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87 意外な反応
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「貴女がオフィーリア・エヴァレット伯爵令嬢ね。
ヘーゼルダイン様と婚約なさったというのは本当なのかしら?」
購買から教室へと戻る途中、上級生の見知らぬ令嬢に突然声を掛けられた。
私達の婚約の件は、まだ正式発表されていないのだが、既に噂が出回り始めているらしい。
(何か嫌味を言われたり、罵倒されたりするのかしら?)
アイザックはご令嬢達に人気があるし、私の様な平凡な女が婚約者の座に着いた事を、面白く思わない人もきっと沢山いるのだろう。
「はい、その通りですが」
返事をしながら私は少し身構えた。
ベアトリスとメイナードにも微かに緊張が走る。
だが意外な事に、次の瞬間、彼女はパァッと嬉しそうに微笑んだのだ。
「まあまあっ!!
そうなのね、おめでとうっ!」
彼女は私の両手をガシッと握って、ブンブンと上下に振った。
なんだか妙にキャッキャしている。
「……あ、ありがとう、ございます?」
てっきり蔑まれるのだとばかり思っていた私は、困惑しながらもなんとか短いお礼の言葉を返した。
彼女から向けられる眼差しは冷ややかどころか、どちらかと言えば熱視線に近い物だった。
「お幸せに~」と、上機嫌で手を振り、嵐の如く去って行く彼女の背中を、ポカンとした間抜けな表情で見送る。
「今の……何です?」
珍しくメイナードまでポカン顔だ。
「私にも分かりません。
そもそもあの方、どなたなのでしょうか?」
勢いが凄すぎて、名前を聞くのさえも忘れてしまった。
「うーん。確か、伯爵家のご令嬢よ。
乗馬クラブで何度か見かけた事があるわ」
「乗馬クラブで?
私もお会いした事があるのかしら?
全然覚えていませんが……」
「クラブでは貴女いつもトムに夢中で周りが見えていないのよ」
呆れた様に肩をすくめたベアトリスの言葉に、メイナードがサッと青褪める。
「早速浮気ですかっ!? アイザック様に殺されますよ?」
「そのネタ、もう古いのよ」
ベアトリスがメイナードの額をペチッと叩いた。
そういえば、アイザックも最初にトムの名前を聞いた時、人間だと勘違いしたみたいだったわね。
「私の婚約を好意的に見て下さる方もいらっしゃるのですねぇ。
まさか、知らないご令嬢に祝福されるとは、思いもしませんでした」
「オフィーリアは乗馬が趣味のご令嬢達にとっては、神みたいな存在だからね」
「神? 私が? まさか」
「本当よ。だって、乗馬ブームの火付け役はオフィーリアじゃないの。
馬を操る技術だって女性の中ではトップクラスだし、今や貴女は憧れの存在よ」
「そんな大袈裟な」
確かに切っ掛けを作ったのは私だけど、ブームを広めたのはベアトリスだからね?
乗馬ブームの広がりのスピードは凄かった。
そもそもこの世界は娯楽が少ない上に、『女性は貞淑であれ』って考え方が根強いから、インドアな趣味ばかりを強要される。
剣術を趣味とする女性もいるが、部門の家系出身でなければ眉を顰められる。
まあ、騎士を目指せる位の突出した才能があれば話は別かもしれないけど、そうなるともう趣味ではないよね?
だから、アクティブな性格のご令嬢達は、ずっと体を動かせる趣味を求めていたのだろう。
「オフィーリア嬢はそんなに乗馬がお上手なのですか?」
「裸馬にだって乗れちゃうのよ」
ドヤ顔でフフンと胸を張るベアトリス。
いや、確かに乗れるけどさ……、どうして貴女がそんなに得意気なのよ?
「それは凄いですね。僕は無理です」
「いえ、それ程でも……。
多分、トムが賢いのですよ」
褒められる事にはあまり慣れていないので、嬉しいけどちょっと恥ずかしい。
「とにかく、オフィーリアは自己評価が低いけど、実は貴女に好感を持っている人間はかなり多いのよ。
だからもっと堂々としていなさい」
元々乗馬は火あぶりの回避の為に始めた事だった。
でも、それを通じて私に好意を持ってくれる人が増えているのか。
(なかなかハッキリした成果が見えなくて不安だったけど、今迄やって来た事も無駄じゃなかったんだわ)
そんな事を考えてたら、なんだかちょっとだけ視界が滲んだ。
でもその涙は、次のベアトリスの一言で一気に引っ込んだのである。
「それに、入学以来アイザックがせっせと害虫駆除をしているから、もうオフィーリアに害を成す人間はそんなに残っていないしね」
「害虫……」
文脈から考えると、それって『虫』では無い何かだよね?
「害虫は殺すのはセーフですが、人を殺すのはアウトですよ」
メイナードが冷静にツッコむ。
「馬鹿ね。アイザックだって、流石にそこまではしないわよ。……………多分。
例えば、父親を情勢が不安定な国の大使館勤務に飛ばして、家族も連れて行かせたりとかするだけよ」
……だけ?
『だけ』の定義、おかしくない?
あと、小さな声で『多分』って付け足したよね?
なんか、頭痛くなって来た。
「アイザック、ずっと頑張ってたわよ。
ほら、一匹見付けたら百匹は居るって言うじゃない?」
黒い害虫とご令嬢を一緒にしないで!
ってゆーか、アイザックの過労の原因の半分は私のせいだったのか。
衝撃の新事実。
そういえば、入学して少し経った位から、見知らぬ令嬢に怯えられる事が度々あったけど、アレってもしかして……。
「怖っ。
アイザック様だけは敵に回さない様に気を付けよう」
メイナードが思わず漏らした呟きに、私は心の中で苦笑する。
少し前ならメイナードの意見に激しく同意したかもしれない。
だけど今は、そんな風にアイザックが見えない所でも私を守る為に動いてくれていた事を、少し嬉しく思った。
ヘーゼルダイン様と婚約なさったというのは本当なのかしら?」
購買から教室へと戻る途中、上級生の見知らぬ令嬢に突然声を掛けられた。
私達の婚約の件は、まだ正式発表されていないのだが、既に噂が出回り始めているらしい。
(何か嫌味を言われたり、罵倒されたりするのかしら?)
アイザックはご令嬢達に人気があるし、私の様な平凡な女が婚約者の座に着いた事を、面白く思わない人もきっと沢山いるのだろう。
「はい、その通りですが」
返事をしながら私は少し身構えた。
ベアトリスとメイナードにも微かに緊張が走る。
だが意外な事に、次の瞬間、彼女はパァッと嬉しそうに微笑んだのだ。
「まあまあっ!!
そうなのね、おめでとうっ!」
彼女は私の両手をガシッと握って、ブンブンと上下に振った。
なんだか妙にキャッキャしている。
「……あ、ありがとう、ございます?」
てっきり蔑まれるのだとばかり思っていた私は、困惑しながらもなんとか短いお礼の言葉を返した。
彼女から向けられる眼差しは冷ややかどころか、どちらかと言えば熱視線に近い物だった。
「お幸せに~」と、上機嫌で手を振り、嵐の如く去って行く彼女の背中を、ポカンとした間抜けな表情で見送る。
「今の……何です?」
珍しくメイナードまでポカン顔だ。
「私にも分かりません。
そもそもあの方、どなたなのでしょうか?」
勢いが凄すぎて、名前を聞くのさえも忘れてしまった。
「うーん。確か、伯爵家のご令嬢よ。
乗馬クラブで何度か見かけた事があるわ」
「乗馬クラブで?
私もお会いした事があるのかしら?
全然覚えていませんが……」
「クラブでは貴女いつもトムに夢中で周りが見えていないのよ」
呆れた様に肩をすくめたベアトリスの言葉に、メイナードがサッと青褪める。
「早速浮気ですかっ!? アイザック様に殺されますよ?」
「そのネタ、もう古いのよ」
ベアトリスがメイナードの額をペチッと叩いた。
そういえば、アイザックも最初にトムの名前を聞いた時、人間だと勘違いしたみたいだったわね。
「私の婚約を好意的に見て下さる方もいらっしゃるのですねぇ。
まさか、知らないご令嬢に祝福されるとは、思いもしませんでした」
「オフィーリアは乗馬が趣味のご令嬢達にとっては、神みたいな存在だからね」
「神? 私が? まさか」
「本当よ。だって、乗馬ブームの火付け役はオフィーリアじゃないの。
馬を操る技術だって女性の中ではトップクラスだし、今や貴女は憧れの存在よ」
「そんな大袈裟な」
確かに切っ掛けを作ったのは私だけど、ブームを広めたのはベアトリスだからね?
乗馬ブームの広がりのスピードは凄かった。
そもそもこの世界は娯楽が少ない上に、『女性は貞淑であれ』って考え方が根強いから、インドアな趣味ばかりを強要される。
剣術を趣味とする女性もいるが、部門の家系出身でなければ眉を顰められる。
まあ、騎士を目指せる位の突出した才能があれば話は別かもしれないけど、そうなるともう趣味ではないよね?
だから、アクティブな性格のご令嬢達は、ずっと体を動かせる趣味を求めていたのだろう。
「オフィーリア嬢はそんなに乗馬がお上手なのですか?」
「裸馬にだって乗れちゃうのよ」
ドヤ顔でフフンと胸を張るベアトリス。
いや、確かに乗れるけどさ……、どうして貴女がそんなに得意気なのよ?
「それは凄いですね。僕は無理です」
「いえ、それ程でも……。
多分、トムが賢いのですよ」
褒められる事にはあまり慣れていないので、嬉しいけどちょっと恥ずかしい。
「とにかく、オフィーリアは自己評価が低いけど、実は貴女に好感を持っている人間はかなり多いのよ。
だからもっと堂々としていなさい」
元々乗馬は火あぶりの回避の為に始めた事だった。
でも、それを通じて私に好意を持ってくれる人が増えているのか。
(なかなかハッキリした成果が見えなくて不安だったけど、今迄やって来た事も無駄じゃなかったんだわ)
そんな事を考えてたら、なんだかちょっとだけ視界が滲んだ。
でもその涙は、次のベアトリスの一言で一気に引っ込んだのである。
「それに、入学以来アイザックがせっせと害虫駆除をしているから、もうオフィーリアに害を成す人間はそんなに残っていないしね」
「害虫……」
文脈から考えると、それって『虫』では無い何かだよね?
「害虫は殺すのはセーフですが、人を殺すのはアウトですよ」
メイナードが冷静にツッコむ。
「馬鹿ね。アイザックだって、流石にそこまではしないわよ。……………多分。
例えば、父親を情勢が不安定な国の大使館勤務に飛ばして、家族も連れて行かせたりとかするだけよ」
……だけ?
『だけ』の定義、おかしくない?
あと、小さな声で『多分』って付け足したよね?
なんか、頭痛くなって来た。
「アイザック、ずっと頑張ってたわよ。
ほら、一匹見付けたら百匹は居るって言うじゃない?」
黒い害虫とご令嬢を一緒にしないで!
ってゆーか、アイザックの過労の原因の半分は私のせいだったのか。
衝撃の新事実。
そういえば、入学して少し経った位から、見知らぬ令嬢に怯えられる事が度々あったけど、アレってもしかして……。
「怖っ。
アイザック様だけは敵に回さない様に気を付けよう」
メイナードが思わず漏らした呟きに、私は心の中で苦笑する。
少し前ならメイナードの意見に激しく同意したかもしれない。
だけど今は、そんな風にアイザックが見えない所でも私を守る為に動いてくれていた事を、少し嬉しく思った。
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