【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

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145 取り調べ《ハロルド》

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 手首を拘束したまま、ハロルドは素早く男の腕に注射針を刺す。
 薬剤を注入したのとほぼ同時に、男の手から滑り落ちそうになったガラス瓶を受け止め、回収した。
 次の瞬間、ガクンと膝が折れ、全身の力が抜けた男は人形の様にその場に倒れ伏した。

 それらは全て、瞬きするくらい一瞬の出来事であった。

「キャーーッッ!!」

 真っ青になった女性客が、甲高い悲鳴を上げる。
 店側には事前に事情を伝え、協力を要請してあったのだが、客にしてみれば突然の出来事である。驚くのも無理はない。
 だが、驚いたのは客のみならず、店主までもが青褪めた顔をしている。

「まさか、し、死んで……」
「案ずるな。一時的に眠らせただけだ」

 怯えを含んだ店主の呟きを遮る様にハロルドが訂正すると、店内に充満しているピリピリした空気が僅かではあるが和らいだ。

 ハロルドの部下達がわらわらと店に入り、倒れた男を取り囲む。
 ポケットの中身を全て没収し、更に服の上からペタペタ触って全身を確認する。
 口の奥まで覗き込む騎士達の様子を、店主と客は訝し気な顔で遠巻きに眺めていた。

 確認を終えた段階でも、まだ男は意識を失ったまま。
 手際良く縛り上げられたその体を、一際体格の大きな騎士が荷物みたいにヒョイと持ち上げ肩に担いだ。

「いやぁ、お騒がせして申し訳ありませんでした。
 ご協力に感謝します」

 柔和な微笑みの若い騎士が、ペコリと頭を下げて挨拶をする。
 ゾロゾロと店を出て行く一行を、店主達は呆然と見送った。



 次に目が覚めた時、男は後ろ手に縛られた状態で、木の椅子の背にグルグル巻きで固定されていた。

「ここは……?」
「アディンセル侯爵家のカントリーハウスの地下牢だよ」

 思わずといった感じで口をついた疑問に、目の前に座るハロルドの冷静な声が返される。

「で、名前は?」

「…………」

「何故こんな事を?」

「…………」

 何を聞いても男はだんまりを貫いた。
 脅しても宥めても沈黙を守ったまま。

(何かがおかしい)

 微かな違和感を覚えつつも、ハロルドは遂に男の口を開かせる事が出来なかった。

 だが、一日目の取り調べを終えて、ハロルドが地下牢を出る瞬間、「あの……」と男に呼び止められた。

「何だ?」

「……感染した人達は、どうなったんでしょうか?」

「今の所は重傷者は出ていない。
 薬を投与し終え、全員快方に向かっている」

「……そう、ですか」

 ハロルドの言葉を聞いた男は、顰めていた顔をほんの少しだけ緩ませ、まるで安堵しているかの様に見えた。



「あの実行犯なんですが、どうも悪い人間には見えないんですよ」

 通信魔道具でサディアスに連絡したハロルドは、取り調べで感じた違和感について言及した。

「それって、自分の行いが正しいと信じてるって意味か?」

「いえ、それとも違って……。
 何も証拠は無いのですが、無理矢理従わされている可能性があるのではないかと」

 それは、これまで多くの悪人を見て来たハロルドの勘の様な物だった。
 あの男は刃物を突き付けて脅しても眉一つ動かさなかった癖に、時折何かに怯えた様な表情を見せる事がある。
 自分の命以外の何かが、失われる事を恐れている……、とか?
 そう考えると、過剰な拷問を行う気にはなれなかったのだ。

「人質を取られているのかもな。だとしたら慎重に調べなければ」

「そうします。
 そちらでも男の身元を調べて下さっているんですよね?」

「調べてはいるが、まだ有力な情報は得られていない。
 オリーブの瞳に赤茶の髪の人間は、王都近辺にもかなり多いからな。
 顎に黒子という特徴から何人か候補は出たが、皆、本人の所在が確認されたよ」

 王都方面からの馬車に乗って来たという情報から、王都でも中央教会の関係者を中心に男の身元を探している。
 しかし、男が何も話してくれない今、あまり目立たない容姿しかヒントが無い状態なのだから、捜査が難航するのも当然だ。

「家族が行方不明になっている者を調べさせた方が良いかもしれないですね」

「不治の病を患っている者も候補に入れた方が良いだろう」

 治癒魔法を餌にして従わせている可能性もある。

 他にも色々と今後の捜査方針を擦り合わせ、その日の通信は終了した。



 ハロルドの勘は当たっていたらしい。
 男の捕縛から二日後、王都から緊急の連絡が入った。

 以前、月に一度は王都の中央教会に通っていた若い女性。
 その兄が、男の容姿にピッタリだった。
 近所に住む者の話によれば、三ヶ月ほど前に妹の方が突然倒れて、医者に見せても原因が判明しなかったという。
 困り果てた男は、妹を抱きかかえて家を出た。
『教会に相談する』と周囲に漏らしていたらしい。
 きっと『治癒魔法であれば原因を特定せずとも回復させる事が可能かもしれない』と考えたのだろう。

 それきり、兄妹の姿を見た者はいない。



「トレヴァー」

 取り調べの続きを行う為、地下牢へと足を踏み入れたハロルドは、開口一番そう呼び掛けた。
 ビクッと男の肩が跳ねたのを見て、ハロルドは微かに瞳を細める。

「…………」

「お前の名だろう?」

「…………」

「妹が一人。少し前に病で倒れた」

「…………」

 視線を泳がせながらも、男は口をつぐんだまま。

「王都に残っている騎士が、妹を診察した医者に話を聞いた。
 今迄診た事がない奇病だったと言っていたよ。
 何処にも悪い所が見付からないのに、目が覚めないんだってな。
 仲の良い妹なんだろう? 心配だよな」

「……何が言いたい?」

 俯けていた顔をユルリと上げた男は、ハロルドに鋭い眼差しを向けた。
 男が反応を見せた事に、ハロルドは口角を吊り上げた。

「お前が我々に協力するなら、彼女を目覚めさせる事が出来るかもしれない」

 そんな言葉が返ってくるとは予想していなかったのか、男は瞳を大きく見開いた。
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