上 下
116 / 162

116 脳筋の難解な思考

しおりを挟む
「全く意味が分からないのだけど。
 私とポンコツ殿下が結婚するかもしれなかった事と、貴方の去就に何の関係があると?」

 本気で不思議そうに問い質すベアトリス。
 私も全く同じ気持ちで、ニコラスが次の台詞を発するのを待った。

「残念ながら、ポ……いや、クリスティアン殿下とベアトリスは折り合いが悪かっただろう?」

 今、ニコラスまで『ポンコツ』って言い掛けた?

「ええ。まあ、そうね」

 ベアトリスは『ポ……』には気付かなかった振りをする事に決めたらしく、何食わぬ顔で相槌を打った。

「それに、幼馴染で頼りになるアイザックも、殿下の下を去ってしまった。
 …………だからだ」

「いや、だから何よ?」

 ベアトリスが益々怪訝な表情になる。

 必要な部分の説明が丸っと全部抜け落ちてるのに、強引に『だからだ』って締められても。『へー、そうなんだぁ』とはならないからね?
 この人、絶望的に会話が下手だな。
 たまに居るよね、こーゆー人。

「……えーと…、だから、その状況において俺までが殿下と決別したら、王宮ではベアトリスの近くに親しい者が誰も居なくなってしまうだろう?
 王子妃になれば友人や家族とも今ほど気軽には会えない。
 ベアトリスは俺達と違って正式な婚約者という立場だから、簡単にはその立場を降りられないかもしれないと思って……」

 ニコラスの説明を聞いている内に、ベアトリスの美しい眉が寄り、谷底みたいに深い縦皺が刻まれた。

 それってベアトリスを心配して側に居ようとしたって事よね。
 でもその心配の方向性が斜め上過ぎない?

「私を気遣ってくれていたとでも言いたいのかしら?
 じゃあ、どうしてあんな事を言ったりしたのよ?」

「あんな事?」

 何の事だか分からないのか、ニコラスは訝し気な顔で聞き返す。

「『プリシラ・ウェブスターを見習え』って言ったでしょう?
 正直に言えば、ポンコツと聖女崩れがどうなろうと知ったこっちゃ無いわ。
 寧ろ私は幼馴染からあんな言葉を掛けられた事に一番傷付いたのよ」

「……そう、だったのか。……悪かった」

 ニコラスは大きな背中を丸めて項垂れた。

「私は謝罪を聞きたいんじゃなくて、説明を求めているのだけど?
 どういう考え方をしたら、気遣いたかったはずの相手に対してそんな言葉が出てくるのか、私にも分かる様に説明してくれない?」

 腕組みをしたベアトリスがニコラスを睥睨すると、彼は益々縮こまり、俯いたままポツリポツリと説明し始めた。

「仲の悪い二人が円満な夫婦になるには、少しずつでも歩み寄る努力が必要だと思ったんだ。
 最初は殿下の説得を試みたが、どんなに頑張ってみても俺の言葉なんて殿下の耳には全く届かなかった。
 それなら、ベアトリスから先に歩み寄ってもらうしか無いと思って……」

「それで? ポンコツ殿下に好かれる為に、あの女の真似事をして媚を売れと?」

 ニッコリと笑ったベアトリスの瞳は氷点下の冷たさだ。
 背後に怒りのオーラが立ち昇っているのが見えた気がして、思わずブルっと肩が震えた。

「その……、申し訳、ありません」

 急に敬語っ!

「そもそも、なんで私がそこまでしてポンコツと円満な夫婦にならなきゃいけないのよ。
 そんな見当違いの助言をくれる位なら、婚約破棄に協力してくれた方がよっぽど建設的だわ」

「…………………だって、」

 長い沈黙の後、俯けていた顔を上げたニコラスは捨て犬みたいな目をしていた。

「ベアトリスが『王子と結婚したい』って言ったから」

「「「「「「はあっ!?」」」」」」

 あまりにも意外過ぎる発言に、ニコラス以外の全員が素っ頓狂な声を上げる。

「んな訳ないでしょっっ!!
 私がいつそんな事を言ったのよ!?」

 珍しく淑女らしさも忘れ、ベアトリスが叫び声を上げながら立ち上がる。
 座っていた椅子がガタッと大きな音を立てて倒れた。

「言ったじゃないか。
『大きくなったらビーの所にも王子様が迎えに来てくれて、幸せなお嫁さんになるんだ』って、……絵本を見ながら」

 ニコラスがそう言った瞬間、ベアトリスの頬が一気に真っ赤に染まった。

(あぁ、さては心当たりがあるんだな)

「そっ、そんなの五歳くらいの頃の話でしょうが!!」

「いや、四歳と二ヶ月の頃だ」

 無駄に細かいっ!

「今、その微妙な誤差どうっでも良いわよっっ!!
 それに、その『王子様』って王族って意味じゃないからね!!」

「違うのか??」

 キョトンとした顔で首を傾げるニコラス。

「当っったり前じゃないの!!
 幼女の頃の夢物語よ! ただの憧れよ!
 いつかは自分だけを愛してくれる素敵な男性が目の前に現れて───って、あ゛ーもうっ!!
 なんなの、この羞恥プレイは!?
 とにかく、ポンコツクリスティアンと結婚したかった訳じゃない事だけは確かだから!!」

 テーブルをバンっと両手で叩いてそう言い切ったベアトリスは、叫び過ぎたせいかハアハアと肩で息をしている。

 ベアトリス、動揺し過ぎてぶっ壊れかけてるけど、大丈夫?
 まあ、子供の頃の無邪気な発言を皆んなの前で蒸し返されるなんて、なかなか恥ずかしいわよね。


「そうか……。
 俺の勘違いで不快な思いをさせて、悪かった」

 ニコラスは再び深々と頭を下げて謝罪した。

「分かれば良いのよっ!」

 倒れた椅子を乱暴に起こしたベアトリスは、ドカッと腰を下ろしながらそう言った。



 えーっと、今の話を纏めると……。

 ベアトリスを心配して、親に反対されても横暴なクリスティアンに仕え続けた。
 しかも、ベアトリスがクリスティアンと幸せな夫婦になりたがっていると思っていたから、それを応援するつもりで助言をした(まあ、結果は最悪だけど)。

 ───って、コレ、もしかしてニコラスはベアトリスが好きなのでは……?

「あの、これってそういう意味ですよね?」

 私がアイザックにコソッと耳打ちすると、彼は小さく頷いた。

 ふと見ると、メイナードは少々不機嫌そうな顔をしている。
 彼もけっこうシスコンだよね。

「あー、もう良いわ。
 怒っているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
 元々ニコラスは私にとって出来の悪い弟みたいな存在だし、『出来が悪いんだから仕方がない』と思う事にする」

 溜息混じりにベアトリスがそう言うと、ニコラスがちょっとショックを受けた表情になる。

 同い年だし、あんなに図体がデカいのに、弟。
 しかも『出来の悪い』弟……。
 ちょっと可哀想な気もするけど、クリスティアンとは別の方向にポンコツ過ぎて、フォローするすべが見付からないわ。


「振ら……ムグッ」

 ジョエルが核心に迫る一言を発しそうになったので、私は両手で彼の口を塞いだ。


「振られたわね」

「振られたな」

「振られましたね(笑)」

 だが、フレデリカ、アイザック、メイナードは容赦無くジョエルが飲み込んだ言葉を吐き出す。

 私の心遣いを無駄にしないで欲しい。


「これからは、また幼馴染として仲良くしましょう」

 そう言いながら差し出されたベアトリスの手を、ニコラスは複雑な表情で握り返す。

「許してくれて、感謝する」


 その後、気まずさを誤魔化す様にティーカップを手に取ったニコラスは、グイッとその中身を飲み干し、やっぱり大きく顔を歪めた。

 悪戯っ子みたいな顔をしたフレデリカが、ティーポットを片手に彼の背後に忍び寄る。

 お代わりを注ごうとするのは、やめてあげなさい。

しおりを挟む
感想 771

あなたにおすすめの小説

ある公爵の後悔

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
王女に嵌められて冤罪をかけられた婚約者に会うため、公爵令息のチェーザレは北の修道院に向かう。 そこで知った真実とは・・・ 主人公はクズです。

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです

めぐめぐ
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。 さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。 しかしナディアは全く気にしていなかった。 何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから―― 偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。 ※頭からっぽで ※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。 ※夫婦仲は良いです ※私がイメージするサバ女子です(笑)

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました

お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。 その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?

naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。 私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。 しかし、イレギュラーが起きた。 何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。

処理中です...