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99 そろそろ目を覚ませ
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悲し気に瞳を伏せる私を、参加者の内、半数以上のご令嬢は気遣い励まそうとしてくれた。
「そんな根も葉もない噂など、気にしなくても良いではないですか。
元気を出してくださいませ」
「お二人が仲睦まじいのは、誰が見ても明らかですのに……」
「一体どなたがそんな馬鹿な事を仰ったのです?」
丁度良いタイミングで、そう訪ねてくれた顧客のご息女に心の中で密かに感謝する。
まあ、タイミングを見てベアトリスかフレデリカがその質問をしてくれる予定だったのだが。
「その……実は……、ウェブスター男爵令嬢から、抗議をされてしまったのです」
ハンカチをギュッと握り締めて、少しだけ俯く。
「オフィーリアさまの婚約は、ウェブスター様には関係ないですよね?
どうして抗議なんてなさったのでしょう?」
参加者の一人が良い感じで話の続きを促してくれた。
「それが……、どうも、私が傷の件を盾にアイザック様を脅して、無理矢理婚約したと思い込んでいらっしゃるみたいで……。
……いえ、多分ウェブスター様も勘違いをなさっているだけで、悪気がある訳ではないと思うのです。
……でも…………、そんな風に思われているなんてっ……」
先日の手紙の内容について暴露しながら、ハンカチを目元へ持って行く。
すると、私の瞳にジワリと涙が滲み、一筋だけホロリと零れ落ちた。
勿論私は、女優の様に涙を自在に出せる訳ではない。
そのハンカチには、予め少量のミントオイルを染み込ませてあるのだ。
人前で涙を見せるなど淑女失格だが、だからこそインパクトは抜群のはず。
痛まし気な眼差しを向けてくれている優しいご令嬢達を嘘泣きで騙してしまった事は申し訳ないけれど、これも私が生き残る為だ。
「ああ、泣かないでオフィーリア」
ベアトリスが私に駆け寄り、自分のハンカチで頬の涙を丁寧に拭ってくれる。
助かった。
想像以上にミントオイルの効果が抜群で、もうちょっとで涙どころか鼻水まで出る所だったわ。
流石に鼻水は令嬢としての人生が終了するよね。
マジで危なかった。
「そんなっ……!
プリシラ様がそんな事をするはずがありませんっ!!」
ガタッと立ち上がりながら声を上げたのは、プリシラの信奉者の一人だ。
「じゃあ、オフィーリア様が嘘をついているとでも仰るの?」
反撃してくれたのは、乗馬クラブ仲間のご令嬢だ。
「アディンセル様とエヴァレット様には、以前からプリシラ様を虐げているという噂があったではありませんか。
きっと今回の様に、これまでもプリシラ様を貶めていたのではないですか?」
懸命に言い募る信奉者のご令嬢。
純粋にプリシラを信じている貴女には悪いけど、そろそろ目を覚まさせてあげなきゃね。
「その件の犯人は特定されて、既に処分が下っているはずでは?
それなのに、私だけでなくベアトリス様の事までそんな風に仰るなんて、何か新たな証拠でもお持ちなのですか?」
「そちらこそ、プリシラ様から抗議をされたという証拠があるのですか?」
「……仕方がありませんわね。
抗議はお手紙でされましたので、実物をお見せしましょう。
人から頂いたお手紙を勝手に他の方にお見せするなんてマナー違反ですが、私達の名誉を守る為ですから、その点は大目に見てくださいませ」
リーザを呼び寄せて手紙を持って来る様に指示を出し、待つ事暫し。
邸内から戻ったリーザに一通の封筒を手渡された私は、中の便箋を取り出し、先程声を上げた令嬢に手渡した。
「先ずは貴女から、お読みになって」
「……」
顰めっ面でそれを受け取った令嬢は、手紙の文字を見て、困惑の表情を浮かべた。
「これ……、本当に、プリシラ様の字だわ……」
微かに震える声でそう呟いた彼女の顔色は、手紙を読み進める毎に悪くなって行く。
いくらプリシラに心酔している令嬢でも、流石にこの手紙は擁護出来ないだろう。
「念の為言っておきますが、その手紙の内容は全くの事実無根ですよ。
特に私の元婚約者に関する記述については、本当に気持ち悪いとしか言い様がありません。
あの男の事は虫唾が走るくらい大嫌いです。
何故私は、無関係なプリシラ様から、あんな男との結婚を強要されなければならないのでしょうね?」
呆然とする彼女の横から他の令嬢達も手紙を覗き見て、それぞれ戸惑ったり憤ったりしている。
参加者達が一通り読み終えた所で、手紙を回収した。
「思った以上に酷い内容ね」
「本当に。出鱈目過ぎて気味が悪いわ。
こんな手紙がお兄様の目に触れでもしたら、大変な事になるわよ」
事前に話はしてあったけど、ベアトリスとフレデリカも実際の手紙を初めて読んでドン引きしながら、ヒソヒソと囁き合っている。
「きっとウェブスター様は、少し思い込みが激しい方なのでしょう。
私達は今回の様に、これまでも彼女に迷惑をかけられていたのです」
信奉者令嬢の台詞の一部を引用してそう言うと、彼女は気まずそうに俯いた。
彼女達の瞳からは大きな葛藤が見て取れる。
手紙の内容に対しては非常識だと思いつつも、プリシラを信じたい気持ちも残っているのだろう。
一方、プリシラを利用しようとしていた連中の殆どは、方針転換を余儀なくされるはずだ。
あまり権力を持っていない第二王子と、まだ聖女として認められてもいないプリシラに取り入っても、今の所は旨みが少ない。
それよりもヘーゼルダインとアディンセルを敵に回すデメリットの方が大きい。
それを理解した上で、将来を見据えた賭けに出たのだろうけど……。
プリシラの珍妙な思考回路を知れば、その賭けに勝てる見込みは無いのだと、余程の馬鹿じゃなければ理解出来ると思うから。
おそらくプリシラの手紙の件は、明日には社交界に知れ渡る。
それこそ、面白おかしく尾鰭が付いて。
泥舟から降りるなら今が最後のチャンスなのだけど、彼女達はどの程度それを理解しているのだろう?
「そんな根も葉もない噂など、気にしなくても良いではないですか。
元気を出してくださいませ」
「お二人が仲睦まじいのは、誰が見ても明らかですのに……」
「一体どなたがそんな馬鹿な事を仰ったのです?」
丁度良いタイミングで、そう訪ねてくれた顧客のご息女に心の中で密かに感謝する。
まあ、タイミングを見てベアトリスかフレデリカがその質問をしてくれる予定だったのだが。
「その……実は……、ウェブスター男爵令嬢から、抗議をされてしまったのです」
ハンカチをギュッと握り締めて、少しだけ俯く。
「オフィーリアさまの婚約は、ウェブスター様には関係ないですよね?
どうして抗議なんてなさったのでしょう?」
参加者の一人が良い感じで話の続きを促してくれた。
「それが……、どうも、私が傷の件を盾にアイザック様を脅して、無理矢理婚約したと思い込んでいらっしゃるみたいで……。
……いえ、多分ウェブスター様も勘違いをなさっているだけで、悪気がある訳ではないと思うのです。
……でも…………、そんな風に思われているなんてっ……」
先日の手紙の内容について暴露しながら、ハンカチを目元へ持って行く。
すると、私の瞳にジワリと涙が滲み、一筋だけホロリと零れ落ちた。
勿論私は、女優の様に涙を自在に出せる訳ではない。
そのハンカチには、予め少量のミントオイルを染み込ませてあるのだ。
人前で涙を見せるなど淑女失格だが、だからこそインパクトは抜群のはず。
痛まし気な眼差しを向けてくれている優しいご令嬢達を嘘泣きで騙してしまった事は申し訳ないけれど、これも私が生き残る為だ。
「ああ、泣かないでオフィーリア」
ベアトリスが私に駆け寄り、自分のハンカチで頬の涙を丁寧に拭ってくれる。
助かった。
想像以上にミントオイルの効果が抜群で、もうちょっとで涙どころか鼻水まで出る所だったわ。
流石に鼻水は令嬢としての人生が終了するよね。
マジで危なかった。
「そんなっ……!
プリシラ様がそんな事をするはずがありませんっ!!」
ガタッと立ち上がりながら声を上げたのは、プリシラの信奉者の一人だ。
「じゃあ、オフィーリア様が嘘をついているとでも仰るの?」
反撃してくれたのは、乗馬クラブ仲間のご令嬢だ。
「アディンセル様とエヴァレット様には、以前からプリシラ様を虐げているという噂があったではありませんか。
きっと今回の様に、これまでもプリシラ様を貶めていたのではないですか?」
懸命に言い募る信奉者のご令嬢。
純粋にプリシラを信じている貴女には悪いけど、そろそろ目を覚まさせてあげなきゃね。
「その件の犯人は特定されて、既に処分が下っているはずでは?
それなのに、私だけでなくベアトリス様の事までそんな風に仰るなんて、何か新たな証拠でもお持ちなのですか?」
「そちらこそ、プリシラ様から抗議をされたという証拠があるのですか?」
「……仕方がありませんわね。
抗議はお手紙でされましたので、実物をお見せしましょう。
人から頂いたお手紙を勝手に他の方にお見せするなんてマナー違反ですが、私達の名誉を守る為ですから、その点は大目に見てくださいませ」
リーザを呼び寄せて手紙を持って来る様に指示を出し、待つ事暫し。
邸内から戻ったリーザに一通の封筒を手渡された私は、中の便箋を取り出し、先程声を上げた令嬢に手渡した。
「先ずは貴女から、お読みになって」
「……」
顰めっ面でそれを受け取った令嬢は、手紙の文字を見て、困惑の表情を浮かべた。
「これ……、本当に、プリシラ様の字だわ……」
微かに震える声でそう呟いた彼女の顔色は、手紙を読み進める毎に悪くなって行く。
いくらプリシラに心酔している令嬢でも、流石にこの手紙は擁護出来ないだろう。
「念の為言っておきますが、その手紙の内容は全くの事実無根ですよ。
特に私の元婚約者に関する記述については、本当に気持ち悪いとしか言い様がありません。
あの男の事は虫唾が走るくらい大嫌いです。
何故私は、無関係なプリシラ様から、あんな男との結婚を強要されなければならないのでしょうね?」
呆然とする彼女の横から他の令嬢達も手紙を覗き見て、それぞれ戸惑ったり憤ったりしている。
参加者達が一通り読み終えた所で、手紙を回収した。
「思った以上に酷い内容ね」
「本当に。出鱈目過ぎて気味が悪いわ。
こんな手紙がお兄様の目に触れでもしたら、大変な事になるわよ」
事前に話はしてあったけど、ベアトリスとフレデリカも実際の手紙を初めて読んでドン引きしながら、ヒソヒソと囁き合っている。
「きっとウェブスター様は、少し思い込みが激しい方なのでしょう。
私達は今回の様に、これまでも彼女に迷惑をかけられていたのです」
信奉者令嬢の台詞の一部を引用してそう言うと、彼女は気まずそうに俯いた。
彼女達の瞳からは大きな葛藤が見て取れる。
手紙の内容に対しては非常識だと思いつつも、プリシラを信じたい気持ちも残っているのだろう。
一方、プリシラを利用しようとしていた連中の殆どは、方針転換を余儀なくされるはずだ。
あまり権力を持っていない第二王子と、まだ聖女として認められてもいないプリシラに取り入っても、今の所は旨みが少ない。
それよりもヘーゼルダインとアディンセルを敵に回すデメリットの方が大きい。
それを理解した上で、将来を見据えた賭けに出たのだろうけど……。
プリシラの珍妙な思考回路を知れば、その賭けに勝てる見込みは無いのだと、余程の馬鹿じゃなければ理解出来ると思うから。
おそらくプリシラの手紙の件は、明日には社交界に知れ渡る。
それこそ、面白おかしく尾鰭が付いて。
泥舟から降りるなら今が最後のチャンスなのだけど、彼女達はどの程度それを理解しているのだろう?
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