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138 青春漫画の定番

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 サディアス殿下は笑みを深めた。
 流石は王族というべきか、表情が読み辛い。
 単純に面白がっている様にも見えるし、警戒している様にも見える。

「どうしてそう思ったのかな?
 アイザックにでも聞いた?」

「いいえ。
 ですが、少し考えれば誰でもそう思うのではないでしょうか?
 多分アイザック様やニコラス様も、同じ様な結論に達していると思いますよ」

 だからこそ、捜査は早期に打ち切られたのだ。

 最初は、文化祭を提案した段階から教会側の企みの一部なのかと思った。
 慣れない行事を決行させて、警備が緩くなった隙に、何かの事件を起こす計画だったのではないかと。

 だが、もしもそうだとしたら、文化祭の発案者は教会とは無関係の人物か、教会関係者の中でも切り捨て易い人間にするべきなのだ。
 でなければ、事件との関係を隠しおおせても、行事の発案者への批判が上がってしまう。
 プリシラは『切り捨て易い人物』に当て嵌まらない。
『初の聖女が誕生するかも!』なんて、鳴り物入りで保護下に置いたプリシラを簡単に切り捨ててしまえば、必ず教会の無責任さを非難する声が上がるから。
 ここまで考えた時点で、教会はこの事件には関係していないと判断した。

 次に動機から考えてみた。
 ストーカーはただ侵入しただけで、他に怪しい行動はしていないし、するつもりもなかったのは取り調べにより明らかになっている。
 侵入者騒動は陽動作戦で、その裏で何者かが、なんらかの目的を果たしたのだろうか?
 文化祭では様々なトラブルが起こっていたが、犯罪と呼べる様な物は侵入事件のみだった。
 危険物なども発見されていないので、陽動作戦の線は薄い。

 それでも、ストーカーの協力者である酒場の男には、明確な目的があったはずなのだ。
 ならば、侵入して騒動を起こす事自体が目的なのでは?
 そう考えれば、自ずと答えは出るだろう。

 紙質以外は精巧な作りだったという偽の許可証は、簡単に入手出来る代物ではない。
 それを用意出来るのは、相当な力と金と人脈を持った人物。
 紙質だけが違っているという点も、なんだか態とらしい気がしてくる。


「そもそも、箝口令が敷かれていたのに、噂が広がるスピードが早過ぎるんですよ」

「成る程、今後の参考にしよう」

「もう否定するつもりも無いのですね」

「うーん、これ迄の反応で、君は危険人物ではないだろうと判断したし、余計な事をペラペラ喋ったりもしなさそうだからね。
 今は教会を調子付かせる訳にはいかないんだ。
 勿論、安全対策は取っていたよ。侵入者が暴力衝動などの危険性のない人物である事は確認済みだったし、念の為、相手に接触する前に捕縛する予定で密かに騎士に見張らせていたのだが、事を起こす前にニコラスが気付いてしまったんだ」

 サディアス殿下の表情からは、先程までの傲慢さは消えていたが、それでも私の腹の虫は治まっていないのよね。

「まあ、安全対策をするのは当たり前ですよね。
 私の評価に対しては、王太子殿下の信用を得られて光栄です。
 ……とでも、本来ならば申し上げるべき場面なのでしょうけど。
 残念ながら、互いに信頼関係を結べる状況にはないみたいですわ」

「確かにそうだね。
 君に対する非礼を、改めて陳謝したい。
 言い訳になるが、君が危険人物になり得るかどうかを判断する必要があると思ったんだ。
 金や権力に左右されるかどうか。怒りに任せて感情的な行動をとるかどうか。『光の乙女』の様に独善的な考えを持っていないかどうか。
 何せ、あのアイザックを操れる唯一の存在だし、特殊能力を持っている疑惑もあるからね。
 人柄を知っておくのは大切だ。
 だが、私はやり方を間違えた。本当に申し訳ない」

 サディアス殿下は深々と頭を下げて謝罪した。
 まあ、良い機会なので、私もサディアス殿下が信用に値する人物かを知っておきたい気持ちはある。
 サディアス殿下の失脚を防ぎ続けて良いのかどうか、まだ判断がつきかねているから。

「殿下の謝罪を受け入れない自由は、私にありますか?」

「拒否権はあるが、出来れば受け入れて欲しいと思っている。
 どうすれば許してもらえるだろうか?
 何なら一発くらい殴ってくれても良いが」

 え? もしかしてさっき『ぶん殴りてぇな』って思っていたのが顔に出ていた?
 内心ちょっと動揺していると、それまで黙って控えていた王宮侍女が徐に口を開いた。

「殿下にしては名案でございますね。
 さあさあ、エヴァレット様、どうぞご遠慮なく」

「ほんの冗談だったんだがなぁ……」

「あら、男に二言はございせんでしょう?
 殿方は仲違いをした際に、拳を交える事で遺恨を残さずに解決する場合があると聞きます。
 殿下は既にエヴァレット嬢のお心を傷付けたのですから、その分身体的な痛みを与えられる事で、おあいこになさったら良いのですよ」

 彼女は無表情のままサディアス殿下を追い込む。
 うん、確かに青春漫画やスポ根漫画とかで、殴り合って仲良くなるシーンは定番だけど。

「はあ……。
 この侍女は長年私の妃に仕えている者なんだよ。
 アイザックに内緒でエヴァレット嬢を呼び出したいと言ったら、貸し出された。
 所謂、お目付役って奴だな」

 サディアス殿下は溜息混じりに侍女を紹介してくれた。
 私にペコリと会釈した彼女は、やっぱり無表情なのだが、心なしか眼差しが優しく感じるのは私が単純だからだろうか。

「無礼な発言や態度があった場合は、後程妃殿下にご報告する手筈だったのですが、エヴァレット嬢が自ら制裁を加えるのが一番よろしいのではないかと」

「えっと…、では、お言葉に甘えて?」

 妃殿下の侍女さんに背中を押されて、つい頷いてしまった。

「……分かった、自分で言い出した事だし、受け入れよう」

「まさかご自身でお決めになった事を違えたりはなさいませんでしょうが、一応、一筆お書き下さいませ」

「変な所で手際が良過ぎるっ!!」

 ササッと紙とペンを用意した侍女さんに、サディアス殿下はブツブツと文句を言いつつサインをし、立ち上がった。

「座ったままの方が良かったか?」

「いえ、立った状態で結構ですよ。
 心の準備はよろしいですか?」

「いつでもどうぞ」

 ギュッと目を閉じて歯を食いしばったサディアス殿下の前に立つ。

「では、遠慮なく」

「……えっ……」

 私の構えを見て、王宮侍女が意外そうな声を漏らした次の瞬間。

 ───ドカッ!!

 鈍い音が響き、殿下が「ウグッ!」っと小さく呻き声を上げた。

「グッ、……カハッ!」

 鍛えていらっしゃるのだろうから、流石に倒れたりはしなかったけど、鳩尾を押さえて若干咳き込んでいる。

「ちょっとやり過ぎましたか?」

「…………い、いや……ゲホッ、大丈夫、だが……てっきり頬に平手が来るものかと……」

「だって、王太子殿下の頬に真っ赤な手形を残す訳には参りませんでしょう?」

 一応、気を遣って鳩尾に拳をお見舞いしたのに。

「……手形が残る程の力で来るとも思わないだろう?」

 私達の遣り取りを聞いていた侍女さんが、「プフッ」と小さく吹き出した。

 そこへ、バタバタと忙しない足音が近付いてきたかと思えば、ノックも無しに勢い良く扉が開く。

「オフィーリア、無事かっ!?」

 部屋に飛び込んで来たのは、勿論アイザックだった。
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