったとしても、自分の蒔いた種である。
「………………はい」
ここで余計な事を言えば、もっと分かり易くキツい仕置きが与えられるとでも思ったのか、クリスティアンは苦い物でも飲み込んだ様な表情で頷いた。
「それで……、プリシラは、どうなるのでしょう?」
そう尋ねたクリスティアンの表情には、心配というよりも、悔しさが滲み出ている。
(本物の屑だな)
堪え切れずに、サディアスは大きく溜息を吐いた。
愚弟は愛した人の身を案じる事もせず、自分だけが重い罰を受けるのではないかと不満を覚えているのだ。
「ウェブスター男爵家は爵位を返上して、家業を守りながら細々と生きて行くそうだ。
娘以外はまともだったから、一応止めたんだがな。
だから、ウェブスター嬢もゆくゆくは平民となる。
彼女の兄は、お前への処罰を聞いて、『プリシラにも同じ罰を』と申し出たから、爵位の返上は半年後と決まった。
ウェブスター嬢も、卒業まで学園に毎日通わせる予定だ。
彼女の事は、今後は家族が支えて行くのだろう」
「そう、ですか」
「何だ? 不服そうだな」
「いえ、そういう訳では……」
慌てて否定するクリスティアンだが、表情までは取り繕えていない。
「自分と違って、支えてくれる家族がいるのが狡いとでも思っているのか?
彼女がここまで暴走してしまったのは、お前が過剰に優遇したせいでもあるんだぞ。
少しは責任くらい感じたらどうだ?
言っておくが、プリシラ・ウェブスターは事情聴取の間、お前を責める言葉は一切出さなかったそうだよ。
これ迄の彼女の行いは酷かったが、お前よりはよっぽど誠実さがあると思わないか?」
「……プリシラが……?」
意外そうに呟いたクリスティアンは、微かに瞳を彷徨わせた。
「今日の聴取はここまでとする。
また確認したい事があれば呼ぶので、それ以外は部屋から出ない様に」
そう指示を出すと、クリスティアンはのっそりと立ち上がり、深く頭を下げてから、応接室を後にした。
その背中を見送り、扉が閉まると、サディアスは深く息を吐き出す。
「我が弟ながら、馬鹿と話すと疲れる」
「お疲れ様です」
背後に控えていた護衛騎士が、サディアスを労った。
「他責思考が強いのは、父上の影響か?
まさか、恋人であったウェブスター嬢にまで責任を押し付けるとは」
「その件ですが……」
「何だ?」
「クリスティアン殿下が学園に入学なさる少し前、アディンセル侯爵邸でパーティーが開かれ、私も参加しました。
その際クリスティアン殿下は、エヴァレット嬢の影響でアイザック様が自分から離れたのだと言い掛かりをつけて、騒ぎを起こしたのです」
「は? ウェブスター嬢と出会う前ではないか」
「ええ。
勿論、アイザック様は直ぐにキッパリと否定なさって、その場は収まりましたが。
もしかしたらウェブスター嬢に対しても、クリスティアン殿下の方が先に、エヴァレット嬢を糾弾する様な発言をなさったのかもしれません。
元々ウェブスター嬢も同じ考えだったのかもしれませんが」
護衛の言葉を聞いて、サディアスは頭を抱えた。
「故意にウェブスター嬢に責任をなすり付けているのか、それとも、どちらが先に言ったか覚えていないのか……。
どちらにせよ、本当に馬鹿だな」
半年間の学園生活で、少しは自分の愚かさに気付いてくれれば良いのだが。
最悪は『幽閉してそのまま……』という末路も考えなければいけないかもしれない。
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