上 下
120 / 177

120 美しさは女の武器

しおりを挟む
 年が明けても、ゲームのイベントである感染症の蔓延は起こらなかった。

 アイザックの話によれば、ダドリー先生が監修した北の港の検疫強化により、感染者を早期発見し隔離治療に繋げた事が功を奏したのだという。

 これでまた一つ、プリシラが功績を上げるのを防ぐ事が出来たし、病による死者も出さずに済んだ。


 姫殿下の事件やリンメル先生の件など不安要素も多いけど、ベアトリスは二学年の間にクリスティアンから解放されたし、イベントも着実に潰しているし、断罪回避は良い感じで進んでいるんじゃないかと思う。




 そうこうしている内に、あっという間に時が経ち、いよいよ私とアイザックの婚約披露パーティーが明日に迫った。

 準備の為に、私は前日である今日から、パーティーの会場となるヘーゼルダイン公爵邸に滞在させて頂いている。
 以前と同じく、用意された部屋はアイザックの妻の部屋だったが、異議を唱えるのも面倒になってしまい、そのまま受け入れた。

 早めの夕食を済ませた後、妙に張り切ったリーザ、ユーニス、エイダによって湯浴みをさせられる。
 体や髪を念入りに洗われた私は、ベッドに寝かされてオイルを塗られ、公爵家侍女秘伝の痩身マッサージを施された。

「ギャーーッッ、痛い! 痛い!!」

「痛いのはリンパが滞っている証拠ですわよ。
 もう少し我慢して下さいませ、オフィーリア様!」

 いつもと同じニコニコ笑顔のまま、非情とも思える言葉を吐くエイダ。
 そうしている間にも手は止まらず、脹脛の凝りを容赦なくゴリゴリとほぐしていく。

「マジで痛いんだってばぁ!」

 可愛らしいはずのエイダの顔が、鬼に見えてきた。

「フィーちゃんをイジメないでよぉ!!」

 パメラがエイダのスカートをグイグイ引っ張りながら涙目で訴えてくれるが、そんな小さな勇者をユーニスがヒョイっと抱き上げてしまう。

「コラ、お仕事の邪魔しちゃ駄目よ」

「ぃやーんーーっっ」

 ユーニスの腕の中でジタバタしながら、私に向かって両手を伸ばすパメラの姿に、少し心が癒された。
 残念ながら、痛みは全く和らがないけど。

「ありがとう、パメラ。
 でも大丈夫よ。虐められてる訳じゃないの」

「ほんと?」

「本当よ。エイダは私を綺麗にしてくれるんですって」

「イタイのやらなくても、フィーちゃんはいつもキレイよ?」

 やだ、なんて良い子なの?

「うふふ。ありがとう。
 でも、もっと綺麗になりたいから頑張って我慢するわ」

「お嬢様、その意気です!」

 私の髪にトリートメントを塗りたくっていたリーザが、良い笑顔でグッと親指を立てる。
 他人事みたいなその顔が、ちょっと恨めしい。

 その後はパメラを心配させない様に、悲鳴を必死に抑えながら、なんとか施術を受け切った。

 エイダの魔法の手のお陰で、顎周りはかなりスッキリしたし、二の腕なんて一回り細くなった気がする。
 でも地獄の様に痛かったので、もう二度と経験したくはないかな。
 そうは言っても、多分結婚式の前とかには、有無を言わさず施術されるんだと思うけどね。

 横になって身を任せているだけだったのに、何故か妙に疲れてしまったらしい。
 その日は早い時間に床に就き、直ぐに深い眠りに落ちた。




「おはようございます、お嬢様。
 婚約発表日和のとっても良いお天気ですよ」

 分厚いカーテンを勢い良く開きながら、元気過ぎる声で私を起こしたのはリーザだ。
 部屋の中の冷えた空気が、窓から入る日差しでほんの少しだけ和らいだ。

(婚約発表日和って、どんな日和よ?)

 心の中でツッコミを入れつつ、寝ぼけ眼を擦りながらベッドを降りる。

「んん……。おはよう、リーザ」

 あんなに痛いマッサージをされたので、一晩明けたら揉み返しに襲われるんじゃないかと心配していたんだけど、寧ろ体が軽くなった様な気さえする。
 公爵家秘伝のマッサージ、恐るべし。

 朝っぱらから再び風呂に放り込まれ、またもや三人がかりで磨かれる。
 顔や髪には昨日とは違う種類のパックが塗られ、蒸しタオルでグルグルに巻かれた。

「もう充分じゃないかしら?
 普段、お茶会の前日とかにされる手入れだってやり過ぎだと思うのに……」

 私の為にしてくれている事だとは分かっていても、つい泣き言が零れてしまう。

「何を仰るのですかっ!
 美しさは女性にとって武器であり、盾でもあるのですよ!?」

「……スミマセン」

 呆れ顔のエイダに窘められて、早々に抵抗するのを諦めた。



 三人の侍女達の活躍により、髪も肌も艶々になった私は、少し大人っぽい化粧とヘアメイクで更に別人の様に華やかに仕上げられた。

 そして、この日の為に仕立てられたドレスを身に纏う。
 アイザックの瞳の色である水色の生地に、私の瞳の色である紫色の糸で豪華な刺繍が施されたドレスは、とても上品で美しい。

(しっかり磨き上げられていなければ、この素晴らしいドレスに見劣りしてしまったかもしれないわね)

「あぁ……。とてもお綺麗です、お嬢様」

 感極まったリーザが目に涙を浮かべながら、溜め息と共に感嘆の声を上げた。
 子供の頃からずっと世話をしてくれているリーザは、使用人でありながら姉の様な存在でもある。
 私はなんだか擽ったい気持ちになって、はにかみながら「ありがとう」と言葉を返した。
しおりを挟む
感想 877

あなたにおすすめの小説

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

【完】隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

【完結】わたしの婚約者には愛する人がいる

春野オカリナ
恋愛
 母は私を「なんて彼ににているのかしら、髪と瞳の色が同じならまるで生き写しだわ」そう言って赤い長い爪で私の顔をなぞる仕種をしている。  父は私に「お前さえいなければ、私は自由でいられるのだ」そう言って詰る。  私は両親に愛されていない。生まれてきてはいけない存在なのだから。  だから、屋敷でも息をひそめる様に生きるしかなかった。  父は私が生まれると直ぐに家を出て、愛人と暮らしている。いや、彼の言い分だと愛人が本当の妻なのだと言っている。  母は父に恋人がいるのを知っていて、結婚したのだから…  父の愛人は平民だった。そして二人の間には私の一つ下の異母妹がいる。父は彼女を溺愛していた。  異母妹は平民の母親そっくりな顔立ちをしている。明るく天使の様な彼女に惹かれる男性は多い。私の婚約者もその一人だった。  母が死んで3か月後に彼らは、公爵家にやって来た。はっきり言って煩わしい事この上ない。  家族に愛されずに育った主人公が愛し愛される事に臆病で、地味な風貌に変装して、学園生活を送りながら成長していく物語です。  ※旧「先生、私を悪い女にしてください」の改訂版です。

契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様

日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。 春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。 夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。 真実とは。老医師の決断とは。 愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。 全十二話。完結しています。

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します

シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。 両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。 その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

処理中です...