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107 思い通りにはさせない
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私は命を狙われるほど誰かに恨まれた覚えはない。
ゲームの中でだって、悪役として断罪されれば凄惨な方法で命を奪われる運命だが、それまではヒロインを邪魔する舞台装置としての役割を持っているので、途中で死ぬルートなどなかったはずだ。
だが、既にゲームのシナリオは大きく変わっていて、誰がどんな思惑を持ってこんな事件を起こしたのか、前世の記憶を持つ私にも推理するのが難しい。
更に、私が懸念していた通り、もしもプリシラの側にもう一人の転生者がいるとしたら、この先の展開は完全に予測不可能になる。
その場合、転生者の最終的な目的が何なのかはハッキリしないけれど、おそらく私の存在を疎ましく思っているのだろう。
だからこそ、執拗に私とアイザックを引き離そうとして、プリシラを嗾けているのだ。
存在するのかどうかすら分からない『もう一人の転生者』は、今回の事件に関係しているのだろうか?
「乗馬クラブに現れたという怪しい女については、何か分かっているのですか?」
私の質問に、アイザックは渋面を作った。
「それが……、今の所、瞳の色が琥珀の様だったとしか。
帽子を深く被っていたので、髪色や髪型は分からないらしい。
服はそこそこ上質で、裕福な下位貴族か商家の娘といった雰囲気だったそうだが、見学者名簿に書かれた名前は出鱈目だった」
琥珀や蜂蜜などに喩えられる黄みがかった明るい茶系の瞳は、この国では貴族平民問わず多く見られる一般的な色味だ。
「それだと特定は難しそうですね」
私は小さく溜息を零した。
「時間はかかるかもしれないが、絶対に見付けて相応の責任を取らせるつもりではいるけど……。
ごめん。守るって約束したのに、結局こんな危険な目に遭わせてしまった」
悔しさが滲む表情で呟き、アイザックは両手の拳を握り締めた。
「何を仰るのですか。
アイザックが助けてくれたから、この程度の怪我で済んだのですよ」
「だが……、もしかしたらオフィーリアが狙われたのは、僕の婚約者になってしまった事が原因なのかもしれない」
消え入りそうな声でそう言ったアイザックは、迷子の子供みたいな表情をしている。
いつもの自信満々な彼はどこへ行ってしまったのかしら?
アイザックの言う通り、私を排除する動機を持つ人物の筆頭といえば、次期ヘーゼルダイン公爵夫人の座を狙う女だろう。
その反面、ゲームや前世に関連した事件だとしたら、私が彼を巻き込んでいる可能性も高い。
私が彼のそばに居続ければ再び同じ様な事件が起き、今回みたいに私を守ろうとしたアイザックにまで危険が及ぶ事もあるのかもしれない。
でも、そんな卑怯な犯人の思惑通りにはなりたくない。
何より、今更アイザックと離れるなんて絶対に嫌なんだけど───。
「もしかして別れ話をしようとしてます?」
緊張しながらそう問うと、アイザックは俯けていた顔をパッと上げ、苦しそうに顔を歪めて勢い良く首を横に振った。
それを見て安堵の息を吐き出す。
「良かった。
逆に私のせいでアイザックを危険に晒している可能性も考えられますが……、それでも、私は貴方との婚約を解消したくないです」
「勿論、僕だって同じ気持ちだよ。
もうオフィーリアのいない人生なんて考えられないんだ」
ベッドの縁に座り直したアイザックは、微かに震える手で私を遠慮がちに抱き寄せた。
私は彼の背中に回した腕にギュッと力を込める。
暫しの抱擁の後、少し体を離して顔を見合わせたら何だかちょっと照れ臭くなって、どちらからともなくフフッと小さく笑い合った。
大きな手が、慈しむ様に私の頬をスルリと撫でる。
「アイザック……」
彼の水色の瞳が近付いて来て、私は自然と瞳を閉じた。
後一秒で唇が重なる……、そう思った瞬間。
───コンコンコン。
扉をノックする無粋な音が鳴り響いて、思わずパッと目を開いた。
アイザックが小さく舌打ちをしながら立ち上がる。
「何だ!?」
乱暴に扉を開いたアイザック。
主の苛立った様子に、扉を叩いた従者が「うおっ」と驚きの声を上げた。
彼は不機嫌なアイザックと赤くなった私の顔を交互に眺めて、ヘラッと笑う。
「おや、もしかしてお邪魔でしたか?」
「……」
アイザックが怒気を強めて睥睨した。
前から思ってたけど、この従者さんなかなか命知らずよね?
「そんなに睨まないでくださいよ。
エヴァレット家の皆様がそろそろご到着なさるので、お知らせに来ただけなのですから。
あ、丁度いらしたみたいですね」
従者の言葉通り、ジョエルと両親がエイダに案内されてきた。
三人とも髪や服が少し乱れており、慌てて駆け付けてくれた事が察せられる。
「姉上っ!!
お怪我をなさったと聞きましたが、大丈夫なのですか?」
ジョエルは真っ先にベッド脇に駆け寄り、私の手をギュッと握った。
お父様とお母様はアイザックに向かって前屈しているみたいに深く頭を下げ、私を助けてくれた事に対するお礼を述べている。
大した怪我ではなかったのに、随分と心配させてしまったみたいで少し申し訳ない気持ちになる。
「ちょっと捻挫しただけよ。
ダドリー先生によれば、半月くらいで治るって」
私がそう言うと、不安そうに眉を下げていたジョエルと両親は漸く安堵した様だ。
だが、その後直ぐにアイザックから事件の内容を聞かされて、正体不明の犯人に対して皆が怒りを爆発させる事になるのだった。
ゲームの中でだって、悪役として断罪されれば凄惨な方法で命を奪われる運命だが、それまではヒロインを邪魔する舞台装置としての役割を持っているので、途中で死ぬルートなどなかったはずだ。
だが、既にゲームのシナリオは大きく変わっていて、誰がどんな思惑を持ってこんな事件を起こしたのか、前世の記憶を持つ私にも推理するのが難しい。
更に、私が懸念していた通り、もしもプリシラの側にもう一人の転生者がいるとしたら、この先の展開は完全に予測不可能になる。
その場合、転生者の最終的な目的が何なのかはハッキリしないけれど、おそらく私の存在を疎ましく思っているのだろう。
だからこそ、執拗に私とアイザックを引き離そうとして、プリシラを嗾けているのだ。
存在するのかどうかすら分からない『もう一人の転生者』は、今回の事件に関係しているのだろうか?
「乗馬クラブに現れたという怪しい女については、何か分かっているのですか?」
私の質問に、アイザックは渋面を作った。
「それが……、今の所、瞳の色が琥珀の様だったとしか。
帽子を深く被っていたので、髪色や髪型は分からないらしい。
服はそこそこ上質で、裕福な下位貴族か商家の娘といった雰囲気だったそうだが、見学者名簿に書かれた名前は出鱈目だった」
琥珀や蜂蜜などに喩えられる黄みがかった明るい茶系の瞳は、この国では貴族平民問わず多く見られる一般的な色味だ。
「それだと特定は難しそうですね」
私は小さく溜息を零した。
「時間はかかるかもしれないが、絶対に見付けて相応の責任を取らせるつもりではいるけど……。
ごめん。守るって約束したのに、結局こんな危険な目に遭わせてしまった」
悔しさが滲む表情で呟き、アイザックは両手の拳を握り締めた。
「何を仰るのですか。
アイザックが助けてくれたから、この程度の怪我で済んだのですよ」
「だが……、もしかしたらオフィーリアが狙われたのは、僕の婚約者になってしまった事が原因なのかもしれない」
消え入りそうな声でそう言ったアイザックは、迷子の子供みたいな表情をしている。
いつもの自信満々な彼はどこへ行ってしまったのかしら?
アイザックの言う通り、私を排除する動機を持つ人物の筆頭といえば、次期ヘーゼルダイン公爵夫人の座を狙う女だろう。
その反面、ゲームや前世に関連した事件だとしたら、私が彼を巻き込んでいる可能性も高い。
私が彼のそばに居続ければ再び同じ様な事件が起き、今回みたいに私を守ろうとしたアイザックにまで危険が及ぶ事もあるのかもしれない。
でも、そんな卑怯な犯人の思惑通りにはなりたくない。
何より、今更アイザックと離れるなんて絶対に嫌なんだけど───。
「もしかして別れ話をしようとしてます?」
緊張しながらそう問うと、アイザックは俯けていた顔をパッと上げ、苦しそうに顔を歪めて勢い良く首を横に振った。
それを見て安堵の息を吐き出す。
「良かった。
逆に私のせいでアイザックを危険に晒している可能性も考えられますが……、それでも、私は貴方との婚約を解消したくないです」
「勿論、僕だって同じ気持ちだよ。
もうオフィーリアのいない人生なんて考えられないんだ」
ベッドの縁に座り直したアイザックは、微かに震える手で私を遠慮がちに抱き寄せた。
私は彼の背中に回した腕にギュッと力を込める。
暫しの抱擁の後、少し体を離して顔を見合わせたら何だかちょっと照れ臭くなって、どちらからともなくフフッと小さく笑い合った。
大きな手が、慈しむ様に私の頬をスルリと撫でる。
「アイザック……」
彼の水色の瞳が近付いて来て、私は自然と瞳を閉じた。
後一秒で唇が重なる……、そう思った瞬間。
───コンコンコン。
扉をノックする無粋な音が鳴り響いて、思わずパッと目を開いた。
アイザックが小さく舌打ちをしながら立ち上がる。
「何だ!?」
乱暴に扉を開いたアイザック。
主の苛立った様子に、扉を叩いた従者が「うおっ」と驚きの声を上げた。
彼は不機嫌なアイザックと赤くなった私の顔を交互に眺めて、ヘラッと笑う。
「おや、もしかしてお邪魔でしたか?」
「……」
アイザックが怒気を強めて睥睨した。
前から思ってたけど、この従者さんなかなか命知らずよね?
「そんなに睨まないでくださいよ。
エヴァレット家の皆様がそろそろご到着なさるので、お知らせに来ただけなのですから。
あ、丁度いらしたみたいですね」
従者の言葉通り、ジョエルと両親がエイダに案内されてきた。
三人とも髪や服が少し乱れており、慌てて駆け付けてくれた事が察せられる。
「姉上っ!!
お怪我をなさったと聞きましたが、大丈夫なのですか?」
ジョエルは真っ先にベッド脇に駆け寄り、私の手をギュッと握った。
お父様とお母様はアイザックに向かって前屈しているみたいに深く頭を下げ、私を助けてくれた事に対するお礼を述べている。
大した怪我ではなかったのに、随分と心配させてしまったみたいで少し申し訳ない気持ちになる。
「ちょっと捻挫しただけよ。
ダドリー先生によれば、半月くらいで治るって」
私がそう言うと、不安そうに眉を下げていたジョエルと両親は漸く安堵した様だ。
だが、その後直ぐにアイザックから事件の内容を聞かされて、正体不明の犯人に対して皆が怒りを爆発させる事になるのだった。
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