【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

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84 真実の愛を掴んだ者

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 夜が深まり、静けさに包まれたエヴァレット伯爵邸には、時計の針の音だけが妙に大きく響いていた。

 春はもうすぐそこまで来ているのに、日が沈むと一気に気温が下がって少し肌寒い。

 魔道具ヒーターのスイッチを入れると、ヴォンッと小さな起動音が鳴る。
 この世界に魔道具の暖房機器が存在していたのはラッキーだった。
 もしも暖炉が主流だったら、炎にトラウマがある私は今頃発狂していただろう。

 一人きりの部屋で机に向かった私はホットミルクを飲みながら、ユーニスから受け取ったもう一冊のファイルを開く。

 こちらは結構分厚いファイルなので、一人になってからゆっくり読もうと思っていたのだ。


 調査対象は、セリーナ・メルボーン子爵夫人。

 他国の侯爵家令嬢だった彼女は、学生時代にそちらへ留学していたメルボーン子爵家の嫡男と出会い、運命的な恋に落ちる。
 そして周囲の反対を押し切り、真実の愛を成就させた。

 身分の低いヒロインが高貴な男性と恋に落ちる定番のシンデレラストーリーは勿論、ご令嬢達に大変人気がある。
 しかし、その逆に、高貴なヒロインが身分を捨ててまで愛する人と結ばれるパターンの恋物語もまた、少女達の心には深く刺さる物らしい。

 年齢を重ねても衰えぬ美貌や、見惚れてしまうほどの優美な所作も相まって、セリーナは下位貴族のご令嬢達の憧れの対象となっている。

 そんなセリーナがプリシラと懇意にしているので、下位貴族の令嬢の多くがプリシラを支持しているのだ。


 ───と、ここ迄が、私が既に知っているセリーナ・メルボーン子爵夫人の情報である。




 ユーニスの報告書の前半部分は、セリーナの結婚までの経緯をもう少し詳しくした様な内容だった。

 セリーナは元々、国内の同じ家格の貴族令息と婚約をしていたそうな。
 しかし、留学生のメルボーン子爵令息に恋をしてしまった彼女は、彼と結ばれる未来を夢見て、長い時間をかけて父親を説得した。
 だが、なかなか理解を示してくれない父親(そりゃそうだろ)に、焦れたセリーナは最終手段に打って出る。
 自分の喉元に短剣を突き付け、『彼と結婚出来ないのなら死ぬ!』と脅したのである。
父親は大慌てで、娘の恋を応援すると約束した。

 斯くして彼女はそれまでの婚約を解消し、愛する人の手を取ったのだ。

 うーーーーん……。
 なかなか破天荒な人ね。

 ここまでの内容を読んで感じたのは、『とてもじゃないけど、美談にされる様な話とは思えない』だった。
 情熱的である事は認めるけど……。

 きっと、醜聞にならない様に実家の侯爵家が情報操作をしたんだろう。

『真実の愛』だなんて世間は無責任に持て囃しているが、身勝手な理由で婚約解消するなんて、貴族の義務を怠っているとしか思えない。
 私は婚約解消された側の経験があるから、余計に元婚約者の侯爵令息の方に同情してしまうのかもしれないけど……。

 まあ、お相手とは元々あまり良い関係じゃ無かったって可能性もあるけど。
 婚約を解消されたとき、侯爵令息は一体どんな気持ちだったのだろう?

 そんな事を思いながら、ペラリと報告書のページを捲る。

『元婚約者の侯爵令息は女好きで有名であり、学園内でも複数の恋人を常に侍らせ───』

 うん。
 最低最悪のクソ野郎じゃねーか。

 私の同情返せよ。


 ───で、そんなドクズな婚約者をポイっと捨てたセリーナは、こちらの国のメルボーン子爵家に嫁いで来た、と。

 ただ、結婚は認めてもらえたものの、セリーナの実家である他国の侯爵家とメルボーン子爵家とは現在疎遠になっているらしい。
 その結果から推察すると、セリーナの父は娘の命を心配して結婚を許したのではなく、どっちの醜聞がマシかを秤にかけて、自殺されるよりは婚約破棄の方が対処しやすいと判断したのかもね。

 貴族としては当たり前の考え方なのかもしれないけど、ちょっと冷たいなと思わなくもない。
 こうして見ると、ウチのミジンコなお父様の方が結構良い父親なんじゃないかと思えてくる。




 そして肝心のプリシラとセリーナの関係性だが……。

 二人の出会いは、私達が学園に入学する直前の事みたいだ。

 その日、愛する夫と一緒に王都の街へ出掛けていたセリーナは、ガラの悪い男に肩がぶつかったと因縁を付けられた。
 幸い直ぐに付近を警邏中だった騎士が駆け付けて、大事には至らなかったそうだ。
 しかしメルボーン子爵は、セリーナを庇い男と揉み合いになった際に足を捻ってしまっていた。

 丁度プリシラが市井で治癒魔法のボランティアをしていた頃の出来事である。
 そう、プリシラはメルボーン子爵の足を治癒したのだ。

 軽い怪我ではあったけど、セリーナは愛する夫を快く治してくれたプリシラに感謝し、それから二人は親交を深めていく。
 そして、学園生活になかなか馴染めなかったプリシラを、セリーナがさり気無くサポートする様になったのだ。



 報告書を読み終えた私は、小さく溜息をついた。




 取り巻きの一人であった伯爵令嬢の事件により、徐々に崩れ始めているプリシラの陣営。
 それを更に大きく崩すには、セリーナをこちら側に付けたら良いんじゃないかと思うのだが、それにはどんな作戦を取れば良いだろうかと思案する。

 どうやらセリーナは結構義理堅い所があるっぽいので、セリーナがプリシラに受けた恩よりも、更に大きな恩を売る事が出来れば寝返るかもしれない。
 だが、それにはもっと良く彼女を知る必要があるだろう。

(取り敢えず、調査は継続してもらおう)

 噂を使って疑心暗鬼にさせるとか、罠に嵌めておいて助け船を出すとか、手段を選ばなければ色々とやり方があるのかもしれないけど、出来る事なら汚い手は使いたくないのよね。
 何も良い子ぶっている訳ではなく、もしも計略が露呈した場合に断罪が一気に近付くからだ。

(この件については、長期計画にした方が良さそうね)


 机の引き出しに報告書をしまった私は、代わりに金の蔦模様のレターセットを取り出し、ペンを握った。

 そろそろ五通目の『予言』を出すタイミングである。

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