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115 良薬は口に苦し
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大股で此方へと近寄るニコラスに、ベアトリスは微かな警戒心を漂わせながら微笑んだ。
「ニコラスはどうして此方へ?」
「王宮に書類を提出した帰りだ。
クリスティアン殿下の護衛兼側近候補を降りる事になったから」
「……そう。それは残念だったわね」
「いや、それは別に。
俺が自分で決めた事だし」
ふーん。自ら側近を降りたのか。
ちょっと意外ね。
「あら、そうなの」
「………………その、今から少しだけ、時間をもらえないだろうか?
話したい事があるんだ」
「それは……」
ニコラスの願いにどう答えるべきか決めかねているのか、ベアトリスはチラリと私達を振り返った。
「つい最近までポンコツの腰巾着だった男とベアトリスを二人にするのは心配だけど、私達の前でも話せるのなら良いんじゃないかしら?
折角の機会だから、ベアトリスも言いたい事を全部言ってやれば良いのよ」
愛らしい唇を笑みの形に釣り上げながら、刺々しい言葉を発するフレデリカ。
彼女もニコラスのこれまでの挙動に思うところがあったのだろう。
それにしても、ポンコツの腰巾着って……。
「それで構わない」と頷くニコラスを連れて、私達は先程のカフェへと戻った。
店内に入ると、フレデリカが店のオーナーとベアトリスに何やらヒソヒソと耳打ちした。
オーナーは少し困った表情で、ベアトリスはグッと親指を立ててニヤリと笑う。
「彼女達、明らかに何か企んでますよね?」
私の問いに、アイザックが苦笑いで頷いた。
「そうみたいだな」
ベアトリスとニコラスは、二人掛けの席に向かい合わせで着席し、私達はその隣のテーブルに着いた。
緊張した面持ちのオーナーが、ベアトリス達にお茶を提供する。
「粗茶ですが」
(カフェのお茶が粗茶じゃダメじゃない?)
そう思った私だが、直ぐにその言葉の本当の意味を知る事となる。
優雅な仕草でお茶を飲んだベアトリスを見て、ニコラスもカップを手に取り口を付けたのだが……。
「ブッ……! ゴホッ、ゲフッ!!」
一口飲んだ途端に吹き出しそうになって、思いっきり咳き込んだ。
「苦っっ!!!
なっ、なんだ、コレは?」
「あら、ご存知ないのかしら?
センブリ茶と言って、最近ご令嬢達の間で流行りつつあるお茶なのよ(大嘘)。
お味は強烈だけど、健康には大変良いらしいわ。
苦味も慣れると癖になるのですって」
未だにハンカチで口元を抑えながら咽せているニコラスに、ベアトリスはシレッとした顔で適当な嘘をつく。
「そ、そうなのか……」
チョロ過ぎる。
流行る訳ないだろ。ちょっとは疑え。
「あの……、何故、カフェにセンブリ茶が?」
隣のテーブルに聞こえない様に小声で疑問を呈すると、フレデリカがクスクス笑いながら答えてくれた。
「オーナーは胃が弱いらしくてね。自分用に常備しているのを知ってたから、一杯提供してもらったの」
(もしかして、オーナーさんが胃を傷めてるのって、フレデリカが無茶な事ばかり要求するからなのでは?)
伯爵子息にセンブリ茶を出してしまった事にびびって縮こまっている気が弱そうなオーナーに、私はチラリと憐憫の眼差しを向けた。
涼しい顔をしてお茶を飲み続けているベアトリスを見るに、きっと彼女のカップに入っているのは普通の紅茶なのだろう。
一方のニコラスは、再び恐々とカップに口を付けて「ウグッ」と謎の呻き声を上げ、盛大に顔を顰めた。
なんでもう一口いった?
チャレンジャーかよ。
「…ふっ……アハハハ」
堪え切れずにフレデリカがお腹を抱えてケラケラと笑い出した。
良く見ると、ベアトリスの肩もちょっと震えている。
ニコラスは何故笑われているのか理解出来ないらしく、困惑した顔で首を傾げた。
「……コホンッ。
それで? 何か私に話があるのでしょう?」
軽く咳払いをして仕切り直したベアトリスだが、まだ少し口元が笑っている。
「ああ、その……、ベアトリスには、一度謝っておかなきゃいけないと思ったんだ」
それを聞いてベアトリスはスッと瞳を細めた。
「謝るとは、何についてかしら?」
「……クリスティアン殿下を、諌められなかった事についてだ。
済まなかった」
若干の不機嫌さを滲ませるベアトリスに、ニコラスは少しオドオドしながら頭を下げて謝罪を口にした。
ベアトリスは深く溜息をつく。
「はあぁぁ……。
謝って欲しいのは、そこでは無いのに。
まあ良いわ。
護衛兼側近候補を降りると決めたのも、主を諌められなかったからなのかしら?」
「……それもある」
「そもそもフェネリーのおじ様は、前からクリスティアン殿下と離れるべきだと仰っていたらしいじゃない。
なのにどうして頑なに、あんなポンコツに仕えていたの?」
騎士団長であるフェネリー伯爵も、とっくにクリスティアンを見限っていたのか。
本当に四面楚歌状態だな。
「それは……」
ニコラスは少し気まずそうに言い淀む。
「それは?」
ベアトリスに話の先を促され、意を決した様に再び口を開いたニコラスは、信じられない言葉を発した。
「……それは、ベアトリスが、王子妃になるかもしれなかったから」
「ハァッ!?」
何言ってんだ? コイツ。
「ニコラスはどうして此方へ?」
「王宮に書類を提出した帰りだ。
クリスティアン殿下の護衛兼側近候補を降りる事になったから」
「……そう。それは残念だったわね」
「いや、それは別に。
俺が自分で決めた事だし」
ふーん。自ら側近を降りたのか。
ちょっと意外ね。
「あら、そうなの」
「………………その、今から少しだけ、時間をもらえないだろうか?
話したい事があるんだ」
「それは……」
ニコラスの願いにどう答えるべきか決めかねているのか、ベアトリスはチラリと私達を振り返った。
「つい最近までポンコツの腰巾着だった男とベアトリスを二人にするのは心配だけど、私達の前でも話せるのなら良いんじゃないかしら?
折角の機会だから、ベアトリスも言いたい事を全部言ってやれば良いのよ」
愛らしい唇を笑みの形に釣り上げながら、刺々しい言葉を発するフレデリカ。
彼女もニコラスのこれまでの挙動に思うところがあったのだろう。
それにしても、ポンコツの腰巾着って……。
「それで構わない」と頷くニコラスを連れて、私達は先程のカフェへと戻った。
店内に入ると、フレデリカが店のオーナーとベアトリスに何やらヒソヒソと耳打ちした。
オーナーは少し困った表情で、ベアトリスはグッと親指を立ててニヤリと笑う。
「彼女達、明らかに何か企んでますよね?」
私の問いに、アイザックが苦笑いで頷いた。
「そうみたいだな」
ベアトリスとニコラスは、二人掛けの席に向かい合わせで着席し、私達はその隣のテーブルに着いた。
緊張した面持ちのオーナーが、ベアトリス達にお茶を提供する。
「粗茶ですが」
(カフェのお茶が粗茶じゃダメじゃない?)
そう思った私だが、直ぐにその言葉の本当の意味を知る事となる。
優雅な仕草でお茶を飲んだベアトリスを見て、ニコラスもカップを手に取り口を付けたのだが……。
「ブッ……! ゴホッ、ゲフッ!!」
一口飲んだ途端に吹き出しそうになって、思いっきり咳き込んだ。
「苦っっ!!!
なっ、なんだ、コレは?」
「あら、ご存知ないのかしら?
センブリ茶と言って、最近ご令嬢達の間で流行りつつあるお茶なのよ(大嘘)。
お味は強烈だけど、健康には大変良いらしいわ。
苦味も慣れると癖になるのですって」
未だにハンカチで口元を抑えながら咽せているニコラスに、ベアトリスはシレッとした顔で適当な嘘をつく。
「そ、そうなのか……」
チョロ過ぎる。
流行る訳ないだろ。ちょっとは疑え。
「あの……、何故、カフェにセンブリ茶が?」
隣のテーブルに聞こえない様に小声で疑問を呈すると、フレデリカがクスクス笑いながら答えてくれた。
「オーナーは胃が弱いらしくてね。自分用に常備しているのを知ってたから、一杯提供してもらったの」
(もしかして、オーナーさんが胃を傷めてるのって、フレデリカが無茶な事ばかり要求するからなのでは?)
伯爵子息にセンブリ茶を出してしまった事にびびって縮こまっている気が弱そうなオーナーに、私はチラリと憐憫の眼差しを向けた。
涼しい顔をしてお茶を飲み続けているベアトリスを見るに、きっと彼女のカップに入っているのは普通の紅茶なのだろう。
一方のニコラスは、再び恐々とカップに口を付けて「ウグッ」と謎の呻き声を上げ、盛大に顔を顰めた。
なんでもう一口いった?
チャレンジャーかよ。
「…ふっ……アハハハ」
堪え切れずにフレデリカがお腹を抱えてケラケラと笑い出した。
良く見ると、ベアトリスの肩もちょっと震えている。
ニコラスは何故笑われているのか理解出来ないらしく、困惑した顔で首を傾げた。
「……コホンッ。
それで? 何か私に話があるのでしょう?」
軽く咳払いをして仕切り直したベアトリスだが、まだ少し口元が笑っている。
「ああ、その……、ベアトリスには、一度謝っておかなきゃいけないと思ったんだ」
それを聞いてベアトリスはスッと瞳を細めた。
「謝るとは、何についてかしら?」
「……クリスティアン殿下を、諌められなかった事についてだ。
済まなかった」
若干の不機嫌さを滲ませるベアトリスに、ニコラスは少しオドオドしながら頭を下げて謝罪を口にした。
ベアトリスは深く溜息をつく。
「はあぁぁ……。
謝って欲しいのは、そこでは無いのに。
まあ良いわ。
護衛兼側近候補を降りると決めたのも、主を諌められなかったからなのかしら?」
「……それもある」
「そもそもフェネリーのおじ様は、前からクリスティアン殿下と離れるべきだと仰っていたらしいじゃない。
なのにどうして頑なに、あんなポンコツに仕えていたの?」
騎士団長であるフェネリー伯爵も、とっくにクリスティアンを見限っていたのか。
本当に四面楚歌状態だな。
「それは……」
ニコラスは少し気まずそうに言い淀む。
「それは?」
ベアトリスに話の先を促され、意を決した様に再び口を開いたニコラスは、信じられない言葉を発した。
「……それは、ベアトリスが、王子妃になるかもしれなかったから」
「ハァッ!?」
何言ってんだ? コイツ。
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