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155 事情聴取《アイザック》

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 アイザックはプリシラの事情聴取を買って出た。
 オフィーリアと因縁のある相手の聴取なので、サディアスは私刑を危惧したが、どうしてもと押し切られて渋々ながら許可をした。

 いくら腹立たしい相手であっても、アイザックとて、か弱い婦女子に物理攻撃を加えるつもりは無い。
 まあ、ちょっぴり恫喝くらいはするかもしれないけど。
 その程度はご愛嬌だろ?


 扉をノックして入室すると、プリシラとその兄が並んでソファーに座っている。
 彼女の行動は問題だらけであったが犯罪者ではないので、場所は取り調べ室ではなく簡素な応接室で、保護者代わりの兄と共に話を聞く事となった。

 散々兄に叱られたせいで神妙な顔をしていたプリシラだが、アイザックの姿を見て安堵したかの様に頬を緩めた。

「あぁ、良かったぁ。ヘーゼルダイン様が私の担当なのですね」

 筆頭公爵家の嫡男に向かって挨拶もせず気さくに話し掛けたプリシラに、隣の兄がギョッとした眼差しを向ける。

「プリシラ、身分を弁えなさい!」

 青褪めた顔で妹を窘める兄は、やっぱり常識人であるらしい。
 しかし、妹の方は不服そうに唇を尖らせた。

(その表情、まさか可愛いとでも思ってやっているのか?)

 アイザックが頭に思い浮かべたのは、子供の頃、東方の異国に旅をした時に見かけた『ひょっとこ』という名の仮面だった。
 全く可愛くはない。
 どちらかと言えば滑稽である。

「だって、ヘーゼルダイン様とはお友達だもの……」

「君と友達になった覚えなどない。妄言を吐くのも大概にしてくれ」

 冷たく言い放ちながら、向かいのソファーに腰を下ろす。

「そんな……」
「プリシラッ!!」

「でも、ヘーゼルダイン様はクリスティアン殿下のお友達なのですから、私のお友達も同然でしょう?」

 どんどん顔色が悪くなる兄は、なんとか妹を黙らせようと名を呼ぶが、彼女はお構い無しに謎の持論を展開した。
 オフィーリアがこの場にいたら、サングラスをかけたお昼の司会者を思い出したに違いないが、生憎転生者ではないアイザックはプリシラへの不気味さを感じただけだった。

「なんだ、その気色悪い理論は?
 そもそも、僕はクリスティアンとも既に友人ではない。
 僕のオフィーリアに変な言い掛かりをつける君達と、友達になれる訳ないだろ?」

「それは誤解ですっ!
 私はただ、エヴァレット伯爵令嬢が、ヘーゼルダイン様を利用しようとしているのを止めて差し上げたくて……」

「そんな事実は無い」

「だって、そう聞いたんですもの」

「誰に?」

「私のお友達の『レイラ』って子に……」

 それを聞いた瞬間、アイザックはガタッと大きな音をたてながら立ち上がった。
 鋭く睨まれたプリシラは、あまりの剣幕に驚き、ビクッと肩を跳ねさせる。

「今、『レイラ』と言ったか? 誰だ?」

「だ、だから、私のお友達です」

「君との関係性はどうでも良いっ!
 何処の誰かと聞いている。家名は? 住居は?」

「……わ、分かりません」

 掴みかからんばかりの勢いで尋問するアイザックに、プリシラはたじろぎながら答えを返す。

「分からない? 友達なのに?」

「その……、王都の小さな治療院で、事務のお仕事をしている女性なんです。
 私が市井で治癒魔法のボランティアをしていた時に知り合いました。
 その治療院に行けば大抵は会えましたから、連絡先も聞いていません。
 ……そう言えば、しばらく会っていませんね」

 アイザックはプリシラに治療院の場所を聞き出すと、メモを取って外に控えている騎士に渡し、調べろと指示を出してから戻ってきた。

 先程よりも深くソファーに腰掛けたアイザックは、気を静める為に大きく息を吐き出した。

 プリシラの兄は、二人の会話から妹がアイザックやオフィーリアにも迷惑を掛けたのだと初めて知ったらしく、今にも死にそうな顔をしている。
 可哀想だとは思うが、現実を知ることは必要だ。

「レイラという女の事を話して貰おう。
 どんな人物なのか、どんな会話をしたかも全てだ」

「……分かりました」

 プリシラの友人『レイラ』の容姿は、ヴィクターの恋人の容姿と一致していた。
 髪も貴族令嬢にしては短めだし、同年代に見えるのに学園に通っていないので、平民だろうと思っていたが、それにしては所作が綺麗だったとの事。

 然程期待はしていなかったが、残念ながらプリシラも、レイラに関する情報を殆ど持っていなかった。


 因みに、これまでオフィーリアに執拗に絡んでいたのは、その『レイラ』のアドバイスに従っての事だったそうだ。

 アイザックがクリスティアンから離れたのは、オフィーリアが悪影響を及ぼしているからだ。そして、オフィーリアがアイザックに執着しているのは、元婚約者を悔しがらせたい為だ。
 ……と、レイラは言ったらしい。

(執着か……。
 オフィーリアになら、されてみたいくらいなんだけどなぁ)

 あまりにも現実とかけ離れた話に、アイザックは怒りも忘れて呆れてしまった。

「胡散臭いと思わないのか?
 その女は学園にも通っていないのに、どうやって僕やオフィーリアの情報を手に入れているんだ?
 何故、当事者である僕やオフィーリアの言い分を聞きもしないで、無関係な人間の話を信じるのか、全く理解が出来ない」

「それは……、だって、レイラは何でも良く知っていたんです」

「何でもとは?」

「その……、クリスティアン殿下の好みのタイプとか、アドバイスを貰ったり……」

 モジモジと恥じらいながら答えるプリシラ。
 そのアドバイスで恋が叶ったから、盲目的に信じる様になったのか?

 ヴィクターも言っていたが、やっぱりレイラとやらはクリスティアンの性格をよく知っているらしい。
 平民なのか、没落貴族なのか知らないが、王子と接する事が可能な身分とも思えないのに、何処から情報を仕入れているのだろう?

「ふぅん。益々胡散臭いな」

「私のお友達を、そんな風に言わないでください!」

 出たよ。良い子ぶりっ子。
 涙目で訴えるプリシラだが、全く心に響かない。

「君の『友達』って言葉は随分と薄っぺらいんだな」

「なっ……! そんな事ありません!」

「クリスティアンの元友達だったからという訳の分からん理由で、殆ど話したことも無い僕を勝手に友達扱いしたかと思えば、ファーストネームと職場以外何も知らない、何処の誰かも分からない女を友達だと言って過剰に信じている。
 おかしいと思わないのか?」

「……」

「それで、そのレイラとか言う女の情報はもう無いのか?
 性格とか、行動パターンとか、趣味とか、友達ならばもっと何か知っているはずだろ?」

「あ、お香が趣味なのかもしれません。
 一度貰った事がありました。
 甘いお菓子みたいな匂いで、悩みが晴れるからって。
 私は普段お香とか焚かないから、他の人にあげちゃったんですが……。
 そう言えば、クリスティアン殿下からも似た匂いがした事があった気がします」

(あの香の事だな)

 疲労回復、安眠、人によって違う効能を謳っていたが、今度は精神安定か?
 プリシラには必要なさそうに見えるが、何か悩み相談でもした時に渡されたのかもしれない。

「あげたとは、誰に?」

「名前は知らないけど、一年位前まで教会によく来ていた信者の女性で、教皇猊下のお部屋から出て来た時に、物凄く深刻そうな顔をしていたから……。
 あ、そうそう、王宮侍女の方かもしれません。クリスティアン殿下に会いに王宮へ来た時にお見かけした事があるので」

 一年前まで熱心な信者だった、王宮にも出入りしている女性……。

「……そうか、彼女に香を渡したのは、君だったんだな」

「彼女を知っているんですか?」

「ああ、王宮の侍女だった」

「だった?」

「死んだよ。
 君に渡された香のせいで気が大きくなって、姫殿下に薬を盛ったんだ。
 それで捕まって、自ら命を絶った」

「………………………え?」

 長い沈黙の後、プリシラは小さく疑問の声を漏らした。

「死んだんだ。
 罪を犯して自害した。教皇の指示でね」

「死んだ、なんて……。
 私、そんなつもりじゃなくて、ただ私には必要無いから、役に立てば良いと思って……。
 レイラが、安全な物だって言ったからっ」

 人が死んだという事実がショックだったのか、プリシラは酷く動揺し、目を泳がせながら震える声で訴える。
 侍女の手に香が渡ってしまった事に関しては不幸な事故であり、プリシラが悪いとは言えない。
 それでも、貴族に生まれた以上、自身の行動によって引き起こされた結果の重さは受け止めるべきだ。

「きっと、そう言うだろうと思った。
 悪気が無かったのは分かってる。
 だが、レイラという女はヴィクター・リンメルを唆して教皇の犯罪に加担させた危険人物だ。
 それに気付ける切っ掛けは多くあったはずなのに、君は何も考えずにレイラと親しく付き合い、教皇にも利用されそうになっていた。
 君が平民ならば、純然たる被害者でいられただろう。
 だが、高い身分には大きな責任が伴う物だ。
 男爵家とはいえ貴族令嬢で、聖女という高い身分を目指していた者としては、騙される事自体が罪となる場合だってある。
 どんな時でも『自分は悪くない』と簡単に言ってしまえる君は、光魔法が失われていなくても、聖女には向いていない」

 アイザックの言葉にプリシラは青褪めた顔を俯かせ、彼女の兄は深く頭を下げた。

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