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154 忘れかけていた存在《プリシラ》

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 王都へ続く街道を、プリシラ達一行はスピードを上げて進んでいた。
 お世辞にもクッションが良いとは言えない馬車の座席に座りっぱなしで悪路を走っている為、良い加減お尻が痛くて仕方がない。
 しかし、何度か試してみたものの、やっぱりプリシラの魔法は発動しなかった。

 石か何かを踏んだのか、ガタンッと馬車が大きく揺れて、プリシラは「キャッ」と悲鳴を上げる。

「……大丈夫か?」

「はい、済みません」

 隣に座っているクリスティアンは、一応気遣いの声を掛けてくれたが、プリシラの答えを聞くと直ぐに窓の外へと視線を戻した。
 これまでの様に本気で心配してくれる気配はない。
 それは慣れない強行軍で疲弊しているせいなのか、それとも光魔法を失ったプリシラへの愛情が目減りしているからなのか。
 同行している神官や騎士達も、往路の様に丁寧な扱いはしてくれず、不平を口にしようものならクリスティアンでさえ叱責されていた。

 聖女候補でもなくなり、王子の寵愛も失ったなら、自分に何が残るのか……。
 もう何度もそんな疑問が頭の片隅をよぎるが、考えるのが怖くて、プリシラは現実から必死に目を背けていた。

 道中は車中泊をさせられる事もあったが、体調管理や衛生面を考慮して、二日に一度は宿屋での宿泊を許された。
 だが、王都が近付くに連れて、宿屋の従業員の態度が悪くなり、遂には宿泊を断られる様になる。

「ハァ……。ここもダメでした。別の宿を探しましょう」

 宿の主人から宿泊を断られた王宮騎士が、溜息混じりにそう言った。

「どうして? こんな寂れた場所の宿が満室って事はないでしょう?
 部屋が空いているのに泊まらせてくれないなんて、酷いわ」

 辺境伯に叱責され、その後の取り調べでもこれまでの愚かな行動を諌められて、少しは反省していたはずのプリシラであったが、やはり忘れた頃に悲劇のヒロイン気質が出てしまう。
 王宮騎士は先ほどよりも大きな溜息をついた。

「良い加減にしないか。
 君達が忌避されているのは、フォーガス伯爵領へ辿り着くまでの愚行と、光魔法の消失が新聞記事になったからだ。
 酷いと嘆きたいのは、任務で同行しているだけで白い目で見られている我々の方だよ」

「……え?」

 出発前にあれだけ大口を叩いておいて、何の役にも立てなかったのみならず、多くの人の気分を害する行動をしてしまったのだという事を、もうプリシラだって流石に理解していた。
 光魔法を失った事もずっと隠しておける訳ではないし、いつかは周囲に噂が広まり、肩身の狭い思いをするのだろうと思っていた。

(だけど、こんなに早く新聞記事になってしまうなんて……)

 稀有な力を持っていると判明し、皆に持ち上げられて、傅かれて、自分は特別な存在であると勘違いしていた。
『特別な自分の考えは正しいに決まってる』と思い込んでしまうほどに。

『まだ聖女認定もされていない癖に、王子の婚約者になった訳でもない癖に、調子に乗ってるわよね』

 同級生の女生徒が自分の陰口を言っているのを聞いてしまっても、ただの嫉妬だと気にも留めなかった。
 でも、今にして思えば、彼女の言った事は正しかったのではないか?

 自分は調子に乗っていたのだ。
 そしてこれから、その代償を支払うことになるのだろう。

 そう考えると急激に血の気が失せて、体が勝手にカタカタと震え出すの止められなかった。


 結局、少し進んだ小さな町の小さな宿屋が、一行を受け入れてくれた。
 この宿の主人もプリシラとクリスティアンには憤っていたが、同行する騎士や神官に同情してくれたのだ。


 固く小さなベッドに横たわったプリシラは、その晩一睡も出来なかった。


 翌朝。顔色の悪いプリシラに気付いたクリスティアンだが、チラリと彼女を一瞥しただけで、何のリアクションも起こさなかった。
 プリシラも落ち込んだ様子で全く話さなくなり、それから王都へ着くまでの数日間、馬車の中には重苦しい空気が充満し続けた。



 王都に到着すると、意外な人物がプリシラを待ち受けていた。
 ウェブスター男爵家の嫡男。プリシラの兄である。

 兄はプリシラの姿を見るなり駆け寄ると、無言で彼女の頬を引っ叩いた。
 肉体派とは程遠い兄のビンタには殆ど威力がない。
 しかし、誰にも叩かれた事などないプリシラは、頬の痛み以上の衝撃を受けていた。

「……お兄、様…」

「お前はっ、自分が何をしたか分かってるのかっ!?」

 頬を手で押さえながら、蚊の鳴くような声で呼び掛けたプリシラを、兄は思い切り怒鳴り付けた。
 プリシラの肩がビクッと大きく震える。
 兄の瞳からは、大粒の涙が次々に零れていた。


 プリシラの慈善活動が逆効果を生んでいるという噂は、王都から遠く離れたウェブスター男爵領にも少し遅れて届いていた。
 それを耳にした兄は、『妹の悪い癖が出た』と思った。
 素直で明るくて、ある意味頑張り屋でもある。彼にとっては愛すべき妹なのだが、度々『自分は正しい』と思い込んで暴走してしまう悪癖がある事は、家族全員が知っている。

 だが、家業や領地の管理もあって、父も彼も簡単には王都へ行く事など出来ない。
 だから彼は、妹を諌める手紙を出した。
 思い込みが激しくて頑固な妹だが、家族など心を許した相手からの意見は、素直に聞くタイプだったから。
 まさか、その手紙が妹に届いていないなんて夢にも思わずに。

 聖女になるには光魔法の修行だけでなく、高位貴族並みの淑女教育も必要だろうと分かっていた兄は、プリシラからの返信がないのも忙しいせいだろうと考えていた。

 しかし、流石に二年も音沙汰がないのはおかしい。
 やっぱり一度は会いに行かなければと、家族で相談していた所へ、王家からの呼び出しがあった。
 馬に乗って数日前に駆け付けた兄は、そこでプリシラの愚行の全容を知る事になったのだ。

「何度も忠告の手紙を出したのに、私達の思いは、お前に全く届いていなかったんだな」

「え? 手紙?」

 失望を込めた兄の呟きに、プリシラはパッと顔を上げた。
 すると、女性神官の一人がおずおずと口を挟んだ。

「あの、多分、プリシラ様宛てのお手紙は、教皇猊下が隠蔽なさっていたのかと……」

「は? 私への手紙を渡してくれていなかったって事?
 じゃあ、やっぱり私は悪くないじゃない!」

「悪くない? 本気で言ってるのか?」

 小さな希望を見付けて瞳を輝かせたプリシラに、兄は信じられないという眼差しを向けた。

「良い年をして、家族に注意されなければ自分の問題行動に気付かなかった事を、まず恥じるべきだ。
 それにしても、私達家族から全然手紙が届かないのを、お前は少しもおかしいと思わなかったのか?
 お前の方から私達に手紙を出そうとはしなかったのか?
 それも教皇が握り潰していたのか?」

 その言葉を聞いて初めて、自分が大好きだったはずの家族の存在を忘れかけていた事に気付いて、プリシラは愕然とした。

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