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142 相容れない存在《アイザック》
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人間であれば誰しも、一人くらいは『相容れない存在』と出会った事があるだろう。
悪人であるか善人であるかに関わらず、どうしても好きになれない相手。
アイザックとにって、その最たる人物はプリシラ・ウェブスターであった。
「病に苦しむ人々を私の魔法で癒せるならば、協力は惜しみません。
必ずや、王太子殿下のご期待に応えてみせます」
フォーガス伯爵領への出立直前にサディアス殿下のもとへ挨拶に訪れたプリシラ。
キラキラと瞳を輝かせながら宣言した彼女を眺めながら、アイザックは酷く白けた気分になった。
(もう少し神妙な表情を作れば良いのにな)
希望に満ち溢れた様なプリシラを見ていると、これから向かう場所の危機的状況をどの程度理解しているのか、甚だ疑問である。
「ウェブスター嬢の献身に感謝する」
微笑みながらそう述べたサディアスだが、その眼差しは非常に冷たい。
期待などしていない事はアイザックの目から見れば明らかだが、残念ながらプリシラはそんな心の機微に気付ける程聡くはないのだ。
やや頬を紅潮させ、「お任せください」と満面の笑みで力強く応じた。
煌びやかなドレスを身に纏ったプリシラはクリスティアンにエスコートされて、豪華な馬車へと乗り込む。
プリシラがフォーガス伯爵領に派遣されるに当たって、クリスティアンは『自分も同行する』と強硬に主張したらしい。
人助けの為に現地へ向かうのは悪い事ではないが、プリシラと一緒にいたいという安っぽい動機が透けて見える。
サディアスがそれを許可した理由は、監視役の王宮騎士を同行させる口実が欲しかったからなのか、それともこの期に乗じてクリスティアンをも排除するつもりなのか……。
(それにしても、あのヒラヒラしたドレスはどうにかならないのか?)
いくら王宮に挨拶に寄るとはいえ、これから病が蔓延している農村へ向かうというのに、動きにくそうなドレスを着て来る神経が理解出来ない。
せめてもうちょっと装飾の少ない物を選ぶべきだろう。
決して好意的ではない眼差しをプリシラに向けていると、不意に彼女が振り返った。
アイザックと視線が絡むと嬉しそうにフワリと微笑み「行ってきます」と口パクで伝えてくる。
逆にクリスティアンからは憎々し気に睨まれた。
(くだらない恋愛劇場に巻き込まないでくれ。
オフィーリア以外の女に興味はないんだから)
アイザックは特に反応を返す事もなく、無表情のまま彼等の乗った馬車を見送った。
散々オフィーリアの心を煩わせていたくせに、どうやらプリシラ本人にその自覚はないらしい。
プリシラは度々アイザックとも友人であるかの如き態度を取るが、オフィーリアに迷惑をかける人間と友情を育める筈もないだろう。
誰にでも向ける親し気な微笑みに惹き寄せられる男もいるのかもしれないが、残念ながらアイザックにはその気持ちが理解出来なかった。
無駄にポジティブで自己評価が高い。
自分の事を本気で嫌う人間がいるだなんて、夢にも思わない。
偽善的な言葉ばかりを吐く割に、行動が全く伴っていない。
教皇に良い様に利用されそうになっているのは可哀想だと思うが、それに全く気付かない鈍感さにも苛々させられる。
教皇の真意に気付かないのも、他者の痛みに気付かないのも、嫌われている事に気付かないのも、結局は自分の気持ちにしか興味がないからだ。
きっと他人の感情について、深く考えた事さえないのだろう。
アイザックはそんなプリシラの事が心の底から嫌いなのだ。
待ち望んでいた知らせは、プリシラ達が王宮を出てから、僅か半日も経たぬ内に齎された。
「カヴァナー子爵領からの早馬が到着したそうです。
船の方も無事にアディンセル侯爵領へ着きました。
荷物を積み直すのに少々苦労している様ですが、概ね順調です」
文官の報告に、王太子の執務室の空気が一気に軽くなった。
「一安心だな。水路の方も問題なかったみたいで良かった」
「ええ。
これでやっと治療が進みますし、本格的な捜査も開始できますね」
王宮から派遣した人員はまだ現地に着いていないが、東の辺境やアディンセル侯爵領から派遣された騎士と医療スタッフは、既に到着している。
だが、残念ながら王都には多少、薬やワクチンの在庫があったのだが、東の地方にはほぼ残っていなかった。
薬が無ければ治療が進まないし、関係者へのワクチンが接種出来ないと、感染を常に警戒しながら診療や捜査に当たらねばならない。
「先ずは医療関係者と騎士全員にワクチンの接種を。
それでも効果が出るまでには時間がかかるし、完全に感染を防げる訳では無いから、油断はしない様に。
マスクや手洗いなどの衛生管理は引き続き徹底しろと伝えてくれ。
死斑病の潜伏期間は一日から四日程度。その期間の感染者達の動向を調べて、感染経路を洗い出せ」
「かしこまりました!」
先程吉報を齎した文官にサディアスが指示を飛ばすと、彼は通信魔道具で現地に連絡する為に勢い良く執務室を飛び出して行った。
南の辺境伯であるハロルド・キッシンジャーも、今、現地へ向かってくれているらしい。
アディンセル侯爵領の近くで起こっている問題だからと、心配して協力を申し出てくれたそうだ。
ベアトリスには『押し掛け女房』なんて揶揄ったりしたが、意外と大切にされている事が分かり、アイザックは少し嬉しかった。
情勢が不安定だったイヴォルグ王国との国境を守るキッシンジャー辺境伯の手腕は、サディアスにも認められている。
病をばら撒いている犯人を捕まえる上で、彼は貴重な戦力となるだろう。
悪人であるか善人であるかに関わらず、どうしても好きになれない相手。
アイザックとにって、その最たる人物はプリシラ・ウェブスターであった。
「病に苦しむ人々を私の魔法で癒せるならば、協力は惜しみません。
必ずや、王太子殿下のご期待に応えてみせます」
フォーガス伯爵領への出立直前にサディアス殿下のもとへ挨拶に訪れたプリシラ。
キラキラと瞳を輝かせながら宣言した彼女を眺めながら、アイザックは酷く白けた気分になった。
(もう少し神妙な表情を作れば良いのにな)
希望に満ち溢れた様なプリシラを見ていると、これから向かう場所の危機的状況をどの程度理解しているのか、甚だ疑問である。
「ウェブスター嬢の献身に感謝する」
微笑みながらそう述べたサディアスだが、その眼差しは非常に冷たい。
期待などしていない事はアイザックの目から見れば明らかだが、残念ながらプリシラはそんな心の機微に気付ける程聡くはないのだ。
やや頬を紅潮させ、「お任せください」と満面の笑みで力強く応じた。
煌びやかなドレスを身に纏ったプリシラはクリスティアンにエスコートされて、豪華な馬車へと乗り込む。
プリシラがフォーガス伯爵領に派遣されるに当たって、クリスティアンは『自分も同行する』と強硬に主張したらしい。
人助けの為に現地へ向かうのは悪い事ではないが、プリシラと一緒にいたいという安っぽい動機が透けて見える。
サディアスがそれを許可した理由は、監視役の王宮騎士を同行させる口実が欲しかったからなのか、それともこの期に乗じてクリスティアンをも排除するつもりなのか……。
(それにしても、あのヒラヒラしたドレスはどうにかならないのか?)
いくら王宮に挨拶に寄るとはいえ、これから病が蔓延している農村へ向かうというのに、動きにくそうなドレスを着て来る神経が理解出来ない。
せめてもうちょっと装飾の少ない物を選ぶべきだろう。
決して好意的ではない眼差しをプリシラに向けていると、不意に彼女が振り返った。
アイザックと視線が絡むと嬉しそうにフワリと微笑み「行ってきます」と口パクで伝えてくる。
逆にクリスティアンからは憎々し気に睨まれた。
(くだらない恋愛劇場に巻き込まないでくれ。
オフィーリア以外の女に興味はないんだから)
アイザックは特に反応を返す事もなく、無表情のまま彼等の乗った馬車を見送った。
散々オフィーリアの心を煩わせていたくせに、どうやらプリシラ本人にその自覚はないらしい。
プリシラは度々アイザックとも友人であるかの如き態度を取るが、オフィーリアに迷惑をかける人間と友情を育める筈もないだろう。
誰にでも向ける親し気な微笑みに惹き寄せられる男もいるのかもしれないが、残念ながらアイザックにはその気持ちが理解出来なかった。
無駄にポジティブで自己評価が高い。
自分の事を本気で嫌う人間がいるだなんて、夢にも思わない。
偽善的な言葉ばかりを吐く割に、行動が全く伴っていない。
教皇に良い様に利用されそうになっているのは可哀想だと思うが、それに全く気付かない鈍感さにも苛々させられる。
教皇の真意に気付かないのも、他者の痛みに気付かないのも、嫌われている事に気付かないのも、結局は自分の気持ちにしか興味がないからだ。
きっと他人の感情について、深く考えた事さえないのだろう。
アイザックはそんなプリシラの事が心の底から嫌いなのだ。
待ち望んでいた知らせは、プリシラ達が王宮を出てから、僅か半日も経たぬ内に齎された。
「カヴァナー子爵領からの早馬が到着したそうです。
船の方も無事にアディンセル侯爵領へ着きました。
荷物を積み直すのに少々苦労している様ですが、概ね順調です」
文官の報告に、王太子の執務室の空気が一気に軽くなった。
「一安心だな。水路の方も問題なかったみたいで良かった」
「ええ。
これでやっと治療が進みますし、本格的な捜査も開始できますね」
王宮から派遣した人員はまだ現地に着いていないが、東の辺境やアディンセル侯爵領から派遣された騎士と医療スタッフは、既に到着している。
だが、残念ながら王都には多少、薬やワクチンの在庫があったのだが、東の地方にはほぼ残っていなかった。
薬が無ければ治療が進まないし、関係者へのワクチンが接種出来ないと、感染を常に警戒しながら診療や捜査に当たらねばならない。
「先ずは医療関係者と騎士全員にワクチンの接種を。
それでも効果が出るまでには時間がかかるし、完全に感染を防げる訳では無いから、油断はしない様に。
マスクや手洗いなどの衛生管理は引き続き徹底しろと伝えてくれ。
死斑病の潜伏期間は一日から四日程度。その期間の感染者達の動向を調べて、感染経路を洗い出せ」
「かしこまりました!」
先程吉報を齎した文官にサディアスが指示を飛ばすと、彼は通信魔道具で現地に連絡する為に勢い良く執務室を飛び出して行った。
南の辺境伯であるハロルド・キッシンジャーも、今、現地へ向かってくれているらしい。
アディンセル侯爵領の近くで起こっている問題だからと、心配して協力を申し出てくれたそうだ。
ベアトリスには『押し掛け女房』なんて揶揄ったりしたが、意外と大切にされている事が分かり、アイザックは少し嬉しかった。
情勢が不安定だったイヴォルグ王国との国境を守るキッシンジャー辺境伯の手腕は、サディアスにも認められている。
病をばら撒いている犯人を捕まえる上で、彼は貴重な戦力となるだろう。
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