【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

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124 そろそろ潮時《ケヴィン?》

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「光の乙女、最近はあまり評判良くないみたいだね」

 スザンナのグラスに再び酒を注ぎながら、『ケヴィン』は話の先を促した。

「そうなんですよ~。
 この前もぉ、平民の女の子からもらった花束を、捨ててくれって言うんですよぉ?
『道端に生えてる雑草の花なんて、虫とか付いてるかもしれないじゃない?』ですって。
 昔は喜んで受け取ってたのにねぇ……。
 王子様と懇意にしているせいか、なーんかお高く止まっちゃってさぁ……」

「そうなんだ、感じ悪いよね」

 同意を示すと、上機嫌になったスザンナのお喋りは益々加速する。

「でもぉ、最近ちょーっとだけ王子様との仲が上手く行ってないみたいなんですぅ。
 プリシラ様ったら、すっかり大人しくなって、学園に行く以外はお部屋に引きこもっちゃってぇ。
 フフッ。あんなに得意気だったのに、いい気味だわ」

 落ち込むプリシラを陰で嘲笑しているスザンナも、あまり性格が良いとは言えないかもしれない。
 だが、『ケヴィン』はそんな人間臭さが嫌いじゃなかった。

 とある高貴な人物の命令により、既にプリシラ・ウェブスターの大まかな調査は済ませてある。
 プリシラは、『自分は正しい』と信じて疑わない、厄介な人物の様だ。
 熱し易く冷め易い性格で、光属性の保持が確認された当初は真面目に学び早い段階で治癒を会得したが、その後は努力を怠り治癒の能力も徐々に衰えているらしい。
 そして、独特の倫理観を振り翳しては、度々周囲と衝突を起こしている。

 少なくともプリシラみたいな偽善者に比べたら、スザンナの方が遥かに魅力的に思えた。


 その後も永遠に続きそうなプリシラと教皇への愚痴を、『ケヴィン』は笑顔で聞き続けた。
 無駄とも思える何気ない会話の中に、必要な情報が混ざっている事が多々あるのだ。


 とはいえ、スザンナが完全に潰れてしまうと厄介だ。
 頃合いを見計らって『ケヴィン』は壁の時計にチラリと視線を向けた。その動きに誘導され、スザンナも時間を確認する。

「あら~……。随分と長居をしてしまいましたねぇ」

「だね。そろそろ出ようか」

「はぁい」

 店員を呼んで会計を済ませてから、二人は席を立った。
 深酒をした割に、出口へ向かうスザンナの足取りは意外としっかりしている。

(ホント、酒強ぇよな。まあ、俺としては助かるけど……)

 心の中で苦笑しながら、彼女の後を追う。




 女性を一人で帰して事件に巻き込まれたりすると後味が悪いので、一応、神官達の宿舎まで送って行く。
『ケヴィン』と並んで歩き、月を眺めるスザンナはとても楽しそうだ。


「……ねぇ、もう帰ってしまうのですか?」

 宿舎の前に到着すると、スザンナは『ケヴィン』にしな垂れ掛かり豊かな胸を押し付けながら、名残惜しそうに彼を見上げた。
 彼女の潤んだ瞳には、明らかな熱が篭っている。

(うーん、そろそろ潮時かな。
 面倒だけど、他の情報源を見付けないと……)

 スザンナの行動や眼差しに滲む『いつそうなっても良い』というサインに気付かない程鈍くはない。
 だが『ケヴィン』は、どうしても必要な場合を除いて、任務中に女を抱く事はしない。
 それは、嘘ばかりを重ねて生きて来た彼の中に僅かに残った『良心』の様な物だった。

 その『良心』がスザンナの救いになるか毒になるかは分からないけど……。


 彼女の両肩に手を添えて、サッと体勢を整えさせる。

「今日は飲み過ぎたみたいだから、早く帰って寝た方が良いよ」

「え?」

 渾身の誘惑にも全く揺らがない『ケヴィン』に、スザンナは思わず驚きの声を漏らした。

「じゃあね」

 サラリと別れの言葉を告げて踵を返すと、背後から再び「え?」と小さな声が聞こえる。
 それを完全に無視して、『ケヴィン』は足早にその場を離れた。



「ごめんね、スザンナ。バイバイ」

 彼の零した呟きは、風に掻き消され彼女の耳には届かない。




 路地裏に入った『ケヴィン』は、素早く視線を動かして人がいない事を確認すると、ホッと小さく息を吐き出した。

 肩に掛けた鞄の中から、黒いローブと眼鏡を取り出して身につける。
 艶やかな金髪の鬘を外すと、露わになった紫紺の髪を乱暴に崩した。
 長い前髪と瓶底みたいに分厚い眼鏡でキラキラしい美貌を隠し、誰も見向きもしない地味な男に擬態する。

「さ、早く報告して飲み直そう。
 女を騙しながら飲む酒は、美味くないんだよなぁ……」

 独り言ちながら、紫紺の髪の男は夜の闇に消えた。



 厳重な警備が敷かれる王太子宮に顔パスで入った紫紺の髪の男は、迷わず廊下を進み、とある客室の扉をノックした。

「俺です」

「入れ」

 名乗りもしないのに許可をされ、部屋に入る。
 中で待ち構えていたのは、紫紺の髪の男が永遠の忠誠を誓った唯一の存在。
 威圧感のある大きな体躯に鋭い眼光、圧倒的な強者のオーラを漂わせるその人物は、南の辺境伯と呼ばれるハロルド・キッシンジャーである。

「今戻りました。これから王太子殿下への報告に向かいます」


 姫を狙った事件以降、サディアスとアイザックは王太子宮の警備を見直した。

 侍女の件を教訓に、怪しい行動や思想が確認されなくとも、自身や家族、恋人などが王都の教会に頻繁に通っている者は、念の為別の宮へと移動させた。
 すると、思った以上に人手が足りなくなってしまったのだ。

 それでも宮の警備はなんとかなったが、事件解明のための情報収集などにさく人員が不足し、捜査が滞っていた。
 そこで、王都から遠く離れた南の辺境に、『信頼出来る部下を貸して欲しい』と要請をしたという訳だ。


「ご苦労だった。
 丁度私も殿下に呼ばれているから、一緒に行こうか」

 そうして二人の男は、連れ立って王太子の執務室へと向かった。

 この時のハロルドは、まさかサディアスに十歳も年下の麗しい令嬢との再婚を持ちかけられるだなんて、思いもよらなかったのだ。

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