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86 救済策が齎す被害

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「炊き出しって被害を与える様な物でしょうか?」

 小さく首を傾げた私に、メイナードは苦笑いを浮かべた。

「普通にきちんと計画をしていれば、問題は起きなかったと思いますよ。
 彼等は何も考えずに、同じ場所で繰り返し炊き出しを行ったのです。
 一応王家が管理する公園の敷地内なのですが、その公園は僕の友人の領地に隣接していました」

 そこまで聞いて先の展開が読めてきた私は、ポンと手を叩いた。

「あぁ、もしかして、治安の問題が起きたのですか?」

 職もなく家もない人達にとって、炊き出しはまともな食事にありつける数少ない機会だろう。
 同じ場所でばかり何度も炊き出しをすれば、それを目当てに近隣の地域からも飢えた人達が押し寄せるのは簡単に想像がつく。
 だが、用意した食料だって無限ではないから、多くの人が集まれば全員に行き渡る訳ではない。
 食事にありつけた者とありつけなかった者の間には争いが起きたはずだ。

 それに、人が常に余った状態であれば、彼等が職に就くのは益々難しくなる。
 炊き出しも、同じ場所で繰り返していたとはいえ、毎日の様に行われる訳ではないだろう。
 食べ物を求めてゴミを漁ったり、物乞いをしたり、路上で寝泊まりしたりする者が増えて、街が不衛生になる。

 そして金もなくて職もない状態が続けば、犯罪に走る者が出て来るのは必然だ。
 置引き、引ったくり、当たり屋なんかをする者達はまだマシな方で、盗賊団に入ったり、強盗などのより凶悪な罪を犯す者もいるだろう。

 その地に定住している者から見れば、迷惑極まりない話である。


「ご名答。
 ちょっと状況を説明しただけでオフィーリア嬢は分かるのに、『光の乙女』とやらはどんなに説明しても理解してくれなかった」

 私の回答を聞いたメイナードは、出来の良い生徒を褒める様に微笑んだ。
 なんだかちょっと擽ったい気分になる。

 メイナードの話によれば、公園に隣接した領地を持つ彼の友人は子爵家の子息で、『王族が絡んでいる事柄に異を唱えるのが難しい』という理由で同行を頼まれたそうだ。
 教会に手紙を出してプリシラへの面会を求めると、意外にも直ぐに了承の返事が届いた。

 友人とその父を伴って面会に訪れたメイナードは、子爵領の窮状を訴え、炊き出しを止めるか、せめて被害が出ない様に対策を取りつつ、その都度必要とされている場所にて実施して欲しいと丁寧に説明したのだが……。

『それは、彼等に自領の近辺に集まって来て欲しくないって事ですよね?
 彼等だって私達と同じ人間なんですよ?
 差別するなんて酷いわ。
 なにも好き好んで貧しい生活をしている訳じゃないのに、そんな言い方をしたら可哀想よ。
 それに、貧しいからと言って必ずしも罪を犯す訳ではないでしょう?
 そんな風に決め付けるのは、良くないと思います!』

 と、涙ながらに訴えたのだとか。
 その後はどんなに言葉を変えて説得しても、『酷い酷い』と泣くばかりで話し合いにならなかったらしい。


「あんなに話が通じない人は初めてでした。
 彼女の厄介な所は、一つ一つの主張だけを聞くと、然程間違った事を言っていない所なんですよね」

 溜息混じりに零されたメイナードの言葉に、私は頷いた。

「ああ、分かる気がします」

 貧民も同じ人間だ。
 差別は良くない。
 貧民が全員犯罪者になる訳じゃない。

 それだけ聞けば、その通りだ。
 ただ、それは単なる綺麗事であって、今現在起きてしまっている問題の解決には全く役立たない主張なのだが。
 しかも、意図的なのか無意識なのかは不明だが、彼女はいつも微妙に論点をずらして行く事で、自分の思う方向へ会話をコントロールしようとする悪癖がある。

 でも、彼女の言葉の薄っぺらさに気付かず、優しい人なのだと信じてしまう者は一定数存在するのだろう。
 だから色々とやらかしていても、彼女の信奉者はなかなかゼロにはならないのだ。

 彼女は既に被害を受けている子爵領の住民の事を、どう考えているのだろうか?
 いや、何も考えていないんだろうな。

「で、結局、子爵領の問題は解決していないのですか?」

「いや。僕では解決出来そうも無かったから、サディアス殿下に丸投げしました」

 皆んな、サディアス殿下を便利に使い過ぎじゃない?
 仮にも王太子なのに……。

 まだ会った事もない内に、私の中のサディアス殿下のイメージが『温厚な優男』から『人使いの荒い腹黒』に変わり、今また『苦労人』に変化しつつある。
 まあ、人間って誰しも多面性を持っているものだとは思うけど。

 それにしても、やっぱりクリスティアンについては兄ではなく、親である国王がどうにかするべきだと思うんだよね。
 ひと思いに排除するって選択が出来るのは、国王だけなんだから。

「サディアス殿下のお陰で、子爵領近くの公園での炊き出しは実施されなくなりました。
 でも、色んな所で同じ様なトラブルを起こしているらしくて、最近は平民や下位貴族の間でも『光の乙女』の評判は落ちているみたいですね」

「なんの話をしていたの?」

 購入したノートを抱えたベアトリスが帰ってきた。

「特に面白くもない話ですよ」

 素っ気なく答えたメイナードに、ベアトリスは「何それ?」と小さく笑った。



 プリシラは元々、庶民の味方アピールで平民や下位貴族の人気が高かった。
 その人気が陰ってきたって事は、私にとっては喜ばしい話だ。

(私が何もしなくても、勝手に破滅へ向かってくれるかもね)

 そうは言っても、追撃の手を緩める気はないけど。

 プリシラ達のやらかしについての証言は沢山集めておけば、後々役に立つかもしれないわね。
 その気になれば簡単に集まりそうだし。
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