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129 直談判《クリスティアン》

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 新年度を迎えて、漸くクリスティアンの婚約破棄による謹慎が解かれると、彼は直ぐに父王に謁見を申し入れた。

「父上、プリシラの聖女認定はどうなっているのでしょうか!?」

 挨拶もそこそこに放たれたクリスティアンの言葉に、国王は頭を抱えた。

「自分の状況を分かっておるのか?
 人の心配をしている場合ではないだろう。
 謹慎中に少しは反省したのでは無かったのか?」

 クリスティアンは自分が置かれている状況を正確に理解しているつもりだったし、反省もしているつもりだった。
 崖っぷちに立っているにも拘らず、危機感は全く無かったけれど。

「ついカッとなって、ベアトリスを犯人だと思い込んでしまった件については、反省しています。
 しっかりと調査をするべきだったし、あんな公の場でする話ではなかった。
 しかし、それとこれとは話が別でしょう。
 プリシラを私の新たな婚約者として迎える為には、彼女の身分が足りないのですから、早急に聖女として認定していただかねば……」

「現時点でプリシラ・ウェブスターは、お前の婚約者候補でもなんでもない!」

「ですが、プリシラは心優しく常に民の為を思い、貴重な光の魔力を持った令嬢です。
 これほど私の妃に相応しい女性は、他にいません」

「その貴重な魔力とやらは、今迄にどれほど国の役に立った?
 聖女認定には大臣達の賛成が不可欠だと、何度言ったら分かるのだ。
 それなりの功績を上げなければ、検討の余地すらない」

「それなりの功績と仰いましても、近年国内では大きな災害も病気の蔓延も起きておらず……」

 繰り返される愚かな発言に、とうとう国王は大きな溜息を吐き出した。
 ピリッとした空気が漂って、クリスティアンは居心地が悪くなり、微かに視線を彷徨わせる。

「はぁ……。お前は馬鹿か。
 国が平和で、民が健やかに過ごせているのは、王族として喜ぶべき事であろう。
 たった一人の小娘に高い地位を与えてやる為だけに、多くの民が病気や怪我で苦しむのを望むのか?」

「いえ、そういう訳では……」

「『常に民の為を思い』だったか? 聞いて呆れる。
 一体お前達は何様のつもりなんだ。
 もう良い。部屋へ下がりなさい」

 国王は羽虫でも追い払う様にシッシと片手を振る。
 けんもほろろに突き放されて、反論する気力も無くしたクリスティアンは、トボトボと謁見の間を後にした。

 クリスティアンとて、人々が怪我や病気に苦しめば良いとまでは思っていない。
 だが、活躍の機会も与えられていないのに、実績がないからと言われるのは理不尽だと思っていた。

(プリシラこそが王子妃に……いや、次期王妃にだって相応しい人物なのに。
 父上も兄上も、元側近候補達も、この国の人間はどうしてあんなに見る目が無いんだ)

 クリスティアンは苛立たし気な靴音を響かせながら、足早に廊下を歩く。

 自室の扉を開けて中へ入ると、昨夜の就寝時に焚いた香の甘い匂いが仄かに残っている。
 その香りを大きく吸い込み、クリスティアンは少しだけ心を落ち着かせた。


(プリシラが聖女に認定されていない今の状況で、アディンセル侯爵家の後ろ盾を手放してしまったのは、やはり痛かったな)

 だがいつまでも失った物を嘆いていても仕方がない。
 こうなってしまったからには、一刻も早くプリシラに聖女になって貰わねばならない。

(それに関しては、教皇に何か考えがあるらしいとプリシラが言っていたが……)

 プリシラ発案の炊き出しや孤児院の慰問は、残念ながら思う様な成果を得られなくて、兄に禁じられてしまった。

 民の為に尽くす素晴らしい王子と聖女だと賞賛される予定だったのに……。

(彼女の優しさを理解出来ないなんて、本当にこの国には愚かな者が多くて困るよな)

 色々な作戦が裏目に出てプリシラと共に自身の評判も落ちていた所で、例の婚約破棄である。
 このまま何の功績も残せなければ、卒業後のクリスティアンの待遇はあまり良く無いものになるかもしれない。

(まあ、今準備している『文化祭』が上手くいけば、おそらく評価が上がるだろう)

 プリシラが友人から聞いたという、何処かの島国で行われている行事『文化祭』。
 その内容を聞いた時には、なかなか面白い試みだと思った。

『楽しそうですよね。ウチの学園でもやれば良いのに』

 無邪気にそう言ったプリシラの願いを叶えたかったのと同時に、この国の教育を良い方向に変える事が出来れば、自身の功績にもなると思った。

 学生が主体となってイベントを開催する経験は、将来、領地経営や商いを行う際にも役に立ちそうだし、経理処理なども学べて、文官志望者や婚家で家政を担う予定の者にとっても有益だ。
 部分的に貴族社会にそぐわない内容もあるが……。
 プリシラにも治癒魔法で活躍して貰う事が出来そうだし、何とかなるだろうと判断した。

 クリスティアンは、湧き上がる謎の万能感に満たされて、自分なら何でも出来るという錯覚に陥っている。


 以前のクリスティアンは、今とは正反対の、コンプレックスの固まりみたいな男だった。

 優秀な兄と常に比べられていた事もその一因ではあったが、彼が抱える問題はそれだけではなかった。
 自分の努力ではどうにもならない『とある問題』によって酷い劣等感に苛まれ、他者に対して寛容に振る舞う事が出来ない。
 そのせいで『愚かで横暴な王子』と陰で嘲笑され、更にコンプレックスが酷くなる。

 完全に悪循環だった。


 だが、いつの間にか自分に対するネガティブな感情が薄れ、自信が漲り、気持ちが楽になった。
 薬学の教師に勧められた『深い睡眠を促す』という香を焚く様になった頃からかもしれない。

(それだけ睡眠は大事ということなのだろうか。
 文化祭の件でも相談に乗ってもらったし、リンメル先生には感謝せねばな)

 行儀悪くソファーにふんぞり返って、茶菓子を摘みながら、そんなどうでも良い事を考えていると、扉をノックする音が響いた。

 訪問者はアイザックが辞した後に運良く(?)側近候補の座に収まったピーター・ガザードだ。

「殿下、そろそろ執務にお戻り頂かないと……」

「そんなのはお前達で適当に処理しておけば良いだろう。
 いちいち私に聞かないと動けないのか」

「はぁ……」

 聞かないと動けないのでは無い。
 どうしてもクリスティアンの承認印を貰わねば進められない書類が溜まっているのだ。

 ピーターは無能な主にそっと眉を顰める。


 香の効果で根拠の無い自信が湧いた事により、横暴さは以前にも増して酷くなっているのだが、クリスティアン本人はその事に全く気付いていなかった。

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