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151 嫌いにならないで
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あの大規模捜索の日。
リンメル先生が思った以上の抵抗を見せ、大きな騒動になってしまったせいで、午後の授業は急遽休みになった。
というか、生徒達の動揺も大きかったので、それから一週間、学園は休校の措置が取られた。
アイザックは『今日は迎えに行けない』と言っていたにも拘らず、私が人質になった事が耳に入ってしまったせいで、昼過ぎには大慌てでエヴァレット伯爵邸に駆け付けた。
その時、私は気持ちを鎮める為、自室でリーザが淹れてくれたハーブティーを飲んでいた。
「オフィーリア!!」
ノックもせずに私の部屋へ乱入したアイザック。
憔悴し切った様な彼の顔を見ると、胸がギュッと痛くなる。
こんなに彼が動揺したのは、トムがチョコレートを食べさせられた事件の時以来だ。
驚いてソファーから立ち上がった私の体を、アイザックは痛いくらいに強く抱き締めた。
「危険には近寄らないって、約束したじゃないか!」
「ごめんなさい。
でも、私が近寄った訳じゃなくて、危険が勝手に近付いて来たんですもの」
つい言い訳を零してしまった事を、私は直ぐに後悔した。
アイザックの目が、益々吊り上がってしまったからだ。
「またベアトリスを庇ったって聞いたけどっっ!?
そーゆーのを、危険に飛び込むって言うんだよ!
君はっ……、君は、自分が怪我をした時に、僕がどれほど心を痛めるか、どうしていつも考えてくれないんだっ!?」
彼の悲痛な叫び声を聞いている内に、心の底から申し訳ない気持ちが湧いて来る。
(ああ……、私はまた、間違えてしまったんだわ)
何度も反省した筈なのに、二度としないと誓った筈なのに、どうしていつも考え無しに行動してしまうんだろう?
人生二週目なのに、全く成長しない自分が情けなくなってしまって、涙が出そうになるのを私は必死で堪えた。
ここで泣くのは、卑怯だと思ったから。
「……無謀な行動ばかりして、ごめんなさい。
いつも心配かけてしまって、ごめんなさい。
でも……、でもね、咄嗟の時には何も考えられなくなって、勝手に体が動いてしまうの。
だから『もう絶対にしない』って言い切る事は出来ない。
だけど、最大限、気を付ける様にします。
だから、お願い。嫌いにならないで」
アイザックの胸に顔を埋めながら懇願すると、頭上から「ハァ……」と呆れを含んだ溜息が降って来た。
「オフィーリアは、狡い」
ポツリと零れたアイザックの言葉に、彼の顔を見上げると、まだ少し怒った様な、困った様な微笑みが向けられていた。
「僕が君を嫌いになれないのを知ってて、そんな事を言うんだから。
やっぱり、どう頑張ったって、先に惚れた方が負けなんだよな……」
「……もう、怒ってない?」
そう聞いたら、アイザックは眉間に深い皺を寄せた。
「怒ってるよ、怒ってるに決まってるだろ?
あー、クソッ。なんで君はいつもそんなに無防備なんだ?
そんな可愛い顔をして上目遣いに見たりしたら、喰われちまっても文句は言えないぞ」
「アイザック様、そこまでです」
アイザックの瞳が熱を持ち始めた所で、部屋の隅に大人しく控えていたリーザとユーニスの手によって、私達はベリッと引き離された。
結局、その後もブツブツ言いながら、アイザックは私を許してくれた。
「見捨てられなくて良かった」
アイザックが帰った後、そう呟いた私に、リーザ達は残念なものを見る眼差しを向けた。
捕縛劇の翌日には、王位簒奪を狙った謀略が白日の元に晒され、貴族平民問わず王都全体に広まった。
教皇やその配下に向けられた民の怒りは想像を絶する物であった。
しかし、プリシラやクリスティアンに関しては『駒にされただけで、法を犯してはいない』と発表された事から、ある意味被害者であるという見方をする者もいたらしい。
態々プリシラ達を擁護するコメントを出すなんて、サディアス殿下にしては随分とお優しい……なんて、思っていたのだが。
その二日後。
王都新聞の一面に掲載された記事によって、一気に世論が動いた。
プリシラ一行が王都からフォーガス伯爵領に辿り着く迄の所業が、赤裸々に明かされたのだ。
道中、彼等が立ち寄った街の人達の証言を集め、しっかりと裏取りされたその内容に、王都民は騒然となった。
(これって多分、サディス殿下がリークしたのよね?)
だってプリシラ達に同行した者じゃないと知り得ない情報が含まれている。
そして、なんとその記事には、プリシラの治癒魔法が失われた事まで書かれていた。
「治癒魔法が消えたって、本当ですか?」
「んー、そうみたいだね」
私の問いにアイザックは特に興味もなさそうに、お茶を飲みながら答える。
学園が休みの間も、アイザックは忙しい合間を縫って一日一度は会いに来てくれたので、私は捜査や取り調べの進捗をリアルタイムで知る事が出来た。
「驚かないんですか?」
「まあ、以前からかなり弱まってるって話は聞いてたし、時間の問題かなって思ってたから。
でも感染症が治まっていて良かったよね。
そもそも、治癒魔法の使い手がたった一人いた所で、全ての人を救えるわけじゃないからさ、やっぱり僕は医療の充実の方が大事だと思うんだよね」
「そうかもしれないですね」
私は、かつてベアトリスに借りた本の一節を思い出していた。
『光属性の魔力とは、慈愛の女神の加護によって授けられる物である。
正しき事に魔法を使えば、更なる恩恵が得られるだろう』
著者の考察が大半を占めていたあの本の内容が、どこまで真実であるかは分からない。
だけど、もしかしたら、女神様はプリシラの所業を『正しく無い』と判断したのかもしれない。
教皇の非道な行いに続き、プリシラの治癒魔法消失などで国民が大きく動揺する中、一人の若い女性が密やかに王都を出た事を、私達はまだ知らなかった。
リンメル先生が思った以上の抵抗を見せ、大きな騒動になってしまったせいで、午後の授業は急遽休みになった。
というか、生徒達の動揺も大きかったので、それから一週間、学園は休校の措置が取られた。
アイザックは『今日は迎えに行けない』と言っていたにも拘らず、私が人質になった事が耳に入ってしまったせいで、昼過ぎには大慌てでエヴァレット伯爵邸に駆け付けた。
その時、私は気持ちを鎮める為、自室でリーザが淹れてくれたハーブティーを飲んでいた。
「オフィーリア!!」
ノックもせずに私の部屋へ乱入したアイザック。
憔悴し切った様な彼の顔を見ると、胸がギュッと痛くなる。
こんなに彼が動揺したのは、トムがチョコレートを食べさせられた事件の時以来だ。
驚いてソファーから立ち上がった私の体を、アイザックは痛いくらいに強く抱き締めた。
「危険には近寄らないって、約束したじゃないか!」
「ごめんなさい。
でも、私が近寄った訳じゃなくて、危険が勝手に近付いて来たんですもの」
つい言い訳を零してしまった事を、私は直ぐに後悔した。
アイザックの目が、益々吊り上がってしまったからだ。
「またベアトリスを庇ったって聞いたけどっっ!?
そーゆーのを、危険に飛び込むって言うんだよ!
君はっ……、君は、自分が怪我をした時に、僕がどれほど心を痛めるか、どうしていつも考えてくれないんだっ!?」
彼の悲痛な叫び声を聞いている内に、心の底から申し訳ない気持ちが湧いて来る。
(ああ……、私はまた、間違えてしまったんだわ)
何度も反省した筈なのに、二度としないと誓った筈なのに、どうしていつも考え無しに行動してしまうんだろう?
人生二週目なのに、全く成長しない自分が情けなくなってしまって、涙が出そうになるのを私は必死で堪えた。
ここで泣くのは、卑怯だと思ったから。
「……無謀な行動ばかりして、ごめんなさい。
いつも心配かけてしまって、ごめんなさい。
でも……、でもね、咄嗟の時には何も考えられなくなって、勝手に体が動いてしまうの。
だから『もう絶対にしない』って言い切る事は出来ない。
だけど、最大限、気を付ける様にします。
だから、お願い。嫌いにならないで」
アイザックの胸に顔を埋めながら懇願すると、頭上から「ハァ……」と呆れを含んだ溜息が降って来た。
「オフィーリアは、狡い」
ポツリと零れたアイザックの言葉に、彼の顔を見上げると、まだ少し怒った様な、困った様な微笑みが向けられていた。
「僕が君を嫌いになれないのを知ってて、そんな事を言うんだから。
やっぱり、どう頑張ったって、先に惚れた方が負けなんだよな……」
「……もう、怒ってない?」
そう聞いたら、アイザックは眉間に深い皺を寄せた。
「怒ってるよ、怒ってるに決まってるだろ?
あー、クソッ。なんで君はいつもそんなに無防備なんだ?
そんな可愛い顔をして上目遣いに見たりしたら、喰われちまっても文句は言えないぞ」
「アイザック様、そこまでです」
アイザックの瞳が熱を持ち始めた所で、部屋の隅に大人しく控えていたリーザとユーニスの手によって、私達はベリッと引き離された。
結局、その後もブツブツ言いながら、アイザックは私を許してくれた。
「見捨てられなくて良かった」
アイザックが帰った後、そう呟いた私に、リーザ達は残念なものを見る眼差しを向けた。
捕縛劇の翌日には、王位簒奪を狙った謀略が白日の元に晒され、貴族平民問わず王都全体に広まった。
教皇やその配下に向けられた民の怒りは想像を絶する物であった。
しかし、プリシラやクリスティアンに関しては『駒にされただけで、法を犯してはいない』と発表された事から、ある意味被害者であるという見方をする者もいたらしい。
態々プリシラ達を擁護するコメントを出すなんて、サディアス殿下にしては随分とお優しい……なんて、思っていたのだが。
その二日後。
王都新聞の一面に掲載された記事によって、一気に世論が動いた。
プリシラ一行が王都からフォーガス伯爵領に辿り着く迄の所業が、赤裸々に明かされたのだ。
道中、彼等が立ち寄った街の人達の証言を集め、しっかりと裏取りされたその内容に、王都民は騒然となった。
(これって多分、サディス殿下がリークしたのよね?)
だってプリシラ達に同行した者じゃないと知り得ない情報が含まれている。
そして、なんとその記事には、プリシラの治癒魔法が失われた事まで書かれていた。
「治癒魔法が消えたって、本当ですか?」
「んー、そうみたいだね」
私の問いにアイザックは特に興味もなさそうに、お茶を飲みながら答える。
学園が休みの間も、アイザックは忙しい合間を縫って一日一度は会いに来てくれたので、私は捜査や取り調べの進捗をリアルタイムで知る事が出来た。
「驚かないんですか?」
「まあ、以前からかなり弱まってるって話は聞いてたし、時間の問題かなって思ってたから。
でも感染症が治まっていて良かったよね。
そもそも、治癒魔法の使い手がたった一人いた所で、全ての人を救えるわけじゃないからさ、やっぱり僕は医療の充実の方が大事だと思うんだよね」
「そうかもしれないですね」
私は、かつてベアトリスに借りた本の一節を思い出していた。
『光属性の魔力とは、慈愛の女神の加護によって授けられる物である。
正しき事に魔法を使えば、更なる恩恵が得られるだろう』
著者の考察が大半を占めていたあの本の内容が、どこまで真実であるかは分からない。
だけど、もしかしたら、女神様はプリシラの所業を『正しく無い』と判断したのかもしれない。
教皇の非道な行いに続き、プリシラの治癒魔法消失などで国民が大きく動揺する中、一人の若い女性が密やかに王都を出た事を、私達はまだ知らなかった。
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