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123 教会の内部事情《ケヴィン?》
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夜の帳が下りた教会の正門前。
街灯の仄かな明かりに照らされたその場所に、見目麗しい一人の男がアンニュイな空気を纏いながら佇んでいる。
教会の建物から小走りで出て来た女性神官のスザンナが、慌てた様子で男に声を掛けた。
「お待たせしました、ケヴィン様。
遅れてしまって申し訳ありません」
この男、昨日までは全く別の場所で、別の人物から『デレク』と呼ばれていたのだが、スザンナはその事実を知らないし、知らせる必要もない。
「お疲れ様、スザンナ。
俺も今来た所だから、慌てなくても良かったのに」
彼は四十分以上も前からその場所に立っていたのだが、それを相手に気取らせぬ様に微笑んだ。
「良かった。じゃあ、行きましょうか」
今夜、二人は食事を共にする約束をしている。
神官服のままでは店に入り辛いので、スザンナは終業後に私服に着替えていた。
最近巷で流行っているらしいパフスリーブのワンピースを着て、精一杯のオシャレをしているが、誰もが振り返る程の美丈夫と並ぶとややアンバランスに見える。
だが、本人はまるでそれを気にしていないらしく、すれ違う女性達に見せ付ける様に、得意気な顔で『ケヴィン』の腕に絡み付いて颯爽と歩き出した。
「この店で良いかな?」
『ケヴィン』がスザンナを連れて来たのは、見るからに高級そうな会員制のレストランだった。
スザンナは少し気後れしながらも「ええ」と頷き、『ケヴィン』にエスコートされて入店する。
入り口付近に控えていた店員に個室に案内される間、スザンナは物珍しそうに店内の装飾をキョロキョロと眺めていた。
「素敵なお店ですね。良くご利用なさるのですか?」
「いや、商談相手に連れられて何度か来ただけ」
他国の裕福な子爵家の次男である『ケヴィン』は、趣味が高じて美術品の売買を行なっており、商談の為にあちこちの国を渡り歩いている。
───という設定である。
二人が初めて出会ったのは、三ヶ月程前。場所は王都の一角にある小さなバーだ。
酒好きの彼女は、仕事で嫌な事がある度に一人でフラッと飲みに出かけるのが日課だった。
因みにこの国の国教では飲酒は禁止されていないが、女性が一人でバーに入り豪快に酒を飲む光景はなかなかに珍しい。
そんな彼女に興味を引かれた『ケヴィン』が声を掛けたのが始まりだ。
まあ、要するにナンパである。
目が眩む様な美丈夫に突然話し掛けられて、最初は毛を逆立てた猫みたいに分かり易く警戒していたスザンナ。
しかし、『俺も酒が好きでね、一緒に楽しくお酒を飲める女性が好みなんだ』とか、『ほろ酔いになった君は可愛いね』とか褒められている内に、いつの間にやらその気になってしまった。
恋人同士とまでは言わないが、今では頻繁に夕食を食べながら酒を飲み交わす仲である。
「今日も残業だったみたいだけど、最近忙しいのか?」
「いえ、今日はちょっと面倒な場面を目撃してしまって……」
「面倒な場面?」
彼女の口から気になる言葉が飛び出したが、『ケヴィン』は特に興味も無さそうな顔を装いながら話の先を促した。
「あ……、いえ、何でもありません」
理性がブレーキをかけたのか、急に口を閉ざしたスザンナ。
(まだアルコールが入ってないからなぁ)
続きを聞き出すのを一旦諦めた『ケヴィン』は、話題を変える事にした。
「そっか。
ねぇ、注文は任せてもらっても良い?」
「ええ。
初めて入ったお店なので、ケヴィン様のお勧めの物をお願いします」
頷いた『ケヴィン』は店員を呼びつけ、何品かの料理と共に度数の高い酒をボトルで注文する。
然程待たずに、軽めの前菜と酒が提供された。
二つ用意されたグラスに黄金色の液体を注ぎ、片方をスザンナに手渡す。
「今日もお疲れ様」
互いにグラスを掲げてグイッと飲み干す。
疲れた体に強い酒がジワリと染み込んでゆく。
何度かこれを繰り返すと、いつもの様にスザンナの口が少しずつ滑らかになってきた。
数分後には、ベロベロに酔っ払ったスザンナが、テーブルに突っ伏しながらグダグダと一方的に喋り続けていた。
「───それで~、書類を届けに教皇猊下の執務室へ行ったら、扉が少しだけ開いていて……」
「うんうん、それで?」
『ケヴィン』はスザンナの話を邪魔しない程度に相槌を打ちながら、甲斐甲斐しく彼女のグラスに酒を注ぎ足してやる。
「あ、別に態と覗いた訳じゃないんですよ!?」
「うん、分かってる」
「扉の隙間からね、教皇猊下が手紙を燃やしてるのがぁ……、チラッとだけ見えちゃったんですぅ。
その封蝋が~、プリシラ様のご実家の、ウェブスター男爵家の物でぇ」
呂律の回らない状態でも、喋り続けるスザンナ。彼女は酔うと口が軽くなるので、『ケヴィン』はいつも彼女に強い酒を勧めるのだ。
「私、驚いた拍子に足音を立ててしまって~……。
『誰だっ!?』って怖い声で怒鳴られたから、『あー、見ちゃいけない物を見ちゃったんだなぁ』って思って、慌てて近くの部屋に身を隠したんですぅ」
「大丈夫だったの?」
「はい。多分、バレて無いと思いますけどぉ、私、怖くて~。
暫くそのままジッとしていたんですよぉ」
「それは良い判断だったね」
甘やかな微笑みを向けると、スザンナも緩み切った笑顔を返す。
「でしょう?
もう移動願いを出そうかなぁ? 面倒な事には関わりたくないし……。
アレって絶対、プリシラ様宛ての手紙だと思うんですよ~」
「家族と連絡取らせたく無いのかね」
「んー、その方が言うこと聞かせ易いからですかねぇ。
でも、プリシラ様も、最初の頃は聖女に相応しい人に見えてたけど、最近は何だかねぇ……」
そう言って溜息を零したスザンナ。
彼女はプリシラの世話をしている女性神官の中の一人なのだ。
街灯の仄かな明かりに照らされたその場所に、見目麗しい一人の男がアンニュイな空気を纏いながら佇んでいる。
教会の建物から小走りで出て来た女性神官のスザンナが、慌てた様子で男に声を掛けた。
「お待たせしました、ケヴィン様。
遅れてしまって申し訳ありません」
この男、昨日までは全く別の場所で、別の人物から『デレク』と呼ばれていたのだが、スザンナはその事実を知らないし、知らせる必要もない。
「お疲れ様、スザンナ。
俺も今来た所だから、慌てなくても良かったのに」
彼は四十分以上も前からその場所に立っていたのだが、それを相手に気取らせぬ様に微笑んだ。
「良かった。じゃあ、行きましょうか」
今夜、二人は食事を共にする約束をしている。
神官服のままでは店に入り辛いので、スザンナは終業後に私服に着替えていた。
最近巷で流行っているらしいパフスリーブのワンピースを着て、精一杯のオシャレをしているが、誰もが振り返る程の美丈夫と並ぶとややアンバランスに見える。
だが、本人はまるでそれを気にしていないらしく、すれ違う女性達に見せ付ける様に、得意気な顔で『ケヴィン』の腕に絡み付いて颯爽と歩き出した。
「この店で良いかな?」
『ケヴィン』がスザンナを連れて来たのは、見るからに高級そうな会員制のレストランだった。
スザンナは少し気後れしながらも「ええ」と頷き、『ケヴィン』にエスコートされて入店する。
入り口付近に控えていた店員に個室に案内される間、スザンナは物珍しそうに店内の装飾をキョロキョロと眺めていた。
「素敵なお店ですね。良くご利用なさるのですか?」
「いや、商談相手に連れられて何度か来ただけ」
他国の裕福な子爵家の次男である『ケヴィン』は、趣味が高じて美術品の売買を行なっており、商談の為にあちこちの国を渡り歩いている。
───という設定である。
二人が初めて出会ったのは、三ヶ月程前。場所は王都の一角にある小さなバーだ。
酒好きの彼女は、仕事で嫌な事がある度に一人でフラッと飲みに出かけるのが日課だった。
因みにこの国の国教では飲酒は禁止されていないが、女性が一人でバーに入り豪快に酒を飲む光景はなかなかに珍しい。
そんな彼女に興味を引かれた『ケヴィン』が声を掛けたのが始まりだ。
まあ、要するにナンパである。
目が眩む様な美丈夫に突然話し掛けられて、最初は毛を逆立てた猫みたいに分かり易く警戒していたスザンナ。
しかし、『俺も酒が好きでね、一緒に楽しくお酒を飲める女性が好みなんだ』とか、『ほろ酔いになった君は可愛いね』とか褒められている内に、いつの間にやらその気になってしまった。
恋人同士とまでは言わないが、今では頻繁に夕食を食べながら酒を飲み交わす仲である。
「今日も残業だったみたいだけど、最近忙しいのか?」
「いえ、今日はちょっと面倒な場面を目撃してしまって……」
「面倒な場面?」
彼女の口から気になる言葉が飛び出したが、『ケヴィン』は特に興味も無さそうな顔を装いながら話の先を促した。
「あ……、いえ、何でもありません」
理性がブレーキをかけたのか、急に口を閉ざしたスザンナ。
(まだアルコールが入ってないからなぁ)
続きを聞き出すのを一旦諦めた『ケヴィン』は、話題を変える事にした。
「そっか。
ねぇ、注文は任せてもらっても良い?」
「ええ。
初めて入ったお店なので、ケヴィン様のお勧めの物をお願いします」
頷いた『ケヴィン』は店員を呼びつけ、何品かの料理と共に度数の高い酒をボトルで注文する。
然程待たずに、軽めの前菜と酒が提供された。
二つ用意されたグラスに黄金色の液体を注ぎ、片方をスザンナに手渡す。
「今日もお疲れ様」
互いにグラスを掲げてグイッと飲み干す。
疲れた体に強い酒がジワリと染み込んでゆく。
何度かこれを繰り返すと、いつもの様にスザンナの口が少しずつ滑らかになってきた。
数分後には、ベロベロに酔っ払ったスザンナが、テーブルに突っ伏しながらグダグダと一方的に喋り続けていた。
「───それで~、書類を届けに教皇猊下の執務室へ行ったら、扉が少しだけ開いていて……」
「うんうん、それで?」
『ケヴィン』はスザンナの話を邪魔しない程度に相槌を打ちながら、甲斐甲斐しく彼女のグラスに酒を注ぎ足してやる。
「あ、別に態と覗いた訳じゃないんですよ!?」
「うん、分かってる」
「扉の隙間からね、教皇猊下が手紙を燃やしてるのがぁ……、チラッとだけ見えちゃったんですぅ。
その封蝋が~、プリシラ様のご実家の、ウェブスター男爵家の物でぇ」
呂律の回らない状態でも、喋り続けるスザンナ。彼女は酔うと口が軽くなるので、『ケヴィン』はいつも彼女に強い酒を勧めるのだ。
「私、驚いた拍子に足音を立ててしまって~……。
『誰だっ!?』って怖い声で怒鳴られたから、『あー、見ちゃいけない物を見ちゃったんだなぁ』って思って、慌てて近くの部屋に身を隠したんですぅ」
「大丈夫だったの?」
「はい。多分、バレて無いと思いますけどぉ、私、怖くて~。
暫くそのままジッとしていたんですよぉ」
「それは良い判断だったね」
甘やかな微笑みを向けると、スザンナも緩み切った笑顔を返す。
「でしょう?
もう移動願いを出そうかなぁ? 面倒な事には関わりたくないし……。
アレって絶対、プリシラ様宛ての手紙だと思うんですよ~」
「家族と連絡取らせたく無いのかね」
「んー、その方が言うこと聞かせ易いからですかねぇ。
でも、プリシラ様も、最初の頃は聖女に相応しい人に見えてたけど、最近は何だかねぇ……」
そう言って溜息を零したスザンナ。
彼女はプリシラの世話をしている女性神官の中の一人なのだ。
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