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94 抗議の手紙

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 お天気の良い午後。
 風も穏やかで気持ちの良い陽気だったので、庭のガゼボで勉強をする事にした。

 参考書の問題に取り組んでいたのだが、行き詰まってしまいペンが進まなくなる。

「……算術、嫌だな。
 前世の時も数学は苦手だったのよね」

「お嬢様、眉間に皺が出来ていますよ」

 独り言を零した直後にリーザに声を掛けられて、一瞬ヒヤリとした。
 集中していて気付かなかったが、いつの間にかリーザとユーニスがお茶の用意をしてくれていたのだ。

 ニコニコと微笑むリーザの表情からすると、呟きの内容までは聞かれなかったみたい。
 ホッと胸を撫で下ろしていると、湯気を立てたティーカップが差し出された。

「躓いていらっしゃるのなら、少し休憩して気分を変えてみてはいかがですか?」

「そうね、ありがとう」

 ミントとレモングラスが仄かに香るリーザのオリジナルブレンドティーは、勉強で疲れた頭をスッキリさせてくれる。

「こちらも召し上がって下さい。
 甘い物は脳の疲れに効くそうですよ」

 ユーニスが用意してくれたチョコレートを頂きながら、ゆっくりとお茶を一杯飲み干した所で、リーザが再び口を開いた。

「お手紙が何通か届いておりますが、今お渡ししてもよろしいでしょうか?」

「ええ、お願い」

「ではこちらを」

「うわぁ、今日も多いわね」

『何通か』と言うにはズッシリと重い手紙の束を受け取り、ちょっとゲンナリする。

 森のお茶会の後、一時期爆発的に増えた私宛ての招待状は、徐々にその数を減らし、最近は親しい人物からしか届かなくなっていた。
 しかしアイザックとの婚約が決まったせいで、またしても大量の手紙が届く様になってしまったのだ。

 誰だか分からない、貴族籍を持っているかどうかすら怪しい人からも届く事があるので、選別だけでもかなり面倒臭い。
 実際に公爵家に嫁いだら、これ以上の手紙を処理しなきゃいけないのかと思うと、ちょっと早まったかな? という思いが頭をよぎる。
 勿論、今更アイザックと別れるつもりなんてないのだけど。

 試しに何通かの手紙を開いてみる。
 私の手に渡る前に、危険物が入ってないかどうかのチェックは済ませてくれているので、その点はとてもありがたい。

『初めまして、わたしく○○伯爵の妹の夫の従妹で───』

 いや、誰やねんっ!?

『ご婚約おめでとうございます。
私は××子爵の妻の友人の息子の嫁で───』

 だから、誰やねんっっっ!!!

 前世の頃、芸能人が『テレビに出た途端に親戚が増えるんですよねー』と苦笑混じりに言っていたのを、『大変だねぇ』と思いながら眺めていたけど、まさか転生後に自分がそれに近い立場になろうとは……。


 この辺の『誰やねん』な手紙も一応は斜め読みして、有益な情報が含まれていないか、化粧品購入の依頼等でないかを確認する。
 たまーーーにだけど、既存のお客様からの紹介という場合があるので気が抜けない。

 まあ、○○伯爵と××子爵に聞き覚えが無い時点でその可能性はかなり低いのだけど。
 ってゆーか、ここまで来ると○○伯爵と××子爵にとっても赤の他人だろ。

 すっかり休憩気分じゃなくなってしまい、黙々と封筒を開いて仕分けをしていく。


 そんな中、一通の封筒を目にした事で、私の手はピタリと動きを止めた。

 決して美しいとは言えない、少し丸っこい癖字で綴られた差出人の名は───。

『プリシラ・ウェブスター』

 彼女と私は文通をする様な良好な仲ではないはずだ。
 手紙の内容が吉報であるとは思えない。

 最近は大人しくしていると思っていたのに、一体何の用なのか?

 堪えきれない溜息を漏らしながら、便箋を取り出し、サッと視線を走らせた。

『ヘーゼルダイン様と婚約をしたと噂に聞きましたが、もう額の傷の件で彼を縛り付けるのはやめてあげて下さい。
 貴女が今でもボルトン様をお慕いしている事は、分かっているのです。
 婚約を破棄されて傷付いた貴女は、ボルトン様よりも地位の高い男性と縁を結ぶ事によって、彼を見返そうとしているのですよね?
 貴女が巻き込まれた過去の事故については可哀想だと思うけど、そんな理由でヘーゼルダイン様に執着したって、誰も幸せになんかなれないわ。
 本当はボルトン様だって、今でも貴女を想っているのよ。
 だからこそ婚約を打診したのに、どうしてその気持ちを素直に受け入れようとしないの?
 復讐心からは何も生まれません。
 いつまでも意地を張っていないで、本当に愛する人の手を取るべきだと思いませんか?
 その方が、貴女だってきっと幸せになれるはずで────(以下略)』

 なんだ?
 この寝言は?

 あまりに事実とかけ離れた出鱈目な内容に、言葉を失い頭を抱えていると……。

「へぇ?」

 背後から地を這う様な声が聞こえた。
 ガバッと振り返ると、ニコニコと張り付けた様な笑みを浮かべるジョエルが居た。
 笑っているのが、逆に怖い。

「ジョエル。人の手紙を覗き見るのは感心しないわ」

「姉上こそ、見られたくない手紙は部屋で読むのをお勧めします。
 僕は姉上を驚かせようとして、コッソリと近寄っただけですよ。
 偶然手紙の内容を目にしましたが、意図した訳ではありません」

「……むぅ」

 ジョエルの言う事も一理ある気がしてしまい、私は口をつぐんだ。

「さぁ、姉上、その呪いの手紙を早くこちらへ。
 燃やして浄化しましょう。
 折角だから湯浴み用の湯を沸かす竈に焚べれば、一石二鳥です」

 ジョエルはピリピリとした空気を発しながら手を差し出す。

「待って、ダメよ。
 これは大事な証拠品なんだから」

「証拠品?」

「そう。『光の乙女』の勢力を削ぐ為の大事な証拠品」

 ヒラヒラと手紙を振りながら笑顔でそう言うと、ジョエルは小さく溜息をついた。

「……まあ、姉上がそうしたいなら、それで良いですけど。
 姉上が自ら面倒な事をしなくったって、『魔王』に見せれば、あっと言う間に片付けてくれるんじゃないですか?」

「守ってもらうばかりじゃ嫌なのよ」

『魔王』の正体については、分かりきっているので敢えて聞かなかった。

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