153 / 200
153 もう一人の転生者?
しおりを挟む
一週間の休校措置が解除され、今日から久々に授業が再開される。
とは言っても、十日もすれば長い夏期休暇が始まってしまうのだけど。
貴族ばかりが通うウチの学園は、学業よりも社交に重きを置いているので、休みが多くなっても授業のスケジュールに問題はないらしい。
今朝も、アイザックは当たり前の様に、エヴァレット伯爵邸に私を迎えに来てくれた。
「おはよう。オフィーリア」
談話室で食後のお茶を楽しんでいた私とジョエルのもとへ、執事に案内されて来た彼は、爽やかな笑顔で朝の挨拶をする。
事件の関係者達の取り調べは佳境に入っている筈なのに、私の送り迎えなんてしていて大丈夫なのだろうか?
「こんなに頻繁に我が家へ顔をお見せになるなんて、随分とアイザック様には余裕がお有りなんですね。
王太子殿下に、『もっとお仕事を増やしても大丈夫そうですよ』とお伝えしましょうか?」
私との語らいを邪魔されたジョエルは、冷めた眼差しをアイザックに向けながら、盛大に嫌味を込めてそう言った。
「忙しいからこそ癒しが必要なんだよ。
毎日吸わないと、やってられない」
「吸う? 何を?」
「何をって、オフィーリアのせ…ムグッ」
咄嗟にアイザックの口を両手で塞ぐ。
「姉上の『せ』?」
お願いだから、弟の前で『成分』とか言わないでっっ!!
さっき迄の爽やかさは何処へ行ったのよ!?
「さぁ、アイザック様、そろそろ学園に参りましょう!」
まだ少し出発時間には早かったけど、私はアイザックを部屋の外へと押し出す。
振り返って「行ってきます」と手を振ると、ジョエルは怪訝な表情をしながらも手を振り返してくれた。
「ねぇ、オフィーリア」
馬車に乗ると、アイザックは私を膝に抱きかかえ、首筋へ顔を埋めた状態で話し始めた。
「やっ……!
擽ったいから、そこで喋らないでくださいよっ!」
身を捩りながら抗議すると、彼は微かに笑って「ごめん」と謝り、顔を上げてから再び口を開いた。
「オフィーリアは『レイラ』という名に聞き覚えはない?」
「初めて聞く名前ですね。どなたです?」
「ヴィクター・リンメルの供述に出て来た恋人の名前だ。
教皇の企みが成功する直前にその座を奪えって、ヴィクターを唆したらしい」
「教唆犯がいたんですか」
恋人ねぇ……。
リンメル先生が罪を犯す様に誘導したその女性も、その恋人の存在を取り調べで簡単に喋ってしまうリンメル先生も、相手を本当に想っている様には見えないわね。
まあ、恋愛の形なんて人それぞれなんだろうけどさ。
「でも、どうして私にそれを聞くのです?」
「その女、瞳の色が琥珀色らしいんだ」
「琥珀色って、もしかしたら乗馬クラブの事件の?」
「その可能性もあるんじゃないかと、僕は思っている。
何が目的なのかは分からないけどね」
「そうですね。
どうして私を狙ったりしたのか……」
態々私のファンを装って乗馬クラブに入り込み、私の馬に細工をしたのだ。
あの事件は、ただ騒ぎを起こしたかったとかではなく、明らかに私をターゲットにした物だった。
「クリスティアン達が使った香も、その女の差し金だったみたい。
まあ、レイラって名前は偽名の可能性も高いけどね」
「レイラ……」
無意識にその名を呟いていた。
初めて聞く名前なのに、なんとなく懐かしさを覚えるのは、日本人の女性名としても割とよく使われる名だからかもしれない。
人は咄嗟に偽名を名乗ろうとする時、知人の名前を拝借したり、自分の好きな花や好きな色なんかから連想したり、何かしら意味のある名を使ってしまうのだと聞いた事がある。
全く無関係な名前は、なかなか思い浮かばない物なのだ。
もしも、『レイラ』が偽名だとしたら、前世の名前を咄嗟に名乗った可能性もあるのではないだろうか?
つまり、転生者なのかもしれない。
だとすれば、私がクリスティアンやプリシラの邪魔をしていると気付いて、排除しようとしたのかしら?
『レイラ』の目的がリンメル先生を教皇にして、プリシラ達を使い思うままに国を動かす事だとしたら、ゲームと違う行動を取る私を疎ましく思ったのかも。
プリシラの周辺にも転生者の存在を感じていたが、もしかしたら同一人物?
「その女、他の事件関係者にも接触しているかもしれないですよ。
ウェブスター嬢とか、クリスティアン殿下とかにも、心当たりがないか聞いてみた方が良いかも」
「そうだな。
そういえば、あの二人、明後日の夕刻には王都に到着する予定なんだ。
現地でキッシンジャー辺境伯がある程度は事情聴取をしてくれたんだけど、こちらへ戻ったら改めて事情を聞く予定だから、『レイラ』についても確認する様に手配しよう」
「もう着くのですか?
随分早いのですね」
私が驚きの声を上げると、アイザックは苦笑いを浮かべる。
「殆ど休憩を取らせずに睡眠時間も最小限にしているらしいから。
まあ、緊急時はそれが普通なんだけどね」
「行きはかなりのんびりしてましたからね。
でも、あの二人が良く我慢してますね」
「最初はクリスティアンがブツブツ言ってたらしいけど、騎士達はサディアス殿下に『弟を王子として扱わなくて良い』って許可されてるから、厳しい態度を取ってるみたい」
「甘やかされてた王子様には良い薬ですね」
「かなり参ってるみたいだよ。
本当のお仕置きはこれからなのにね」
フフッと不穏な笑みを零すアイザックに、ちょっぴり背筋が冷たくなった。
とは言っても、十日もすれば長い夏期休暇が始まってしまうのだけど。
貴族ばかりが通うウチの学園は、学業よりも社交に重きを置いているので、休みが多くなっても授業のスケジュールに問題はないらしい。
今朝も、アイザックは当たり前の様に、エヴァレット伯爵邸に私を迎えに来てくれた。
「おはよう。オフィーリア」
談話室で食後のお茶を楽しんでいた私とジョエルのもとへ、執事に案内されて来た彼は、爽やかな笑顔で朝の挨拶をする。
事件の関係者達の取り調べは佳境に入っている筈なのに、私の送り迎えなんてしていて大丈夫なのだろうか?
「こんなに頻繁に我が家へ顔をお見せになるなんて、随分とアイザック様には余裕がお有りなんですね。
王太子殿下に、『もっとお仕事を増やしても大丈夫そうですよ』とお伝えしましょうか?」
私との語らいを邪魔されたジョエルは、冷めた眼差しをアイザックに向けながら、盛大に嫌味を込めてそう言った。
「忙しいからこそ癒しが必要なんだよ。
毎日吸わないと、やってられない」
「吸う? 何を?」
「何をって、オフィーリアのせ…ムグッ」
咄嗟にアイザックの口を両手で塞ぐ。
「姉上の『せ』?」
お願いだから、弟の前で『成分』とか言わないでっっ!!
さっき迄の爽やかさは何処へ行ったのよ!?
「さぁ、アイザック様、そろそろ学園に参りましょう!」
まだ少し出発時間には早かったけど、私はアイザックを部屋の外へと押し出す。
振り返って「行ってきます」と手を振ると、ジョエルは怪訝な表情をしながらも手を振り返してくれた。
「ねぇ、オフィーリア」
馬車に乗ると、アイザックは私を膝に抱きかかえ、首筋へ顔を埋めた状態で話し始めた。
「やっ……!
擽ったいから、そこで喋らないでくださいよっ!」
身を捩りながら抗議すると、彼は微かに笑って「ごめん」と謝り、顔を上げてから再び口を開いた。
「オフィーリアは『レイラ』という名に聞き覚えはない?」
「初めて聞く名前ですね。どなたです?」
「ヴィクター・リンメルの供述に出て来た恋人の名前だ。
教皇の企みが成功する直前にその座を奪えって、ヴィクターを唆したらしい」
「教唆犯がいたんですか」
恋人ねぇ……。
リンメル先生が罪を犯す様に誘導したその女性も、その恋人の存在を取り調べで簡単に喋ってしまうリンメル先生も、相手を本当に想っている様には見えないわね。
まあ、恋愛の形なんて人それぞれなんだろうけどさ。
「でも、どうして私にそれを聞くのです?」
「その女、瞳の色が琥珀色らしいんだ」
「琥珀色って、もしかしたら乗馬クラブの事件の?」
「その可能性もあるんじゃないかと、僕は思っている。
何が目的なのかは分からないけどね」
「そうですね。
どうして私を狙ったりしたのか……」
態々私のファンを装って乗馬クラブに入り込み、私の馬に細工をしたのだ。
あの事件は、ただ騒ぎを起こしたかったとかではなく、明らかに私をターゲットにした物だった。
「クリスティアン達が使った香も、その女の差し金だったみたい。
まあ、レイラって名前は偽名の可能性も高いけどね」
「レイラ……」
無意識にその名を呟いていた。
初めて聞く名前なのに、なんとなく懐かしさを覚えるのは、日本人の女性名としても割とよく使われる名だからかもしれない。
人は咄嗟に偽名を名乗ろうとする時、知人の名前を拝借したり、自分の好きな花や好きな色なんかから連想したり、何かしら意味のある名を使ってしまうのだと聞いた事がある。
全く無関係な名前は、なかなか思い浮かばない物なのだ。
もしも、『レイラ』が偽名だとしたら、前世の名前を咄嗟に名乗った可能性もあるのではないだろうか?
つまり、転生者なのかもしれない。
だとすれば、私がクリスティアンやプリシラの邪魔をしていると気付いて、排除しようとしたのかしら?
『レイラ』の目的がリンメル先生を教皇にして、プリシラ達を使い思うままに国を動かす事だとしたら、ゲームと違う行動を取る私を疎ましく思ったのかも。
プリシラの周辺にも転生者の存在を感じていたが、もしかしたら同一人物?
「その女、他の事件関係者にも接触しているかもしれないですよ。
ウェブスター嬢とか、クリスティアン殿下とかにも、心当たりがないか聞いてみた方が良いかも」
「そうだな。
そういえば、あの二人、明後日の夕刻には王都に到着する予定なんだ。
現地でキッシンジャー辺境伯がある程度は事情聴取をしてくれたんだけど、こちらへ戻ったら改めて事情を聞く予定だから、『レイラ』についても確認する様に手配しよう」
「もう着くのですか?
随分早いのですね」
私が驚きの声を上げると、アイザックは苦笑いを浮かべる。
「殆ど休憩を取らせずに睡眠時間も最小限にしているらしいから。
まあ、緊急時はそれが普通なんだけどね」
「行きはかなりのんびりしてましたからね。
でも、あの二人が良く我慢してますね」
「最初はクリスティアンがブツブツ言ってたらしいけど、騎士達はサディアス殿下に『弟を王子として扱わなくて良い』って許可されてるから、厳しい態度を取ってるみたい」
「甘やかされてた王子様には良い薬ですね」
「かなり参ってるみたいだよ。
本当のお仕置きはこれからなのにね」
フフッと不穏な笑みを零すアイザックに、ちょっぴり背筋が冷たくなった。
1,646
お気に入りに追加
6,320
あなたにおすすめの小説

[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。

ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m

ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる