【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

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113 預言者の正体《サディアス》

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 伝染病が猛威を振るうと、預言者が手紙で警告したのは『新たな年を迎える頃』。
 Xデーが近付いた今、ダドリー医師の指示により検疫を強化中の港へ視察に向かう事となったサディアスは、側近と共に馬車へと乗り込んだ。
 馬車は北へ向けて走りだす。

 移動中、書類の確認がひと段落したサディアスは車窓の結露を手で拭い、外に視線を向けた。
 年末が近付いているせいか、なんとなくソワソワとして慌ただしい雰囲気が漂う街並み。
 枯れ葉が舞う石畳を歩く人々はすっかり冬の装いで、吐く息も白く曇っている。

「外は寒そうだな」

「もうすぐ十二月ですからね」

 向かいの座席に座り、各領地から送られて来た嘆願などの手紙を仕分けていた側近が、欠伸を噛み殺しながらサディアスの呟きに答えた。

 魔道具による暖房が程良く効いた車内はとても快適だ。
 快適過ぎて、常に睡魔と戦わねばならぬくらいに。

「ふあぁ……」

 堪え切れず、ついに大欠伸をした側近を見て、サディアスは苦笑する。

「その作業はもう終わるのだろう?
 少し眠ると良い」

「……へ?」

 思い掛けない主の気遣いに、側近は唖然とした表情で固まった。

「何だ? 不満か?」

「あ、いえ。ありがとうございます。
 ただ、サディアス殿下がそんな事を仰るなんて……。
 雪でも降ったら移動が滞るなぁと思いまして」

「心配は要らん。
 移動中に休ませた分、現地に着いたら嫌ってほどこき使ってやるから」

「……ですよねぇ。では、遠慮なく」

 腕組みをして目を閉じた側近は、直ぐに眠りに落ちたらしくコクリコクリと舟を漕ぎ始めた。
 昨夜も遅くまでアイザックと共にクリスティアンの婚約破棄に関する後処理を行っていたらしい。

(休める時に休ませてやらないと、作業効率が悪くなるからな)

 愚弟に関する面倒事を押し付けてしまった申し訳なさも少なからずあった。


 因みに、今回、アイザックは留守番だ。

『学生の内は学業が優先です』

 などと嘯いて、最近は平気で仕事を断りやがる。
 彼の優先事項は常に『学業』ではなく『婚約者』だという事は誰の目から見ても明らかだったが、側近になった当初の約束があるので、サディアスもあまり強くは出られない。

 危険な目に遭ったばかりの婚約者の側にいたいという思いは良く分かる。
 娘を狙った事件が解決していない今。サディアスだって、妻と娘が心配で、視察については部下に任せようかとも思ったのだが……。
 その妻に『良いからサッサと行きなさい』と尻を蹴ら……もとい、背中を押されてしまったのだ。

 アイザックは先の事件でサディアスの愛娘を守ってくれた功労者でもある。
 視察に行っている間の王太子宮の警備の指揮を引き受けてくれた事もあり、今回は同行を免除した。

(だが、何故あのタイミングでアイザックは王太子宮の警備の強化を進言したのか?
 まるで、娘が狙われていると知っていたみたいに……)


 大臣達の一部からはアイザックの関与を疑う声が上がっていた。

 サディアスは事件の直後に行われた、大臣達との定例会合の席での出来事を思い出す。

 一人の大臣がでっぷりと太った腹を揺らしながら立ち上がると、声高に主張したのだ。

『先日の姫殿下の事件ですが、サディアス殿下に恩を売るために、ヘーゼルダイン公子が自作自演したのではないでしょうか?』

 馬鹿馬鹿しい意見を堂々と披露したその男は、普段から態度がデカくて評判があまりよろしくない。
 サディアスは大きな溜息を零しながら、そんな彼に冷めた眼差しを向ける。

『アイザックは貴殿が思うよりずっと優秀だよ。
 もしも私に恩を売りたいと考えているとしても、貴殿如きに疑われる様な稚拙な方法は絶対にとらないだろうな』

『なっ……!?』

 暗にお前は無能だと言ってやれば、大臣は羞恥からか怒りからか、顔を真っ赤に染めて言葉を失った。

『そもそも、彼が側近に就いてから劇的に仕事が楽になったのだから、既に充分過ぎる程に恩を感じている』

(かなり片付けたつもりだったが、未だにこんなアホが国の中枢に居座っているとはな……)

 件の大臣は親教会派だった事も手伝い、サディアスの中の『排除リスト』の上位に一気に躍り出た。

 以前から部下へのパワハラや王宮侍女へのセクハラなどの噂はあったが、権力を警戒しているのか証言者は名乗り出ない。
 そこでサディアスの手の者を囮として送り込むと、アッサリ尻尾を出した。
 奴は近日中に王宮から追放される予定だ。




 王都を出発してから五日。
 雪に降られる事もなく、サディアス達を乗せた馬車は無事に目的地の港へと到着した。

 預言者が名指しした伝染病の発生地であるリルハン王国は、大陸の北側の海に浮かぶ島国だ。
 彼の地との間を行き来するには、港から出る船に乗るのが一般的である。
 だからサディアスは、ダドリー医師の助言に従って港に検疫所を開設し、リルハンへ渡る者にはワクチン接種を、リルハンから入国する者には検温と診察を義務付けたのだ。


 検疫所には、サディアス達より一足先に現地へ向かっていたダドリー医師の姿もあった。

「どんな様子だ?」

 サディアスの問いに、ダドリー医師はニコリと微笑んだ。

「手続きに戸惑う方が多くて少々問題が起きたりはしますが、概ね順調です」

「検疫の強化については様々な手段で通達したつもりだったが、まだ充分ではなかったのかもな。
 もう少し広報活動にも力を入れれば、トラブルが減るかもしれん」

「しかし、出入国の手続きが煩雑になる事に対して抵抗感を持つ者がある程度出るのは、想定の範囲内ですから。
 感染者を適切に隔離治療する事の方が大事です。
 幸いそちらに関しては、今の所大きな問題は起きておりません。
 潜伏期間が短いウイルスだったのが良かったのでしょう」

 潜伏期間が長ければ入国の際に感染しているかどうかの確認が難しくなる。
 幸いにも問題のウイルスは感染後二十四時間以内に発熱し、手足の痺れという特徴的な症状も発症するので、感染者を見つけるのが容易だった。

「ウイルスの特徴など、運が良かったというべき部分もあるが、ワクチンや治療薬を豊富に用意してくれたダドリー医師の功績は大きい。
 事前にこの様な事態を予測していらしたのか?」

 そう讃えると、ダドリー医師は困った様な笑みを浮かべた。

「実は、この事態を予測したのは私ではないのです」

「……と、いうと?」

「以前私が治療を担当していた少女が、雑談中に興味深い指摘をしてくれましてね」

(ヘーゼルダイン家お抱えの医師が、治療をしていた少女……)

「その指摘とは?」

「『未知の生物が生息している国なら、未知のウイルスがあってもおかしくないだろう』と。
 お恥ずかしい事に、幼い少女の発したその一言によって、初めて危険性に気付かされた次第です」

 ダドリー医師は、そう言って頭を掻きながら、恥じ入る様に苦笑した。


 五通目の預言の手紙を見て、何かに気付いた様子だったアイザック。
 更に彼は、まるで事件が起こるのを予知したかの様に、王太子宮の警備を強化した。

 預言者はアイザックの知り合いかもしれないと、サディアスは薄々感じていた。

 だが、アイザックはその件に関して話そうとはしない。きっと彼は、預言者を隠しておきたがっているのだ。

 そして、ヘーゼルダイン家の医師であるダドリーが治療をしていた少女の助言。

 偶然とは思えない。

 もしも、その少女が預言者と同一人物であったなら、彼女の正体は───。

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